"「この子は俺の子じゃない」" 第2話
「……約束?」
背から、く掠れた声が聞こえた。 義母だった。
義母は震える指で私を指差していた。 その顔は、困惑を通り越し、凄まじい嫌悪とりに染まり始めていた。
「紗枝さん……あなた、今、なんて言ったの?」
私は振り返ることができなかった。 首筋にたい汗が滝のように流れ落ちていく。
「健太が言ったこと、本当なの……? この子は健太の子じゃないって……あなたは、それをっていて……『今は言うな』って、止めしていたの?!」
「違います、お義母さん、そうじゃなくて……!」
「じゃあ何なのよ!」 義母の切り声が、病院の清潔な廊を切り裂いた。 「誰の子なの?! も妊治療して、授からない授からないって泣きついてきて、うちの息子にどれだけ惨めないをさせてきたとってたの! 浮気相の子を、健太に押し付けようとしたの?! 答えなさいよ!」
義父の杖が、激しくを叩いた。 ゴンッ、と鈍い音が響く。 「紗枝さん! 健太の言うことは本当なのか! 説しなさい!」
私の母は、に崩れ落ちそうになりながら、私の腕にすがりついてきた。 「紗枝……嘘よね? 何かの違いよね? あなたがそんなことするはずないわよね?! 健太さん、何か誤解があるんじゃないの?!」
方から浴びせられる声の刃。 疑惑、り、絶望、そして軽蔑。
普通の妻なら、ここで泣き崩れるだろう。 の潔を叫び、夫の乱を疑い、取り乱してみせるだろう。
広告
だが、私にはそれができなかった。 なぜなら、健太の言ったことは――ただ点を除いて、すべて真実だったからだ。
あの子は、健太の子ではない。
「……健太」 私はさく呟いた。 声が震えて、歯の根がわなかった。 「お願い……病院をてからにして。ここではやめて。葵が……葵がまだ、で休んでいるのよ……」
その名をした瞬、健太の顔に、侮蔑に似た暗い笑みが浮かんだ。
「葵のため?」 健太の声はく、たかった。 「おはいつだってそうだ。葵のため、族のため、世体のため。そうやって嘘のに嘘を塗りねて……俺たちが何をやっているのか、本当に分かっているのか?」
「健太、お願いだから――」
「もう無理だ、紗枝」
健太は私の首を掴んだ。 骨が軋むほどのい力で、私のを自分の襟元から引き剥がす。
「これ以、この茶番に付きっていたら……俺は本当に、じゃなくなる」
「やめて!」
私の叫びはにわなかった。
健太のもう片方のが、私のカーディガンのてにかかった。 そして、躊躇なく、力を込めて引き裂くようにへいた。
ブチブチと、ボタンが千切れてを転がる乾いた音が響いた。
「何をするの、健太さん!」 私の母が鳴をげた。
だが、次の瞬、廊にいた全員が言葉を失った。
私のめくれたブラウスの。 腹部の皮膚のに張り付いていたのは、丸く膨らんだ妊婦の腹ではなかった。
広告
肌の、鈍い沢を放つ分いシリコン。 幅の広いマジックテープが私の脇腹と腰を何にも締めげ、汗で蒸れて赤くただれた私の皮膚に、無残にい込んでいた。
分娩の気と激しいきのせいで、接着面が半分剥がれかけていた。 隙から覗いているのは、の絶で無残なほど平らになった、私の本物の腹だった。
「……あ……」
義母の喉から、空気の抜けるような音が漏れた。
義父の目が、見かれたままかなくなった。
健太は無表のまま、そのシリコンの塊の端を掴み、ベリベリと乱暴な音をてて引き剥がした。 汗でぬめったの皮膚が、私の体から無慈に剥ぎ取られる。
さ・キログラム。 医療用シリコンで作られた、精巧な「臨用」の偽腹が、健太のから無造作にへ落とされた。
ペチャリと、々しく鈍い音がした。
廊に転がる、作り物の腹。 その腹を、の親たちが、信じられないものを見る目で見つめていた。
母がへたり込んだ。 両でを覆い、目から粒の涙をこぼしながら、ただ首を横に振っている。
「……紗枝……それ……何……?」
母の震える声に応える言葉を、私は持っていなかった。
「妊娠なんて、していなかったんだ」
健太が、絞りすように言った。 その声は、自分自の魂を削り取っているかのように痛々しかった。
「このカ、紗枝の腹に入っていたのは、そいつだけだ」
「健太……」 義母が、泡をったように息を吸い込んだ。
広告
おすすめ作品
-
完結第10話
クラウドが暴いた午前一時の密会
「23時には行く」 40度近い高熱で生後3ヶ月の息子と救急搬送された私を置き去りにし、夫は電話を20回鳴らしても無視し続けた。 眩しすぎる処置室で泣き叫ぶ我が子。深夜2時、現れない夫の代わりに訪れた児童相談所の車へ、私は震える手で息子を託した。 深夜3時40分、酒と女の香水を漂わせて現れた夫は「接待だ、児相なんて大袈裟だ!」と逆上。 だがその時、家族共有クラウドに次々と同期されたのは、21時15分の花火、そして深夜1時50分のホテルで浴衣姿の後輩社員と笑い合う自撮り写真だった――。 私は冷え切った指先で、弁護士へ一本の電話をかけた。夫婦|親子関係1.5万字5 353 -
完結第12話
離婚を知らずに生活費25万円を催促する夫
3年間無職の夫・浩司から毎月25万円を要求され続けてきた設計士の美保は、出張先のホテルで「振り込まなければ離婚する」と脅されながら、すでに役所で受け取った離婚届受理証明書を静かに見つめていた。 夫は愛人と豪遊し、義母まで共謀して、美保が亡き父から受け継いだ家の名義を書き換えようとしていた。美保は実印を密かに変更し、カードと生活費口座を停止。さらに3年間集めた不正利用、浮気、恐喝、名義変更計画の証拠を弁護士へ渡す。帰宅した彼女に夫は顧客資料を盾に300万円を要求するが、そのファイルは最初からダミーだった。 そして美保がテーブルへ置いた1枚の「離婚届受理証明書」を見た瞬間、自分たちが奪うはずだった家も金も、すでに手の届かないものになっていたと夫と義母は初めて知る――。夫婦|金銭問題1.8万字5 258 -
完結第11話
豪邸を奪う義母と一枚の公正証書
「今日から同居ね。この一番大きな部屋でいいわよ」 庭付き一戸建てを購入した翌朝、引っ越し業者を引き連れた元義母が土足で新居に乗り込んできた。 中卒の元専業主婦と見下され、「不倫女」と理不尽に罵倒されるユイ。だが義母は知らなかった。その家はユイが自力で買い取ったもので、夫とは半年前に離婚済みだったことを。 「慰謝料代わりにこの家を寄越しなさい!」 逆上する義母の前に、ユイは一枚の「公正証書」を突きつける。 ある「不審なメモ」から暴かれた、夫と実の妹によるおぞましい裏切りとは――。 「この名前、誰だか分かりますか?」嫁姑|修羅場1.6万字5 465 -
完結第14話
余命3か月と嘘をついた夫は、離婚後の3000億円を知らない
夫・翔太から「すい臓がん末期で余命3か月」と告げられ、突然離婚を求められたゆい。だが診断書は偽物で、翔太には2年以上関係を続ける愛人・リナがいた。 ゆいは騙されたふりをして離婚に応じる。なぜなら父が残した信託には、婚姻関係が解消された瞬間、3000億円の一族資産が彼女へ移る条件が設定されていたからだ。 さらに翔太には会社資金約5000万円の横領まで発覚する。 莫大な資産を手にしたゆいは、父の顧問弁護士ハルトと共に元夫とその一族へ反撃を開始。ところが調査の果てに、翔太がゆいへ近づいた本当の理由が、20年以上前から続く両家の復讐にあったことを知る。 金と裏切りだけでは終わらない、父世代から仕組まれていた巨大な秘密が姿を現していく――。夫婦|修羅場|不倫2.2万字5 177 -
完結第12話
八万八千円のスカーフと離婚届
ゴミ箱で見つかった高級スカーフ「八万八千円」のレシート。母の日に私へ渡されたのは、千五百円の安菓子だった――。 十四年前に幼子を捨てて逃げた元嫁が突然現れ、泥水をすすって育てた継子たちは一変。「血の繋がらない赤の他人」と罵られ、夫からは一方的に離婚届を突きつけられる。 家族四人でやり直すと私を追い出す夫たち。だが、元義父の四十九日法要に乗り込んだ私の手には、周到に集めた録音データと、二億八千万円の公正証書遺言があった。 そこには、裏切り者たちを戦慄させる「ある解除条件」が記されており――。 弁護士が冷徹に告げる。「全遺産を相続するのは、あなた方ではありません」夫婦1.7万字5 338 -
完結第11話
認知症に仕立てた息子夫婦が奪った実印は偽物だった
雪の降る夕方、はる子は息子・健二と嫁・さやかに「ドライブへ行こう」と誘われ、そのまま人里離れた介護ホームへ置き去りにされる。携帯電話まで奪われ、外出も自由にできない中、彼女はようやく「息子夫婦に捨てられた」と悟った。 さらに2人は、はる子に正体不明の薬を飲ませて混乱させ、認知症の診断を取ろうとしていた。 目的は、失敗したカフェ経営で消えた3000万円と、闇金から借りた2000万円を穴埋めするため、成年後見制度を利用して母の通帳と家を奪うことだった。 しかしはる子は密かに認知症のふりを続け、ズボンに隠したペン型録音機で「後見人になれば通帳も家も私たちのもの」という嫁の声を記録する。 何も分からない老人を演じながら、彼女は息子夫婦が自ら罠に入る瞬間を静かに待ち始める――。親不孝|金銭問題|修羅場1.6万字5 348 -
完結第16話
通訳を笑われた家政婦は、会長が20年前に捨てた娘
60億円規模の投資契約を目前に、ドイツ語通訳が事故で欠席。窮地に陥った大和グループで「私がやります」と名乗り出たのは、3年間ほとんど口も利かず働いてきた家政婦・森下美咲だった。 「家政婦の分際で」と会長・神崎大造に嘲笑され、失敗すれば即解雇、成功すれば月給10倍という条件を突きつけられるが、美咲は完璧なドイツ語で会談を進め、120ページの契約書に潜む不利な条項まで見抜いてしまう。さらに5か国語を操る知識と実力に投資家側も驚愕し、美咲をプロジェクトの中核に据えなければ契約しないと要求する。追い詰められた大造の前で、美咲はついに20年間封印してきた本名を告げる。「神崎美咲です。会長の娘です」 彼女こそ、妊娠8か月の冬の夜に大造自身が家から追い出した実の娘だった。20年越しの再会で、美咲が本当に取り戻そうとしていたものが明らかになっていく――。職場逆転|修羅場2.4万字5 7090 -
完結第11話
出世ゴルフの朝、沈黙した妻
「一生話しかけるな。口を開いたら即離婚だ」 そう怒鳴り散らし寝室に鍵をかけた夫。翌朝、出世が懸かった役員ゴルフの起床予定から2時間半が過ぎていた。真琴は夫の言いつけを忠実に守り、一切声を出さず「起きる時間だよー」とLINEを1通だけ送信する。 午前7時15分、泡を吹いてパニックで飛び出していく夫。だが、彼が置き忘れた鍵で書斎を開けた真琴は息を呑む。そこにあったのは、3400万円に及ぶ不正なリベート記録と、真琴の実印を悪用して設立されたペーパーカンパニーの書類だった。 夫の恐るべき企みを知った真琴は、冷たく微笑み受話器を取る。「もしもし、弁護士先生――」夫婦|真実1.7万字5 808 -
完結第27話
月5000円を貯めて泊まった旅館で、妻が「お嬢様」と呼ばれた
手取り23万円の配送ドライバー・かずやは、毎月5000円を5年間貯め、妻・彩佳と10歳の娘・ゆいを初めての家族旅行へ連れていく。ところが山奥の旅館へ着いた瞬間、出迎えた老紳士は彩佳に深々と頭を下げ、「お嬢様、お帰りなさいませ」と告げた。 実は彩佳は、創業150年を超える老舗旅館の一人娘だった。 かつて父の勧めで結婚した夫は旅館の信用と財産を利用しようとし、離婚して幼いゆいを連れ戻った彩佳に対しても、父は娘の苦しみより「旅館の評判」を優先した。 それ以来、実家を離れ質素に生きてきた彼女は、5年越しの旅行を機にようやく過去と向き合う決意をする。突然明かされた妻の素性に戸惑うかずやだったが、「俺が家族になりたかったのは彩佳とゆいだ」と伝える。 そしてこの旅は、長く閉ざされていた親子3代の関係を大きく動かしていく――。夫婦|第二の人生|修羅場4.1万字5 1248