"「この子は俺の子じゃない」" 第10話
指先が氷のようにたい。
「番の方、番窓へどうぞ」
械なアナウンスに背を押され、私は窓へ向かった。 カウンターの向こうには、代半ばほどの、鏡をかけた女性職員が座っていた。
「本はどのようなご相談でしょうか」
私はを乗りし、できるだけ落ち着いた、理性な声を作って話し始めた。
「……親族での、子供の引き取りについて伺いたくて」
「親族養子縁組、あるいは特別養子縁組のご相談ですか?」
「はい。妹が、未婚で産したんです。父親はいません。認もされていません。妹には収入も居もなく、精神にも定で、育てる能力がらかに欠如しています。私と夫は結婚して、経済にも定していて、持ちもあります。子供の福祉を考えれば、私たちが最初から親として引き取るのが最も適切だとうんです」
職員は元の類から顔をげ、私の目をじっと見つめた。 その線が、私のコンシーラーで隠した頬の腫れをかすめたような気がして、私はわず俯きそうになった。
「実のお母様――妹さんは、その養子縁組に同されているのでしょうか?」
「……今は、し混乱しています。産したばかりなので。でも、妊娠初期にはも交わしていました。妹の力では育てられないのは、客観な事実なんです」
広告
職員は、さく息を吐いた。 その表から、公務員特の事務なたさが滲みていた。
「奥様。特別養子縁組は、庭裁判所の審判が必になります。そして原則として、実の父母の同が絶対に必です。どんなに経済な格差があろうと、実母が『自分で育てたい』と主張している、第者――たとえ実の姉であっても、親権を制に剥奪することは本の法律、極めて困難です」
「でも、あの子には育てるおがないんですよ?! ネグレクトになる目に見えているじゃないですか!」 私の声が、わずくなった。 隣の窓の民が、訝しげにこちらを振り返る。
職員は眉を微かにひそめ、声のトーンを落とした。
「経済な困窮であれば、活保護や児童扶養当、母子活支援施設など、政の支援制度があります。『おがないから子供を渡さなければならない』ということは、法にはあり得ません。それに……」
職員は机のの端末のキーボードからをし、まっすぐに私を見据えた。
「届はおしになりましたか?」
臓がねがった。
「……いえ、まだです。今朝、まれたばかりなので」
「届に記載される実母の氏名は、分娩にち会った医師の作成する証と完全に致しなければなりません。もし、虚偽の届をされた、それは公正証原本実記載罪というな犯罪になります。
広告
ごですか?」
私の背筋を、たい汗が流れ落ちた。
職員は何もらないはずだ。 私がカ、偽の腹を巻いていたことなどるはずがない。 だが、その鋭い差しは、私のの奥底にある暗い企みをすべて見透かしているようにえた。
「……わかりました。結構です」
私は席をった。 職員がろから「奥様、もしご庭内でトラブルがあるようでしたら、専の相談窓を――」と声をかけてきたが、私は振り返りもせず、逃げるように役所をにした。
政は助けてくれない。 法律は、正しくない。 産んだというだけで、あんな無責任な妹に権利を与える法律が違っているのだ。
じゃあ、誰が証する? 葵が母親失格であることを、誰が突きつける?
――私だ。
葵のアパートにかなければならない。 あの子がどれだけ自堕落で、どれだけ赤ん坊を育てる資格がないか、その証拠を揃えるのだ。 散らかった部、滞納した督促状、無駄遣いの残骸。 それらを写真に収め、親たちに見せつければ、母だって考え直すはずだ。健太だって、目を覚ますはずだ。
私はにび乗り、葵が暮らしていたアパートへ向かった。
からしれた、築を超える古い階建ての造アパート。 敷も礼も、毎の賃万千円も、すべて私の座から引き落とされていた部だ。
鍵は、私のポーチのにあった。
錆びついた階段をがり、階の突き当たりの部へ向かう。
広告
おすすめ作品
-
完結第19話
完璧な夫に給料を突き返した朝
毎月二十五日、夫は手取り四十五万円の給料を一円も引かずに私の口座へ振り込み、親戚の前で完璧な夫として称賛されている。だがその裏で、私は息子の塾代を払うために結婚五周年の指輪を買取店へ持ち込んでいた。固定費と夫のカード代だけで毎月赤字が続き、私の独身時代の貯金も底をついた。翌朝、いつも通り振り込まれた四十五万円の通知を見つめた私は、その全額をそのまま夫の口座へ送金し、スマートフォンの画面を伏せた。嫁姑|夫婦|金銭問題|修羅場2.9万字5 0 -
完結第20話
教室の最後列に座る元教員
定年退職した元教員の私は、一度も教えたことのない男子生徒の保護者会に、身元を偽って六年間通い続けていた。教室の最後列から見つめる先には、油まみれの作業着を着た父親が座っている。受付簿の不審な記録に気づいた校長から昇降口で問い詰められた帰り道、桜が散る坂道でその父親が私の前に立ちふさがった。二十四年前の元教え子だったその男は、振り返りもせず、私の背中に向けて「あの席、あと何年座るつもりですか」と低く告げ怒り|真実|親子関係|修羅場3.1万字5 0 -
完結第15話
五人の元彼と三万一千円
結婚式当日の朝、ホテルのフロントに差出人不明の現金書留が五通届いた。中身はすべて、三万一千四百八十円という奇妙な端数のご祝儀だった。面識のない私の歴代の元彼五人からだと気づき、私は血の気を引かせて金庫への保管を頼み込む。だが、不審に思った夫が私の手提げから抜き取ったのは、三週間前に私がその五人へ同額を送金した明細だった。親族紹介まであと十五分、夫は控え室の鍵を閉め、冷たい目で私を見下ろした。夫婦|裡の顔|金銭問題|修羅場2.2万字5 19 -
完結第23話
母の職場で死んでいた私
母の定年退職をサプライズで祝うため、私は東京から新幹線に乗り宴会場へ駆けつけた。お祝いの品を手にして扉を開けた瞬間、母の同僚は手にしたグラスを取り落とし、顔を青ざめて後ずさりした。毎年盆と正月には実家へ顔を出し、仕送りも続けていたはずの私は、母が二十八年勤めた職場では十五年前に事故で亡くなった娘として扱われていた。ステージを駆け下りてきた母は私の手首を強く掴み、そのまま非常階段へと力任せに引きずり出した。親不孝|親子関係|退職金|修羅場3.5万字5 32 -
完結第23話
締め出された新社長
父から印刷会社を継ぎ、代表取締役として誰よりも早く出社した初日の朝、私のカードキーだけが赤く点滅して通用口が開かなかった。清掃員や入社三カ月の新人、配送トラックが次々と通過していく中、古参の会計は「先代の指示で権限を削除した」と告げる。社内では判断を下せる者がおらず、営業と現場の怒号が響き合い、輪転機が完全に停止した。私は閉ざされたガラス扉の脇にパイプ椅子を置き、冷たい缶コーヒーを握りしめた。職場逆転|人生逆転|怒り|親子関係|修羅場3.5万字5 52 -
完結第24話
妻の手術翌朝、七通の解約通知
妻が胆嚢ポリープの手術で入院した日、私は仕事を優先し「自分で処理しろ」と見舞いを断った。だが翌朝、私の携帯にマンションの駐車場、クレジットカード、父のデイサービスを含む七通の解約通知が立て続けに届く。カードは店頭で弾かれ、ビルのゲート前で立ち往生した私は、妻の報復を確信して病室のドアを乱暴に開けた。点滴に繋がれた妻は、今すぐ元に戻せと詰め寄る私の目の前で、スマートフォンの画面を静かに伏せた。怒り|夫婦|介護|修羅場3.7万字5 38 -
完結第23話
十八年ぶりの切符「次は三人で来い」
「二度と敷居を跨ぐな」――十八年前、父・源蔵の激しい怒声を背に村を飛び出した美雪。母の葬儀すら拒絶し、東京で夫の高一、息子の蒼太と平穏な家庭を築きながらも、心の奥に深い罪悪感を抱え続けていた。 ある秋の日、頑固一徹だった父が倒れたとの報せが届く。恐る恐る帰郷した美雪を迎えたのは、小さく老いさらばえた父の姿だった。互いに素直になれぬまま病室で交わしたわずかな言葉。だが、生家から持ち帰らされた重い桐箱と古いボストンバッグを開けた瞬間、美雪の息は止まる。 そこには、出金記録ゼロのまま膨れ上がった美雪名義の通帳と、十三年前の日付が記された「高一君へ」という父の手紙が眠っていた。父が十八年間隠し通してきた、想像を絶する真実とは――。真実|修羅場3.5万字5 832