"完璧な夫に給料を突き返した朝" 第9話
亮介の唇が、刻みに震えていた。
「う、嘘だろ……なんでそんな……言ってくれなきゃわからないじゃないか!」 「言ったわよ」
私は静かに、しかし鋼のようにい声で返した。
「毎言ったわ。『今も赤字だから、ゴルフを控えて』『カードの請求がすぎる』『お義母さんへの仕送りを減額して』って、何回、何百回言ったとう? そのたびにあなたは何て答えた?」
私は亮介の調を真似てみせた。
「『細かい数字で俺を煩わせるな。おを信じて任せてるんだから、うまくやれ』……そう言って、私の目ので計簿を閉じたのは、どこの誰だったかしら?」
亮介の顔が、赤から気に気へと変わっていった。 反論の言葉を探して、をパクパクと魚のように閉させている。
「あなたがで『俺は料を全額妻に渡してる良い夫』の顔をして、お義母さんに『ならいくらでもある』と盤振るいして、会社の輩に酒を奢っていい気分に浸っている裏で……私がどれだけ惨めないをしてきたか、像したことある?」
私はを突きした。 そこには、もう何もない。 昼までそこにあった、結婚周のピンクゴールドのリングの跡が、く皮膚に残っているだけだ。
「……指輪、どうしたんだよ」 「売ったわよ。今の昼。健太の特訓の申込を作るためにね。万千円になったわ」 「ゆ、指輪を売った……!? 俺があげた記の指輪をか!?」
広告
「そうよ。売らなきゃ払えないから。でもね、それでもりないの。あと万円りないのよ!」
初めて、私の声のボリュームががった。 鳴ったわけではない。 けれど、分の澱のような絶望が、言葉の端々に鋭利な刃物となって滲みていた。
「私はもう、円も持っていません。売れるものも、私の預も、全部なくなりました」
私はテーブルのの請求の束を、両で亮介の胸へと押し戻した。
「だから、お返しします。今からあなたが、このの『財布を握る』になってください」 「ま、待てよ朋美! そんな急に言われたって困るよ! 俺は計のことなんてわからないし……!」 「わからないなら、勉してください。社会なら誰でもやってることです」 「でも、支払いはどうするんだよ! にはローンが……!」 「万あるんでしょ? そこから優先順位をつけて、あなたが払ってください。りない分は、あなたが自分でをげて、誰かに断ってください」
私は歩、ろへがった。 亮介とのに、確な境界線を引くように。
「『今はおがないからせません』って、あなた自のでお義母さんに言ってください。『おの塾代は払えない』って、健太の目を見てあなたが言ってください。『今はがないからみにけない』って、会社の輩に恥をかいて見せてください」
広告
「朋美……っ!」 「、その『誰かを失望させる役目』を、全部私に押し付けてきたのよ、あなたは」
亮介は胸元に抱え込まされた請求のを見つめたまま、縛りに遭ったようにけなくなっていた。 そのきな体が、ひどくさく、頼りなく見えた。
ピピピッ、ピピピッ。
その、リビングの話が鳴った。 固定話の液晶画面に表示された名を見て、亮介の肩がビクッとねがった。
【実 佐藤悦子】
昼のLINEを無された義母が、ついにしびれを切らして話をかけてきたのだ。
コール音が、酷に鳴り響く。 ワンコール、ツーコール、スリーコール。
「……ないの?」
私が静かに促すと、亮介は怯えたような目で受話器と私を交互に見た。
「と、朋美、頼むよ。今夜だけでいいから、おから『違いで遅れてる』って母さんに言ってくれよ……! 母さん、楽しみに親戚に自しちゃってるんだよ! 今さらせないなんて言ったら、俺、親戚に顔向けできないよ……!」
どこまでも、自分の面相。自分の体面。 息子の教育よりも、妻の尊厳よりも、「親戚に自する母のの、来た息子」でいることのほうが事なのだ。
コール、コール。
「嫌よ」
私はたく言い放った。
「あなたのおでしょ。あなたが自分で話しなさい」
亮介は脂汗をダラダラと流しながら、震えるを受話器へと伸ばした。
指先が激しく痙攣している。
ガチャリと、受話器がれた。
『もしもし! ちょっと亮介!? 朋美さんどうなってるのよ! LINEも話も繋がらないじゃない! 旅会社への支払いが今の夕方までだったのよ!? 恥かかせないでちょうだい!』
広告
おすすめ作品
-
完結第20話
教室の最後列に座る元教員
定年退職した元教員の私は、一度も教えたことのない男子生徒の保護者会に、身元を偽って六年間通い続けていた。教室の最後列から見つめる先には、油まみれの作業着を着た父親が座っている。受付簿の不審な記録に気づいた校長から昇降口で問い詰められた帰り道、桜が散る坂道でその父親が私の前に立ちふさがった。二十四年前の元教え子だったその男は、振り返りもせず、私の背中に向けて「あの席、あと何年座るつもりですか」と低く告げ怒り|真実|親子関係|修羅場3.1万字5 0 -
完結第18話
「この子は俺の子じゃない」
二十六時間に及ぶ難産を終え、産室を出た私を待っていたのは双方の両親の涙と祝福だった。だが壁際に立つ夫は一歩も近寄らず、「この子は俺の子じゃない」と冷たく言い放った。色めき立つ義父母から不倫を激しく追及される中、私の口から咄嗟に出たのは無実を叫ぶ声ではなく、「今日だけは言わない約束でしょ」という悲鳴だった。冷え切った目で私を見下ろす夫の手が、私のカーディガンの前立てにかかる。裡切られた|兄弟姉妹|夫婦|修羅場2.7万字5 2 -
完結第21話
優しい教室で震える息子
息子が突然学校に行けなくなり、担任は「いじめなどなくクラス全員に愛されている」と胸を張った。不審に思った私が息子のランドセルを調べると、底板の裏から三十七枚の給食費受領書が出てくる。我が家は困窮などしていないのに、三ヶ月間、生徒全員が日替わりで息子の昼食代を立て替えていた。私が学校へ確かめに行こうとした瞬間、息子は「言わないで」と叫んで床に泣き崩れ、その紙片を必死に胸へ抱え込んだ。怒り|裡の顔|親子関係|金銭問題3.2万字5 0 -
完結第15話
五人の元彼と三万一千円
結婚式当日の朝、ホテルのフロントに差出人不明の現金書留が五通届いた。中身はすべて、三万一千四百八十円という奇妙な端数のご祝儀だった。面識のない私の歴代の元彼五人からだと気づき、私は血の気を引かせて金庫への保管を頼み込む。だが、不審に思った夫が私の手提げから抜き取ったのは、三週間前に私がその五人へ同額を送金した明細だった。親族紹介まであと十五分、夫は控え室の鍵を閉め、冷たい目で私を見下ろした。夫婦|裡の顔|金銭問題|修羅場2.2万字5 19 -
完結第17話
消された母親席
「お義母さんの席はありません。ご祝儀だけ置いて、隅で体育座りでもしていてください」――一人息子・優太の結婚式で、看護師として41年間働き、学費や結婚資金、新居費用まで1500万円以上を支えてきた私・道代は、嫁・千夏から大勢の前でそう言い放たれた。しかも優太は妻を止めず、「母さんは恥ずかしい」と目を逸らす。最後まで母親として我慢しようとした私だったが、隣で全てを見ていた夫・剛がついに「帰るぞ」と私の手を取った。さらに千夏は、席も用意しない私から祝儀250万円だけは受け取ろうとする。そこで私たちは初めて、自分たちのお金と尊厳を取り戻す決意をする。祝儀の返還、結婚資金300万円の返還請求――華やかな披露宴の裏で、息子夫婦が当然だと思っていた“親の犠牲”が一つずつ引き上げられ始める――。嫁姑2.6万字5 374 -
完結第23話
母の職場で死んでいた私
母の定年退職をサプライズで祝うため、私は東京から新幹線に乗り宴会場へ駆けつけた。お祝いの品を手にして扉を開けた瞬間、母の同僚は手にしたグラスを取り落とし、顔を青ざめて後ずさりした。毎年盆と正月には実家へ顔を出し、仕送りも続けていたはずの私は、母が二十八年勤めた職場では十五年前に事故で亡くなった娘として扱われていた。ステージを駆け下りてきた母は私の手首を強く掴み、そのまま非常階段へと力任せに引きずり出した。親不孝|親子関係|退職金|修羅場3.5万字5 32 -
完結第23話
締め出された新社長
父から印刷会社を継ぎ、代表取締役として誰よりも早く出社した初日の朝、私のカードキーだけが赤く点滅して通用口が開かなかった。清掃員や入社三カ月の新人、配送トラックが次々と通過していく中、古参の会計は「先代の指示で権限を削除した」と告げる。社内では判断を下せる者がおらず、営業と現場の怒号が響き合い、輪転機が完全に停止した。私は閉ざされたガラス扉の脇にパイプ椅子を置き、冷たい缶コーヒーを握りしめた。職場逆転|人生逆転|怒り|親子関係|修羅場3.5万字5 55