みかん小説
本棚

"一万八千円の伝票" 第26話

枕はそば殻をご用すること』 『鈴様:甲殻類アレルギーあり。夕には絶対に老・蟹を使わぬよう板と連携のこと』 『渡辺様:ご結婚記のご宿泊。夕の席に、さな庭の野菊の束を添えてお祝いすること』

に、夫の血の通った温もりと、お客様への尽きない謝が刻まれていた。

「このノートに記されたお客様たちのおおひとりが、このホテルのを支えてくださったのですよ。あなた方が『にならない』と切り捨て、騙し取ろうとした、切なお客様たちです」

私はノートの最のページをいた。 そこには、――夫の健が脳血で倒れる、まさにその夜に記された、最の記録が残されていた。

そのページをの目のに差しすと、の瞳が、見かれたまま凍りついた。

そこにかれていたのは、宿泊客の名ではなかった。 し震える夫の跡で、こう記されていたのだ。

君へ。 最、ひどく疲れた顔をしている。何かで抱えきれない、きな悩みを抱えているのではないか。 彼はだが、誰よりもこのホテルの仕事をし、誇りを持って働いてくれている。私にとっては、本当の息子のようなだ。 もし、彼が銭のトラブルや誰にも言えない苦しみを抱えているのなら、私の個の定期預をすべて解約して、彼を救おうとう。

広告

、仕事が終わったら、彼を誘ってで酒を酌み交わしながら、ゆっくりと話を聞いてみよう』

静まり返った内に、私の声が静かに、だが痛烈に響き渡った。

のあの……夫は、あなたの異変に気づいていたのです。あなたが投資詐欺に遭い、額の借に苦しんでいることを、夫は々察していました。夫は、あなたを解雇する気など毛ありませんでした。自分の老のために遺していた定期預を全額解約して、あなたの借を肩代わりする準備をしていたのですよ」

の目から、粒の涙がボロボロと溢れ落ちた。

「う……嘘だ……嘘だッ! あいつが……あんな偽善者が、俺のことなんかを……ッ!」

「嘘ではありません。……これが、その証拠です」

私はバッグから、もう冊の古い通帳を取りし、ノートの横に置いた。 の、夫が倒れた付で、定期預から普通預へと解約・移された『千万円』の鮮な印字。

「夫のデスクの引きしには、この通帳と共に、あなた宛ての封筒が遺されていました。には、悪質な詐欺被害を専に扱う弁護士の名刺が入っていました。夫は、あなたを詐欺の獄から救いすために、専に相談する筈までえていたのです」

支配は両で顔を覆い、獣のような呻き声をげながら、テーブルに突っ伏して泣き崩れた。

広告

彼はこれまで、自分を「代遅れの宿で当にで使われてきた被害者」だと正当化し続けてきた。だから客を騙しても、を横領しても、それは奪われた権利を取り戻すための当然の報復なのだと、自分に言い聞かせてきたのだ。

だが、現実はあまりにも残酷だった。 彼が「バカな男」と嘲笑い、そのを「助かりだ」と冒涜した先代のオーナーこそが、誰よりもく彼を信じ、自らの全財産を投げ打ってまで彼を救おうとしていた、本当の父親のようなだったのだ。

さん。あなたは夫のを裏切っただけではありません」

私は通帳を胸に抱き、断腸のいで言葉を紡いだ。

「お客様の信頼を裏切り、若い林さんたちの未来を奪い……そして何より、あなた自の誇りと魂を、ドブに捨ててしまったのです」

の片隅で、林さんが両で顔を覆い、声を押し殺して号泣していた。 は、ただ抜け殻のように虚ろな目で、に崩れ落ちるを見つめ、ガタガタと震えることしかできなかった。

松島板が静かに歩み寄り、泣き崩れるった。

「……。おが副支配になった夜、で朝まで酒をんだのを覚えているか? 『このホテルを、温かい所にします』って、おは泣きながら俺のを握ったじゃないか。……俺は、あのの、おの涙を信じていたんだぞ……」

「板……っ! 申し訳ありませんでした……っ! 俺は……俺はぁっ……!」

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: