みかん小説
本棚

"母を遠ざける姉の嘘" 第9話

その瞳の奥にあるドス黒いの奔流に、私は息を呑んだ。

「あんたはね、いいとこ取りしかしてないのよ! たまに来て、綺麗なお菓子を差しして、ニコニコ笑って優しい言葉をかけるだけ! そんなの、誰だってできるわよ! お母さんが夜に何度もトイレに起きて、失敗した着を洗う苦しさをあんたがってるの!? 『が痛い、にたい』って毎繰り返される愚痴を、何も隣で聞き続ける絶望を、あんたが秒でもわったことがあるの!?」

美咲の指先が、私の胸元を激しく突いた。

「あんたは京で、自分の好きな仕事をして、自由なをおに変えて、綺麗なを着てきてるじゃない! 野のこの暗いで、をすするみたいにしてお母さんの命を繋ぎ止めてるのは、私なのよ! その私に向かって、嘘つき呼ばわり!? ふざけないでよ!!」

その言葉は、まるで鋭利なガラスの破片のように、私の胸に突き刺さった。

美咲の言う通りだ。 私は、排泄物の処理も、夜の愚痴も、々の通院の付き添いも、何もしてこなかった。 その圧倒な「介護の現」のみを突きつけられた、私のにあった罪悪が、再び首をもたげそうになった。

私が悪かったのか? 私が京に逃げたから、姉はここまで追い詰められてしまったのか?

母がさく啜り泣く声が聞こえる。

広告

美咲は勝ち誇ったように顎をげ、私を見ろした。

「わかったら、今すぐその荷物をまとめてていきなさい。あんたがここにいるだけで、このの秩序が壊れるの。今なら、幹線の終うでしょ。さっさと京へ帰りなさい!」

美咲が私の腕を掴み、玄関の方へ引きずりそうとした。 その指の、骨張った痛烈な力。

けれど――。

私の界に、先ほど茶箪笥の裏に隠されていた、あの黒いビニールテープがび込んできた。 そして、母の怯えきった、美咲を恐れる瞳。

違う。 何かが決定に違う。

苦労しているからといって。 すべてを背負ってきたからといって。

母親を界から遮断し、妹からのを奪い、嘘で塗り固めた檻のに閉じ込める権利が、美咲にあるはずがない。

「……して」

私は美咲のを、力任せに振り払った。

美咲が「え……?」と虚を突かれたように目を見張る。

私は茶箪笥のに歩み寄り、裏側にを伸ばした。 ビリビリと音をてて、引にビニールテープを引き剥がす。 そして、剥きしになった話のモジュラーケーブルを、壁の端子に力任せに差し込んだ。

カチリ、とさな音が響いた。

「何してるのよ!?」美咲が切り声をげる。

私は受話器を取り、ツーという発信音を確認してから、静かに美咲に向き直った。

「お母さんが怯えているのは、血圧のせいじゃない」

広告

私の声は、自分でも驚くほどたく、く沈んでいた。

「お母さんが怯えてるのはね、美咲ちゃん。あなたよ」

の空気が、瞬にして凍りついた。

美咲の顔から、さっきまでのヒステリックな勢いがスッと消え失せた。 代わりに浮かびがったのは、底れない、酷なだった。

「……あんた、自分が何を言ってるのか分かってるの?」

「分かってるよ。お母さんは認症なんかじゃない。あなたが、お母さんを誰とも話せないように閉じ込めてる。話線を抜いて、カレンダーに命令をいて、所のとも喋らせないようにして……どうしてそこまでするの? どうして私とお母さんが直接話すのを、そんなに怖がるの!?」

美咲は唇を震わせ、拳を握りしめた。 その瞳の奥で、何かが激しく揺らめいていた。 揺。焦燥。そして、絶対に踏み込ませまいとする拒絶。

「……いい気にならないで、千佳」

美咲は吐き捨てるように言った。

「こので、誰がお母さんをかしてきたとってるの? あんたのっぺらい綺麗事なんて、このには何の価値もないのよ。あんたが何を言おうと、お母さんには私しかいない。……絶対に、あんたなんかに渡さない」

「渡さないって……お母さんは、あなたの所物じゃない!」

「黙りなさい!」

美咲はテーブルをバンッと平で叩いた。 その凄まじい音に、母が「ひっ」

く叫び、を竦める。

美咲は肩で息をしながら、私をたい目で見据えた。

「今夜は、奥の客に泊まりなさい。……きの幹線も、もうすぐ指定席が埋まるよ。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: