"母を遠ざける姉の嘘" 第12話
案内窓で母の保険証を提示し、「母の介護についての相談です」と告げると、奥の相談ブースへと通された。
仕切りの向こうから現れたのは、代半ばほどの、穏やかな目元をした女性だった。名刺には「主任介護支援専員 佐伯」とかれていた。
「登美子さんの……次女さんですね。京からわざわざいらしたんですか?」
佐伯さんは私の顔と、提された保険証を交互に見比べ、それから何かに気づいたようにさく目を見張った。
「……登美子さん。神川区の、あのお宅ですね」
その声のトーンの変化を、私は見逃さなかった。 単なる管轄内の民に対する反応ではない。らかに、過に何らかのい記憶がある響きだった。
「佐伯さん、単刀直入に伺います」 私は膝のでバッグの持ちをく握りしめた。
「母は今、介護認定を受けていますか? どのような公支援を利用しているのか、教えてください」
佐伯さんは困ったように眉をの字に曲げ、元の端末の画面をしばらく見つめていた。 やがて、く、いため息をついて私に向き直った。
「千佳さん……率直に申しげますね。お母様は現、介護認定の申請すらされていません。つまり、介護保険のサービスは切、何つ利用されていない状態です」
ので、カチリとたい音がした。 わかってはいた。
広告
記を読んだから、ってはいた。 けれど、公の窓でのからその事実を告げられた瞬、胸の奥からどす黒いりが込みげてきた。
「どうしてですか? 母は、膝の術をして、歩も困難なはずです。のには軽い脳梗塞も起こしたと……姉から聞いています」
「ええ……実は、です」 佐伯さんは声を落とし、を乗りした。
「お母様が退院された、病院のソーシャルワーカーさんから当センターに連絡が入ったんです。『独居の齢者で、膝の予がわしくない。同居していない女さんがで抱え込もうとしているから、ぜひ介入してほしい』と。それで、担当の職員が何度かご自宅を訪問しました」
「……その、姉はどう対応したんですか?」
佐伯さんの表が、苦いものに曇った。
「……変、激しい拒絶でした。お姉様は、職員がインターホンを鳴らしただけでびしてこられましてね。『が母を施設送りにしようとしている』『母は族以のを極度に嫌がっている』『余計なお世話だ、度と来るな』と、鳴り散らされたそうです。申請用をお渡ししようとしても、そので破り捨てられそうになったと記録に残っています」
喉の奥が、カラカラに乾いていく。
「政側から、無理にでも介入することはできなかったんですか? ネグレクトや、虐待の能性を疑うことは……」
広告
「もちろん、検討しました」 佐伯さんは悔しそうに唇を噛んだ。
「でも、お母様ご自にもお会いしたんです。その際、お母様ご自が……『娘が全部やってくれるから、の世話にはなりたくない』『デイサービスにはきたくない』と、はっきり仰ったんです。お姉様が隣にいらっしゃるで、怯えたご様子ではありましたが、ご本の拒絶の表示がある以、当の私たちはそれ以引に踏み込むことができませんでした」
母自が、拒絶した。
その言葉が、い鉄球のように私の胸にめり込んだ。
美咲の脅迫に怯えていたからだ。 「施設に放り込まれる」と吹き込まれ、美咲に見捨てられたらきていけないと恐怖した母は、自らその檻の鍵を内側から閉ざしてしまったのだ。
「千佳さん」 佐伯さんが真剣な差しで私を見つめた。
「お母様のお体の状態、今どうなっていますか? お姉様はおで、相当限界まで抱え込んでいらっしゃるはずです。隣の方からも、『最、さんのお宅の庭が荒れ果てている』『お母様の姿を全く見かけなくなった』と、配の声が届いていたところだったんです」
「母は……きています。でも、部のに閉じ込められています」 私の声が震えた。
「話線も抜かれて、カレンダーに監のような予定をかれて、誰とも話せないようにされています。
母は、姉の嫌を損ねたらきていけないとい込まされているんです」
広告
おすすめ作品
-
完結第19話
棺の中の男を、夫は知らない
親を捨てて逃げた冷酷な男だと親族中から罵倒される義兄の葬儀で、義母は涙を流し、夫を支えの孝行息子だと称えていた。だが焼香台へ進む夫の前に立ちはだかった私は、「あなた、本当に棺の中にいるその人を知っているの」と告げた。夫が隠していたのは、過去五年間、毎月義兄へ送り続け、そのたびに全額突き返されていた六十回分の送金記録だった。血の気を引かせる夫と親戚の前で、私はその明細を祭壇の上に広げた。兄弟姉妹|親不孝|絶縁|親子関係|修羅場2.8万字5 0 -
完結第21話
妹のドレスを二十センチ切った
妹の結婚式を数時間後に控えた深夜二時、私はリビングで特注のウェディングドレスに裁ち鋏を入れた。事故で右足に傷が残る妹に対し、相手の家族は配慮という名目で足を隠す重いドレスを強要し、当日は動かず座り続けるよう言い含めていた。母の怒声が響き、私の頬に平手打ちが飛ぶ。泣き崩れる妹の足元には、前裾だけが二十センチ切り落とされた純白の布が散らばっていた。私は鋏を置き、「今日これを着て出なさい」とだけ告げた。裡切られた|兄弟姉妹|裡の顔|親子関係|修羅場3.1万字5 0 -
完結第24話
目覚めた部下にクビを問われた
地方旅館の火災で客を救い出し重傷を負った部下が目を覚ました。だが彼女の記憶は直近の二年分が抜け落ち、着任初日の私が冷酷に解雇を迫った日のまま止まっていた。会社は避難扉が開かなかった責任を彼女の記憶喪失に乗じて背負わせようと、退職金の支払いを口実に過失を認める書類への署名を病室で迫る。何も思い出せない部下は震える手でペンを握り、かつて自分を追い詰めたはずの私を怯えた目で見つめた。職場逆転|真実|裡の顔|修羅場3.7万字5 0 -
完結第25話
祖父が私に遺した最後の拒否権
亡くなった祖父の果園を三千二百万円で売却するため、東京で働く私は十年ぶりに実家へ呼び戻された。生活苦に喘ぐ父と妹の結婚資金のため、名義を持つ父は契約を急いでいたが、司法書士が出したのは「長孫である私の書面同意がなければ売却は無効」という祖父の遺言だった。早く終わらせようとペンを握った私は、ふと買い手企業がここを何にするつもりなのか尋ねた。山を削り大型トラックの夜間中継所にすると聞かされた瞬間、私は手元のペンを静かに机へと置いた。祖父母と孫|相続|親子関係|金銭問題3.7万字5 0 -
完結第20話
教室の最後列に座る元教員
定年退職した元教員の私は、一度も教えたことのない男子生徒の保護者会に、身元を偽って六年間通い続けていた。教室の最後列から見つめる先には、油まみれの作業着を着た父親が座っている。受付簿の不審な記録に気づいた校長から昇降口で問い詰められた帰り道、桜が散る坂道でその父親が私の前に立ちふさがった。二十四年前の元教え子だったその男は、振り返りもせず、私の背中に向けて「あの席、あと何年座るつもりですか」と低く告げ怒り|真実|親子関係|修羅場3.1万字5 8 -
完結第18話
「この子は俺の子じゃない」
二十六時間に及ぶ難産を終え、産室を出た私を待っていたのは双方の両親の涙と祝福だった。だが壁際に立つ夫は一歩も近寄らず、「この子は俺の子じゃない」と冷たく言い放った。色めき立つ義父母から不倫を激しく追及される中、私の口から咄嗟に出たのは無実を叫ぶ声ではなく、「今日だけは言わない約束でしょ」という悲鳴だった。冷え切った目で私を見下ろす夫の手が、私のカーディガンの前立てにかかる。裡切られた|兄弟姉妹|夫婦|修羅場2.7万字5 21 -
完結第20話
祖母は十二年年賀状を書いてない
八十歳を迎えた祖母のため、私はいとこたちと過去十二年分の年賀状を集めて記念のアルバムを作った。毎年元旦に届く「元気に暮らしています、トマトがたくさん実りました」という三行は、遠方で暮らす私たちが実家の無事を疑わずに済む確かな証拠だった。だが親戚一同が集まる祝宴の席でアルバムを開いた瞬間、祖母は整った文字を見つめ、十二年間一度も年賀状など書いていないと言い放った。親族の視線が一斉に、実家の近くで暮らす叔母へと向かう。孤獨|親子関係|介護|認知症3.0万字5 12