みかん小説
本棚

"母を遠ざける姉の嘘" 第6話

けれど、敷の境界にづくにつれて、胸の奥をざらりと撫でるような違が膨らんでいった。

庭が、荒れていた。 かつて母が丹精込めて入れしていた菊やの植え込みは枯れに覆われ、からはスギナや雑が腰のさまで伸び放題になっている。 それなのに、縁側の戸はきっちりと閉ざされ、掃きし窓のガラスだけが、なほど点の曇りもなく磨きげられていた。

の気配を拒絶するような荒涼とした庭と、異常なほど清潔に保たれた窓。 そのアンバランスさに、言いれぬ息苦しさを覚える。

私は玄関のち、呼吸をつしてから、インターホンのボタンを押した。

ピン、ポーン……。

静まり返ったに、乾いた子音が響く。 返事はない。 もう度押す。 秒、分。どれだけ待っても、から音が聞こえてくる気配はなかった。

私の胸に、昨夜の美咲の言葉が蘇る。 『お母さん、記憶の混濁と被害妄始めてるの』 『あんたにお母さんを殺す気がないなら、しく京にいなさい』

まさか、で倒れているんじゃないだろうか。 最悪の像がをかすめ、指先が急速にたくなっていく。

私はバッグの底から、キーケースを取りした。 真鍮製の、古びた鍵。の頃からずっと持っていた、実鍵だ。

広告

鍵穴に差し込み、ゆっくりと回す。 カチャリ、と属音がして、鍵はあっさりといた。

「……お母さん?」

引き戸をガラガラとけ、玄関のを踏み入れた。 靴を脱ぐスペースには、母のさな革靴と、履き古したサンダルがずつ、定規で測ったかのように真っ直ぐに揃えられていた。 美咲の靴はない。今、姉は元の役所の臨で仕事をしているのはずだ。

漂ってくるのは、古い畳の匂いと、線の微かなり、そして――ツンとした消毒液の匂い。

「お母さん、千佳だよ。いるの?」

の板張りは、埃ひとつ落ちていなかった。 磨き抜かれた廊を、靴を履いたで音をてないようにむ。 突き当たりにある台所の磨りガラスの向こうに、ぼんやりとが揺れているのが見えた。

私は息を殺して、引き戸をしだけけた。

そこに、母がいた。

から差し込む暗いさなパイプ子に腰掛け、まな板の根の皮を剥いている。 その背は、私の記憶のにある母の姿よりも、ひと回りもふた回りもさかった。 肩の骨が浮きて、髪の混じった髪はろで雑にゴムで束ねられている。

「……お母さん」

私がさく声をかけると、母の背がビクッとがった。 持っていたピーラーがから滑り落ち、シンクのにカランと甲い音をてる。

広告

母は恐る恐る、首だけをこちらに向けた。 く刻まれた目尻の皺。落ちくぼんだ目。 その瞳が私を捉えた瞬、母の顔からすべての血の気が引いた。

まるで、この世のものではないものを見てしまったかのように、母のさくいた。

「ち……千佳……?」

掠れた、震える声だった。

「うん。千佳だよ。勝に入ってごめんね。鍵、昔のままだったから……」

私が歩、台所にを踏み入れた途端、母はパイプ子からがろうとして、をもたつかせて激しくよろめいた。 「危ない!」 私は駆け寄り、倒れそうになった母の体を抱きとめた。

腕のに伝わってきたのは、驚くほど軽くて細い、骨と皮ばかりの触だった。 私のっている母は、もっとふくよかで、いつも割烹着から甘い噌の匂いをさせていたはずなのに。

「千佳……本当に、千佳なのかい……?」

母の枯れのようなが、私の頬に触れた。 指先が刻みに震えている。 そのの温もりをじた瞬、私の界が気に滲んだ。

「そうだよ、千佳だよ。お母さん、元気だった? 、痛むの?」

「千佳……ああ、千佳……どうして……じゃないんだね……?」

母は私の胸に顔を埋め、子供のように声をげて泣き始めた。 骨張った指が、私のコートの背を、引きちぎらんばかりの力で握りしめてくる。

その反応を見て、私ので渦巻いていた疑の輪郭が、急速に固まっていった。

母は、ボケてなどいない。 私の顔を瞬で見分け、名を呼び、私のを確かめて泣いている。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: