みかん小説
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"一万八千円の伝票" 第15話

私が努めて穏やかに答えると、は面くなさそうに元を歪めた。

「ふぅん。まあ、おさえちゃんと払ってくれるなら、誰でもお客様ですけどねぇ。……で、今夜は何にするんですか? また、あの『特別な炊き込みご飯』にしますぅ?」

骨の髄まで染み付いた、悪に満ちた嫌。 だが、ここでりを見せては相の警戒を招くだけだ。私は無表を保ったまま卓のメニューをき、さく記載されている最も価な品を指差した。

「この、かけそばをお願いします」

「……は? かけそばぁ?」

は眉をひそめ、信じられないものを見るような目を向けた。

「かけそば杯ですね。かしこまりましたぁ」

彼女は伝票にきをすると、先で笑いながら厨の奥へと消えていった。

分ほどして運ばれてきた器を見て、私はで静かに嘆息した。 塗りの剥げたプラスチックの丼の縁には洗いのこしの油膜がくこびりつき、張られたつゆからは湯気ひとつっていない。完全にめ切っていた。 箸を割り、だけつゆをに含んでみると、喉が焼けるように塩辛く、汁の旨など微じられない。おそらく、鍋の底で煮詰まり切った残飯のようなつゆを、わざとそのまま注いできたのだろう。

私は静かに箸を置いた。 材に罪はない。だが、この悪に満ちた毒のようなそばを胃に流し込むことは、私の体が拒絶していた。

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の仕切りの隙を窺うと、がこちらを見ながら、若い調理スタッフとひそひそと打ちし、品にニヤニヤと笑いっているのが見えた。 彼女にとっては、を持たない寄りに対する、単なる鬱憤らしの嫌がらせのつもりなのだろう。

――だが、この嫌がらせこそが、私の仕掛けた「罠」だった。

私は席をち、テーブルのの黒い伝票入れをに取ると、のレジカウンターへと向かった。 レジの内側にっていたのは、幸運にもあの林さんだった。

「お会計をお願いします」

私が伝票入れを差しすと、林さんは「あ、はい」と受け取り、伝票の数字に目を落とした。 その瞬、彼女の細い指先がピタリと凍りつき、血の気が引いて顔面が真っになった。

伝票の計欄には、乱暴なボールペンの文字で、こう殴りきされていたのだ。

『かけそば、〇〇〇円』

「あ……お客様、こ、これは……っ!」

林さんの声が震えた。 彼女は私の正体をっている。が私への嫌がらせとして、通常の倍もの法額を伝票にき込み、正な特別料として処理させようとしていることに、激しい恐怖と罪悪を覚えているのだ。

丈夫ですよ、林さん。千円ですね。……クレジットカードで、括でお願いします」

私は静に、普段通りの落ち着いた声音でカードを差しした。

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林さんは戸惑いに瞳を激しく揺らしていたが、私の静かで確信に満ちた差しを真っ直ぐに見つめ返すうちに、何事かを悟ったのだろう。を真文字に結び、震えるで端末にカードを通した。

「……千円、頂戴いたしました」

控えのレシートを受け取った私は、さく会釈をしてレストランをにした。 背に注がれる林さんの痛切な線を、肌でじながら。

私がなぜ、わざと千円という法額を文句も言わずに支払ったのか。 それは、彼らが裏でかしている「の流れ」に、決して消せない決定な『目印』をつけるためだった。

正規の売と、客から巻きげた正な特別料。 彼らはでそのを懐に入れるため、必ず帳簿のどこかでそのつを峻別し、裏帳簿へと転記しているはずだ。 『かけそば杯、千円』という、誰が見ても異常極まりない取引記録。それがどの帳簿に、誰のによって記載されるのか――その数字の跡を辿れば、彼らが隠し持つ裏帳簿の保管所へ、確実に辿り着くことができるのだ。

夜の帳が完全にり、ホテル全体がい静寂に包まれた。 私は再び自のドアを音もなくけ、階のフロントへと向かった。

昨夜と同じく、ロビーには誰の姿もない。 だが、今夜は決定な違いがあった。フロントの奥、あの支配の磨りガラスのドアの向こうに、かりが灯っていたのだ。

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