"完璧な夫に給料を突き返した朝" 第3話
唇を噛み締めると、鉄のがした。
「亮介さんは、良い夫のまま。誰からもされて、誰からも謝される。そして私は、毎万ももらっておきながら、の枚も買えず、友達のランチの誘いも全部断って、髪も千円カットで済ませて……『やりくりな、領の悪い妻』になっていくの」
志保はしばらく、言葉を失っていた。 元のストローを指先でいじりながら、何度も何かを言いかけてはみ込んでいた。
「……亮介さんに、ちゃんと話したの? 赤字だってこと、全部見せたの?」 「何度も見せたわよ。計簿も、細も」 「なんて言うの?」 「『君を信じて任せてるんだから、細かい数字を見せて俺を煩わせないでくれ』って」
私は自嘲気に息を吐いた。
「『俺はで汗垂らして万稼いできてるんだ。それをどう配分するかは主婦の仕事だろう? りないなら、もっとスーパーの特売を回るとか、夫のしようがあるんじゃないか』って、優しく諭すように言われるのよ。あの、度も声を荒らげたりしない。ただ、れむような目で私を見るの。『君は昔から、領が悪いからね』って」
志保のが、ぎゅっと握りこぶしを作った。 爪がくなるほどく、テーブルの目を睨みつけている。
「……最。それ、ただのモラハラじゃん」 「亮介さんに悪気はないのよ」 「悪気がないのが番タチ悪いわよ!」
広告
志保がわず声を張りげ、隣の席のサラリーマンがちらりとこちらを見た。 志保は慌てて元をで覆い、をくした。
「お姉ちゃん、もう限界でしょ。指輪まで売るなんて、異常だよ。健太の塾代だって、なんでお姉ちゃんがで面しなきゃいけないの? 父親でしょ、あの」 「……健太には、かせてあげたいの。あの子、私の顔ばっかり伺うようになってるから。『お母さん、今おある?』って、学の子に聞かせたくないのよ」
封筒をバッグの奥底へ滑り込ませ、私はちがった。
「志保、今のこと、お母さんたちには言わないでね」 「言わないけど……でもお姉ちゃん、どうするの? 来週の曜には、その万払わなきゃいけないんでしょ?」 「……なんとかする。まだ、売れるものもあるし」 「お姉ちゃん!」
引き止める志保の声を背に残し、私は逃げるように喫茶をた。 夕方のが、汗ばんだ首筋をたく撫でていく。 が宅の根を赤く染めていた。 帰らなければならない。あの、完璧な夫が待つ、息の詰まるがへ。
*
ガチャリと玄関の鍵をけると、リビングからテレビのバラエティ番組の笑い声と、缶ビールのプシュッという気よい音が聞こえてきた。
「おかえり、朋美。遅かったね」
リビングのソファにく腰掛け、を組んでテレビを見ていた亮介が、笑顔で振り返った。
広告
呂がりなのか、仕ての良い部着を着て、にはプレミアムビールの青い缶。 テーブルのには、私が今朝作っておいた蒸し鶏のサラダが綺麗に平らげられていた。
「ごめんなさい、ちょっと買い物に取って」 「いいよいいよ、謝るようなことじゃないだろ。俺は適当につまんでたからさ。あ、そうだ、朋美。今の夕飯、何?」 「豚肉と野菜の噌炒めにしようかと……」 「いいねえ。あ、付け、し濃いめにしてくれる? 今、回りくて汗かいたからさ」
何つ悪のない、屈託のない笑顔。 浮気もしない。ギャンブルもしない。酒に溺れて暴れることもない。 から見れば、百点満点の夫。
私はキッチンにち、スーパーの特売で買った豚こま肉をフライパンに広げた。 ジュウジュウと油がねる音を聞きながら、換気扇の吸い込みを見つめる。
「あ、そうだ朋美」
背から、ビールの缶をテーブルに置くコトという音がした。
「さっき母さんから話があってさ」
フライパンを握る私のが、ぴくりと止まった。
「陸の温泉旅、親戚の伯母さんたちとくことになったらしいんだよ。幹線のチケットとか旅館のグレードアップで、ちょっとをつけてあげたくてさ。万、包んであげようとうんだ」 「……万円?」 「うん。母さんも最膝が痛い痛いって言ってたし、けるうちにかせてやりたいだろ? 親孝だよ。
俺から『朋美に言って、の朝番で座に振り込ませるから』って伝えておいたから。
広告
おすすめ作品
-
完結第19話
母の葬儀を拒んだ叔父と、消えた教育資金350万円
母を突然失った18歳のまほは、葬儀の方法すら分からず父方の本家へ助けを求める。しかし叔父・正尾は「最後まで自分たちだけでやれ」と突き放し、亡き母まで恩知らずだと罵った。 それから15年、まほは苦学の末にIT企業を立ち上げ、約300人を率いる社長へ成長する。そこへ会社が傾いた正尾が現れ、自分の息子・優と娘・沙耶を「親戚だから」と縁故採用するよう要求。だがまほは「親戚枠も縁故枠もない」と公平な選考を突きつける。 やがて従兄妹が本家の納戸から発見したのは、母が祖父母へ何年も仕送りを続けていた証拠と、父がまほの大学進学のために残した約350万円の信託預金だった。しかも、その金は叔父の会社口座へ流れていた。 15年間母を悪者にしてきた叔父の嘘が、ついに物証によって崩れ始める――。親子関係|金銭問題2.8万字5 367 -
完結第10話
クラウドが暴いた午前一時の密会
「23時には行く」 40度近い高熱で生後3ヶ月の息子と救急搬送された私を置き去りにし、夫は電話を20回鳴らしても無視し続けた。 眩しすぎる処置室で泣き叫ぶ我が子。深夜2時、現れない夫の代わりに訪れた児童相談所の車へ、私は震える手で息子を託した。 深夜3時40分、酒と女の香水を漂わせて現れた夫は「接待だ、児相なんて大袈裟だ!」と逆上。 だがその時、家族共有クラウドに次々と同期されたのは、21時15分の花火、そして深夜1時50分のホテルで浴衣姿の後輩社員と笑い合う自撮り写真だった――。 私は冷え切った指先で、弁護士へ一本の電話をかけた。夫婦|親子関係1.5万字5 353 -
完結第12話
離婚を知らずに生活費25万円を催促する夫
3年間無職の夫・浩司から毎月25万円を要求され続けてきた設計士の美保は、出張先のホテルで「振り込まなければ離婚する」と脅されながら、すでに役所で受け取った離婚届受理証明書を静かに見つめていた。 夫は愛人と豪遊し、義母まで共謀して、美保が亡き父から受け継いだ家の名義を書き換えようとしていた。美保は実印を密かに変更し、カードと生活費口座を停止。さらに3年間集めた不正利用、浮気、恐喝、名義変更計画の証拠を弁護士へ渡す。帰宅した彼女に夫は顧客資料を盾に300万円を要求するが、そのファイルは最初からダミーだった。 そして美保がテーブルへ置いた1枚の「離婚届受理証明書」を見た瞬間、自分たちが奪うはずだった家も金も、すでに手の届かないものになっていたと夫と義母は初めて知る――。夫婦|金銭問題1.8万字5 258 -
完結第11話
豪邸を奪う義母と一枚の公正証書
「今日から同居ね。この一番大きな部屋でいいわよ」 庭付き一戸建てを購入した翌朝、引っ越し業者を引き連れた元義母が土足で新居に乗り込んできた。 中卒の元専業主婦と見下され、「不倫女」と理不尽に罵倒されるユイ。だが義母は知らなかった。その家はユイが自力で買い取ったもので、夫とは半年前に離婚済みだったことを。 「慰謝料代わりにこの家を寄越しなさい!」 逆上する義母の前に、ユイは一枚の「公正証書」を突きつける。 ある「不審なメモ」から暴かれた、夫と実の妹によるおぞましい裏切りとは――。 「この名前、誰だか分かりますか?」嫁姑|修羅場1.6万字5 465 -
完結第14話
余命3か月と嘘をついた夫は、離婚後の3000億円を知らない
夫・翔太から「すい臓がん末期で余命3か月」と告げられ、突然離婚を求められたゆい。だが診断書は偽物で、翔太には2年以上関係を続ける愛人・リナがいた。 ゆいは騙されたふりをして離婚に応じる。なぜなら父が残した信託には、婚姻関係が解消された瞬間、3000億円の一族資産が彼女へ移る条件が設定されていたからだ。 さらに翔太には会社資金約5000万円の横領まで発覚する。 莫大な資産を手にしたゆいは、父の顧問弁護士ハルトと共に元夫とその一族へ反撃を開始。ところが調査の果てに、翔太がゆいへ近づいた本当の理由が、20年以上前から続く両家の復讐にあったことを知る。 金と裏切りだけでは終わらない、父世代から仕組まれていた巨大な秘密が姿を現していく――。夫婦|修羅場|不倫2.2万字5 177 -
完結第12話
八万八千円のスカーフと離婚届
ゴミ箱で見つかった高級スカーフ「八万八千円」のレシート。母の日に私へ渡されたのは、千五百円の安菓子だった――。 十四年前に幼子を捨てて逃げた元嫁が突然現れ、泥水をすすって育てた継子たちは一変。「血の繋がらない赤の他人」と罵られ、夫からは一方的に離婚届を突きつけられる。 家族四人でやり直すと私を追い出す夫たち。だが、元義父の四十九日法要に乗り込んだ私の手には、周到に集めた録音データと、二億八千万円の公正証書遺言があった。 そこには、裏切り者たちを戦慄させる「ある解除条件」が記されており――。 弁護士が冷徹に告げる。「全遺産を相続するのは、あなた方ではありません」夫婦1.7万字5 338 -
完結第11話
認知症に仕立てた息子夫婦が奪った実印は偽物だった
雪の降る夕方、はる子は息子・健二と嫁・さやかに「ドライブへ行こう」と誘われ、そのまま人里離れた介護ホームへ置き去りにされる。携帯電話まで奪われ、外出も自由にできない中、彼女はようやく「息子夫婦に捨てられた」と悟った。 さらに2人は、はる子に正体不明の薬を飲ませて混乱させ、認知症の診断を取ろうとしていた。 目的は、失敗したカフェ経営で消えた3000万円と、闇金から借りた2000万円を穴埋めするため、成年後見制度を利用して母の通帳と家を奪うことだった。 しかしはる子は密かに認知症のふりを続け、ズボンに隠したペン型録音機で「後見人になれば通帳も家も私たちのもの」という嫁の声を記録する。 何も分からない老人を演じながら、彼女は息子夫婦が自ら罠に入る瞬間を静かに待ち始める――。親不孝|金銭問題|修羅場1.6万字5 348