みかん小説
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"「この子は俺の子じゃない」" 第9話

プラチナの結婚指輪だった。

「健太……?」 私の震える声に、健太は答えなかった。

彼は葵の肩にそっとを置き、護師に向かって静かに言った。 「すみません。このを、部に戻してやってください」

「健太! 待って! かないで!」

私はうようにしてがり、健太のを掴もうとした。 だが、健太は度も私を振り返ることなく、葵の点滴スタンドを押し、護師と共に部った。

け放たれたドアの隙から、くのから微かに聞こえる、赤ん坊の泣き声が届いていた。

それは、私を呼ぶ声ではなかった。 決して、私のものにはならない命の、残酷なほど無垢な産声だった。

自宅の玄関ドアをけた瞬え切った静寂が私をみ込んだ。

靴を脱ぎ散らかしたままの。 スリッパを履く気力もなく、ストッキングののまま廊むと、リビングの奥にある畳のが目に入った。

扉は、け放たれたままだった。

そこは、この半に私たちが作りげた、完璧な『子供部』だった。

欧製の製ベビーベッド。 井から吊るされた、フェルトのが揺れるモビール。 引きしをければ、通しを終えて几帳面に畳まれた、オーガニックコットンの肌着が何枚も並んでいる。 児用のオムツが箱。ミルクの缶。哺乳瓶の消毒ケース。

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おしりふきを温めるウォーマー。

つ、りないものはなかった。 ただつ、そこに寝かされるはずだった赤ん坊の体温を除いて。

「……う……あ……」

喉の奥から、乾いた空気のような声が漏れた。 私はベビーベッドの柵にすがりつき、額をたい枠に押し当てた。

頬が、まだズキズキと脈打つようにい。 母ののひらの触。 『恥をりなさい』 『あんたがやったことはね、ただの盗だよ』 母の鋭い罵声が、の奥で何度も何度もリフレインしていた。

ポケットので、スマートフォンが震え続けていた。 取りすと、画面には会社の部署のグループLINEから、お祝いのメッセージが滝のように流れ込んできていた。

『紗枝さん! 無事のご産、本当におめでとうございます!』 『男の子なんですね! 写真待ってます!』 『産休はお仕事のこと気にせず、ゆっくり休んでくださいね』 『課のみんなで選んだ産祝い、来週あたりご自宅に送りますね!』

画面の文字が歪んで見えた。 指先が震え、スマホを取り落としそうになる。

彼女たちはらないのだ。 私が産休に入る、全員ので「ありがとうございます。復職したらまた頑張ります」と、ふっくらしたお腹をおしそうに撫でてみせたあの腹が、ただのキログラムのシリコンゴムだったことを。

もし、この嘘が会社にれたら? 産休業の正取得。

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虚偽の申請による当の受。 解雇だけでは済まない。詐欺罪で訴えられるかもしれない。 実の母は所を歩けなくなり、義両親からは正式に婚を突きつけられ、私のは、文字通りになって消える。

「……渡さない」

私はベッドの柵を、指がくなるほどく握りしめた。

「渡すわけないじゃない……。あんな子に……葵なんかに、育てられるはずがない……!」

そうだ。葵に何ができるというのだ。 貯もない。男に逃げられた。定職もない。 あの子がで赤ん坊を抱えてきていけるわけがないのだ。 遅かれかれ、葵は音をげる。 「やっぱり無理だった」と泣きついてくるに決まっている。 そのに、私がすべてを引き受けてやるのだ。 今、葵が頑なに「渡せない」と言っているのは、産直のホルモンバランスの乱れによるな興奮に過ぎない。

私が葵の無力さを証し、親たちを説得し、正式に法続きを踏めばいい。 そうすれば、私はすべてを取り戻せる。

私は涙をの甲で乱暴に拭い、寝のクローゼットへった。 汗と涙で汚れたカーディガンを脱ぎ捨て、平らな腹を隠すようなゆったりとしたシャツに着替える。 顔を洗い、頬の腫れをコンシーラーでく塗り固め、私はバッグを掴んでした。

向かったのは、役所の民課だった。

。 昼がりの役所は、続きを待つ民たちで混みっていた。 私は番号札を握りしめ、の効きすぎたロビーのベンチに座っていた。

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