"「この子は俺の子じゃない」" 第12話
私はに散らばったノートをで踏みにじろうとした。
そのだった。
ガチャリ、と玄関のドアノブが回る音がした。
私は凍りついた。 ゆっくりと振り返る。
ドアがいた。 そこにっていたのは――健太だった。
には、葵の着替えを入れるためのものだろう、黒いボストンバッグを持っていた。 健太は玄関で靴を脱ぎかけるところでを止め、部のにつ私を見た。
その顔には、驚き配は微もなかった。 ただ、どこまでもえ切った、底のない失望のだけが張り付いていた。
「……何してるんだ、ここで」
健太の声は、く掠れていた。
「健太……」 私は踏みつけそうになったノートからを引いた。 「葵の……葵の荷物をまとめに来たのよ。あの子、病院から退院しても、ここじゃ暮らせないでしょう? だから、私が――」
「まだそんなこと言ってるのか」
健太はため息すらつかなかった。 ボストンバッグをに置き、ゆっくりと部のへ歩み寄ってきた。 そして、に落ちていたノートに目を落とした。
「読んだのか」
「……あの子、嘘ばっかりいてる!」 私は取り乱して叫んだ。 「私が脅したみたいにいてるのよ! ひどいとわない?! 私はあの子のために、あの子の将来のために代わりになってあげたのに! それを『悪魔』だなんて……!」
「おは悪魔だよ」
健太の言葉は、あまりにも静かで、あまりにも容赦がなかった。
広告
「え……?」
「おは、最初から葵を助ける気なんてなかったんだ」
健太はポケットからスマートフォンを取りした。 画面を数回タップし、私に向けて突きつけた。
「これを見ろ」
画面に表示されていたのは、ある通販サイトの注文履歴のスクリーンショットだった。
商品名:『医療用シリコン製 疑似妊婦体験腹部モデル(初期・期・期セット)』 注文:『 午分』
画面の付と刻を、私の目は拒絶しようとした。 だが、その数字は網膜に焼き付いてれなかった。
。 午分。
「……これ……」
「葵がおのに来て、妊娠したって泣きついたの夜だよ」 健太の声が、静かに私の逃げを塞いでいった。 「あの夜、葵はおの部のコタツで泣き疲れて眠った。 おは俺に『葵がだから、私たちが引き取ろう』って言ったな。 俺が『し考えさせてくれ、まだ葵も混乱してる』って答えた……おはもう、スマホでこれを注文してたんだ」
「そ、それは……準備を、くしないと……」
「葵はまだ、産むかどうかも決めていなかった!」 健太の瞳に、りの炎が宿った。 「あの子はあの夜、『絶するしかないのかな』って何度も呟いてたんだぞ! それを、おが『堕ろすな』『産め』って誘導したんだ! 葵が同にサインするに、病院を予約するに、おはすでに『妊娠した母親』になるための偽腹を買っていたんだよ!」
広告
健太の指が、スマホの画面をく叩いた。
「助けるため? 冗談じゃない! おは、の妊治療で狂った自分の欲望を満たすために、り切った妹の腹を利用しただけだ! 『妹を救う優しい姉』という脚本を自分でいて、自分に酔いしれて、葵から子供を買い取ろうとしたんだ! それが盗じゃなくて、何なんだよ!!」
「違う……違うッ!!」 私はを塞いで叫んだ。 「私は欲しかっただけよ! 子供が欲しかったの! 何がいけないのよ?! 私だって頑張ったわ! 痛い注射に耐えて、検査台で屈辱ないをして、何も何も祈り続けてきたのよ! なのに……なんで葵なの?! ろくに働きもせず、男にだらしなくて、避妊もしないようなあの子に、なんであっさり子供ができるのよ?! 公平じゃない! 神様がいるなら、あまりにも残酷じゃない!!」
胸の奥底に溜まり続けていた、ド黒いヘドロのような本音が、から溢れしていた。
「あの子にはもったいないのよ! 私が育てた方が、あの子だって幸せになれる! 私なら、何自由なく育ててあげられる! あの子から子供を奪って何が悪いの?! あの子が産んだ体は、私の血と同じなのよ!!」
部のに、私の狂気に満ちた叫び声が反響した。
息が切れた。 肩で息をしながら、私は見げた。
健太は、泣いていた。 りではなく、ただ、いいしみので、涙を流していた。
「……紗枝」 健太は静かに言った。 「お、本当に……化け物になっちゃったんだな」
広告
おすすめ作品
-
完結第10話
クラウドが暴いた午前一時の密会
「23時には行く」 40度近い高熱で生後3ヶ月の息子と救急搬送された私を置き去りにし、夫は電話を20回鳴らしても無視し続けた。 眩しすぎる処置室で泣き叫ぶ我が子。深夜2時、現れない夫の代わりに訪れた児童相談所の車へ、私は震える手で息子を託した。 深夜3時40分、酒と女の香水を漂わせて現れた夫は「接待だ、児相なんて大袈裟だ!」と逆上。 だがその時、家族共有クラウドに次々と同期されたのは、21時15分の花火、そして深夜1時50分のホテルで浴衣姿の後輩社員と笑い合う自撮り写真だった――。 私は冷え切った指先で、弁護士へ一本の電話をかけた。夫婦|親子関係1.5万字5 353 -
完結第12話
離婚を知らずに生活費25万円を催促する夫
3年間無職の夫・浩司から毎月25万円を要求され続けてきた設計士の美保は、出張先のホテルで「振り込まなければ離婚する」と脅されながら、すでに役所で受け取った離婚届受理証明書を静かに見つめていた。 夫は愛人と豪遊し、義母まで共謀して、美保が亡き父から受け継いだ家の名義を書き換えようとしていた。美保は実印を密かに変更し、カードと生活費口座を停止。さらに3年間集めた不正利用、浮気、恐喝、名義変更計画の証拠を弁護士へ渡す。帰宅した彼女に夫は顧客資料を盾に300万円を要求するが、そのファイルは最初からダミーだった。 そして美保がテーブルへ置いた1枚の「離婚届受理証明書」を見た瞬間、自分たちが奪うはずだった家も金も、すでに手の届かないものになっていたと夫と義母は初めて知る――。夫婦|金銭問題1.8万字5 258 -
完結第11話
豪邸を奪う義母と一枚の公正証書
「今日から同居ね。この一番大きな部屋でいいわよ」 庭付き一戸建てを購入した翌朝、引っ越し業者を引き連れた元義母が土足で新居に乗り込んできた。 中卒の元専業主婦と見下され、「不倫女」と理不尽に罵倒されるユイ。だが義母は知らなかった。その家はユイが自力で買い取ったもので、夫とは半年前に離婚済みだったことを。 「慰謝料代わりにこの家を寄越しなさい!」 逆上する義母の前に、ユイは一枚の「公正証書」を突きつける。 ある「不審なメモ」から暴かれた、夫と実の妹によるおぞましい裏切りとは――。 「この名前、誰だか分かりますか?」嫁姑|修羅場1.6万字5 465 -
完結第14話
余命3か月と嘘をついた夫は、離婚後の3000億円を知らない
夫・翔太から「すい臓がん末期で余命3か月」と告げられ、突然離婚を求められたゆい。だが診断書は偽物で、翔太には2年以上関係を続ける愛人・リナがいた。 ゆいは騙されたふりをして離婚に応じる。なぜなら父が残した信託には、婚姻関係が解消された瞬間、3000億円の一族資産が彼女へ移る条件が設定されていたからだ。 さらに翔太には会社資金約5000万円の横領まで発覚する。 莫大な資産を手にしたゆいは、父の顧問弁護士ハルトと共に元夫とその一族へ反撃を開始。ところが調査の果てに、翔太がゆいへ近づいた本当の理由が、20年以上前から続く両家の復讐にあったことを知る。 金と裏切りだけでは終わらない、父世代から仕組まれていた巨大な秘密が姿を現していく――。夫婦|修羅場|不倫2.2万字5 177 -
完結第12話
八万八千円のスカーフと離婚届
ゴミ箱で見つかった高級スカーフ「八万八千円」のレシート。母の日に私へ渡されたのは、千五百円の安菓子だった――。 十四年前に幼子を捨てて逃げた元嫁が突然現れ、泥水をすすって育てた継子たちは一変。「血の繋がらない赤の他人」と罵られ、夫からは一方的に離婚届を突きつけられる。 家族四人でやり直すと私を追い出す夫たち。だが、元義父の四十九日法要に乗り込んだ私の手には、周到に集めた録音データと、二億八千万円の公正証書遺言があった。 そこには、裏切り者たちを戦慄させる「ある解除条件」が記されており――。 弁護士が冷徹に告げる。「全遺産を相続するのは、あなた方ではありません」夫婦1.7万字5 338 -
完結第11話
認知症に仕立てた息子夫婦が奪った実印は偽物だった
雪の降る夕方、はる子は息子・健二と嫁・さやかに「ドライブへ行こう」と誘われ、そのまま人里離れた介護ホームへ置き去りにされる。携帯電話まで奪われ、外出も自由にできない中、彼女はようやく「息子夫婦に捨てられた」と悟った。 さらに2人は、はる子に正体不明の薬を飲ませて混乱させ、認知症の診断を取ろうとしていた。 目的は、失敗したカフェ経営で消えた3000万円と、闇金から借りた2000万円を穴埋めするため、成年後見制度を利用して母の通帳と家を奪うことだった。 しかしはる子は密かに認知症のふりを続け、ズボンに隠したペン型録音機で「後見人になれば通帳も家も私たちのもの」という嫁の声を記録する。 何も分からない老人を演じながら、彼女は息子夫婦が自ら罠に入る瞬間を静かに待ち始める――。親不孝|金銭問題|修羅場1.6万字5 348 -
完結第16話
通訳を笑われた家政婦は、会長が20年前に捨てた娘
60億円規模の投資契約を目前に、ドイツ語通訳が事故で欠席。窮地に陥った大和グループで「私がやります」と名乗り出たのは、3年間ほとんど口も利かず働いてきた家政婦・森下美咲だった。 「家政婦の分際で」と会長・神崎大造に嘲笑され、失敗すれば即解雇、成功すれば月給10倍という条件を突きつけられるが、美咲は完璧なドイツ語で会談を進め、120ページの契約書に潜む不利な条項まで見抜いてしまう。さらに5か国語を操る知識と実力に投資家側も驚愕し、美咲をプロジェクトの中核に据えなければ契約しないと要求する。追い詰められた大造の前で、美咲はついに20年間封印してきた本名を告げる。「神崎美咲です。会長の娘です」 彼女こそ、妊娠8か月の冬の夜に大造自身が家から追い出した実の娘だった。20年越しの再会で、美咲が本当に取り戻そうとしていたものが明らかになっていく――。職場逆転|修羅場2.4万字5 7090 -
完結第11話
出世ゴルフの朝、沈黙した妻
「一生話しかけるな。口を開いたら即離婚だ」 そう怒鳴り散らし寝室に鍵をかけた夫。翌朝、出世が懸かった役員ゴルフの起床予定から2時間半が過ぎていた。真琴は夫の言いつけを忠実に守り、一切声を出さず「起きる時間だよー」とLINEを1通だけ送信する。 午前7時15分、泡を吹いてパニックで飛び出していく夫。だが、彼が置き忘れた鍵で書斎を開けた真琴は息を呑む。そこにあったのは、3400万円に及ぶ不正なリベート記録と、真琴の実印を悪用して設立されたペーパーカンパニーの書類だった。 夫の恐るべき企みを知った真琴は、冷たく微笑み受話器を取る。「もしもし、弁護士先生――」夫婦|真実1.7万字5 808 -
完結第27話
月5000円を貯めて泊まった旅館で、妻が「お嬢様」と呼ばれた
手取り23万円の配送ドライバー・かずやは、毎月5000円を5年間貯め、妻・彩佳と10歳の娘・ゆいを初めての家族旅行へ連れていく。ところが山奥の旅館へ着いた瞬間、出迎えた老紳士は彩佳に深々と頭を下げ、「お嬢様、お帰りなさいませ」と告げた。 実は彩佳は、創業150年を超える老舗旅館の一人娘だった。 かつて父の勧めで結婚した夫は旅館の信用と財産を利用しようとし、離婚して幼いゆいを連れ戻った彩佳に対しても、父は娘の苦しみより「旅館の評判」を優先した。 それ以来、実家を離れ質素に生きてきた彼女は、5年越しの旅行を機にようやく過去と向き合う決意をする。突然明かされた妻の素性に戸惑うかずやだったが、「俺が家族になりたかったのは彩佳とゆいだ」と伝える。 そしてこの旅は、長く閉ざされていた親子3代の関係を大きく動かしていく――。夫婦|第二の人生|修羅場4.1万字5 1248