みかん小説
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"一万八千円の伝票" 第2話

彼女は首筋を掻くような仕を見せ、あざ笑うように吐き捨てた。

「支配はお忙しいんです。あなたのような般のお客様の、くだらないクレームにいちいち対応などしていられません」

「待ちますから」

私は遮るように告げた。決して声を荒らげることはせず、だが歩も退かない志を込めて。

「お忙しいのでしたら、ここで静かに待たせていただきます」

は舌打ちをしそうな顔つきで唇を尖らせ、胸元のインカムに爪をてるようにを当てた。い声で何かをぼそぼそと囁き、数秒の沈黙の、私を睨み据えた。

「……わかりました。お呼びします。ですが、結果は変わりませんからね」

彼女は吐き捨てるようにそう言い放つと、ヒールの底をに荒々しく打ち鳴らしながら、厨の奥へとっていった。

残された私は、え切った緑茶の入った湯呑みに線を落とした。 湯呑みの縁に指を滑らせると、ほんのし欠けた跡が皮膚に引っかかった。茶渋の残る粗悪な茶碗。昔なら、こんな入れのき届いていない欠けた器をお客様のすなど、絶対にあり得ないことだった。

テーブルの隅に目をやれば、のものか、拭き残された醤油の茶いシミがうっすらと輪を描いている。元の絨毯を見ろせば、毛は擦り切れ、幾にもなった黒ずんだ染みが目ち、いあいだ丁寧な清掃すら掛けられていないことが目で分かった。

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ここはかつて、県内でも屈指の格式を誇る老舗温泉ホテルとして、その名を広くられていた所だった。 細やかな気配り、隅々まで磨き抜かれた清潔な館内、そして何より、元の豊かな材の持ちを最限にかした、のこもった温かい料理。それこそが、このホテルが何も守り続けてきた誇りであり、お客様を迎える命だったはずだ。

けれど今、私が座っているこの空に、かつての面は微も残っていなかった。 漂っているのは、ただ目先の利益だけをがめつく追い求め、訪れる客をではなく単なる「蔓の数字」としか見していない、え切った殺伐とした空気だけだった。

ガタガタと子の脚が擦れる音がして、隣の席に座っていた老夫婦が、逃げるようにそそくさと席をった。おじいさんは俯き、おばあさんは怯えたように周囲を気にしながら、レジへと向かっていく。彼らもまた、言われるがままに自然にい料を支払わされたのだろう。理尽に抗議する気力すら奪われ、ただ「度と来るまい」とで固く誓いながら、傷ついてっていく。

そんなお客様のろ姿を、私はこの、どれほど痛切ないで見送り続けてきたことだろうか。胸が締め付けられるような痛みに、わず奥歯を噛み締めた。

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私はバッグの奥にを差し入れ、本の古い万を取りした。 表面の黒漆が擦れ、真鍮のが覗いているその万は、き夫・健、肌さず切に使っていた遺品だった。ひんやりとした属とエボナイトの触が、指先を通して、ささくれちそうになる私のをそっと落ち着かせてくれた。

丈夫ですよ、あなた……。もうしで、すべてを終わらせますから)

私はで、誰にも届かない声で静かに呟いた。

この、私は般の客として、このホテルのを潜めていた。 予約は配のつきやすい旅代理を通し、名乗ったのは何に使っていた旧姓だった。体調を崩してく療養施設に入っていた私の現の顔をる者は、このホテルにはほとんどいない。ただの、しみすぼらしいなりをした、腰の曲がりかけた老いた旅の女――今の従業員たちの目には、容易に騙し、見せる格好の獲物として映っていたはずだった。

「――お待たせいたしました」

くから、りの慌ただしい音がづいてきた。 現れたのは、先ほどのではなく、柄でしおどおどとした様子の若い女性従業員だった。胸元の名札には「林」と彫られている。彼女は青ざめた顔で私のつと、申し訳なさそうにを縮め、震えるで氷の浮いたしいのグラスをテーブルに置いた。

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