みかん小説
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"祖母は十二年年賀状を書いてない" 第2話

「……賀状かい?」

「うん。いてみて。最初のページが、おばあちゃんが歳ののやつ」

祖母は言われた通り、ゆっくりと頁をめくった。 最初の見きには、の元旦の消印が押された賀状が、クリアポケットに綺麗に収められている。 裏面には、黒いサインペンでかれたった文字。

『元気にしています。今もトマトの苗を植える準備を始めました。皆元気でいてください。』

祖母の隣に座っていた、叔父さんの女の子供――歳になる莉央ちゃんが、を乗りしてアルバムを覗き込んだ。 の話に退屈していた子供の、何の悪気もない、透き通った声だった。

「ねえ、ひいおばあちゃん」

「ん? なんだい、莉央ちゃん」

「ひいおばあちゃんって、昔の字はもっと震えてたのに、どうしてここから急に字がになったの? まるでお本みたい。すっごく綺麗」

座敷に、かすかな笑いが起きた。

「こら莉央、失礼なこと言うもんじゃないの」 父親が苦笑いしながら子供のを軽くづく。

「でも、本当だわ」 母がを乗りして葉を覗き込んだ。

「そういえばお母さん、昔はもっと圧がくて、ちょっとがりの癖のある字だったじゃない? いつからこんな、ペン習字みたいに綺麗な丸文字になったのかしら。ほら、男兄さん、見てみてよ」

「どれどれ……ああ、本当だな。

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まあ、を取ってをサインペンに変えたからじゃないか? それにしても達だな。母さん、昔より字が若いよ」

伯父さんが豪に笑った。 座敷のあちこちで「本当だ」「読みやすい字だね」と、やかな賛美の声が続いた。

その輪ので、祖母だけが笑っていなかった。

祖母は帯のから老鏡を取りし、震えるにかけた。 そして、顔をアルバムにセンチほどまでづけ、賀状の文字を、い入るように見つめていた。

その横顔から、さっきまでの穏やかな表が完全に消えっていた。 の端を掴む指先に、くなるほどい力が込められている。

「……おばあちゃん?」

私が呼びかけると、祖母はページをめくった。 翌。 さらにめくって、。 どの頁の葉にも、同じサインペンで、同じようにった、し丸みのある文字が並んでいた。

腰は痛みますが、元気に暮らしています。今も裏の畑でトマトがたくさん実りました。』

めくる速度が次第に速くなる。 が擦れる乾いた音だけが、静まり返り始めた座敷に響いた。

枚目をめくり終えたとき、祖母は老鏡をゆっくりとし、膝のに置いた。 く、底のたい溜め息が、老から漏れた。

「……これ、私の字じゃないよ」

く、掠れた声だった。

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座敷の空気が、ふっと止まった。 誰かがグラスを置いた「コトッ」という音だけが、異様なほどきく響いた。

「……え?」

母がの抜けた声を漏らした。

「お母さん、何言ってるの? 冗談でしょ。お母さんの名で、崎の郵便局の消印で、毎うちに届いてたのよ? ほら、ここに『子』ってちゃんといてあるじゃない」

「違うよ」

祖母は首を横に振った。頑なな、切の迷いのない否定だった。

「私の字じゃない。こんな綺麗な字、私はけないよ。……第、私しゃもうも、賀状なんか枚もいてない」

静寂が、瞬にして座敷を支配した。 すき焼きの鍋からる湯気のシューという音だけが、やけににつく。

いてないって……母さん、ちょっと待ってくれよ」

男伯父さんが、笑いを顔に張り付けたまま眉をひそめた。

いてないわけないだろう。毎、これを受け取って俺たちは話してたんだぞ。『母さん、賀状ありがとう、今も元気でな』って。母さんも『ああ、届いたかい』って返事してたじゃないか」

話でそう言われたら、届いたのかいって答えるしかないだろう」

祖母の線は、座布団の点を見つめたままかない。

「私はね、もうずっとに、字がけなくなってたんだよ。が震えて、ペンの先がに刺さっちまって、自分の名すらまともにけなくなった。

……だから、賀状なんかせるわけがないんだ」

私は背筋にたいものがるのをじた。 膝ののアルバムが、急に得体のれない苦しい塊に変わったような気がした。

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