"帰れなかった実家" 第5話
「だから……あなたが嫁に来て、父親の危篤の報を持ってきた、私ののに昔の姑の声が響いたんだよ。『嫁を甘やかすな、の掟を守らせろ』ってね。もしあの、あなたを笑顔で実へ帰してしまったら……私が母の葬式にけずに田ので流したあの涙は、体何だったのか。私が耐えてきたの苦しみは、ただの無な理尽だったのか……それを認めるのが、怖くてたまらなかったんだよ」
居を支配したのは、く苦しい沈濁の沈黙だった。
タミは、残酷な怪物ではなかった。かつて旧制度の理尽な暴力によってを砕かれ、その痛みに「掟」という名の偽りのを与えることでしかき延びられなかった、しい犠牲者の成れの果てだったのだ。
自分が苦しんだから、次の世代にも同じ苦痛を課す。
そうすることでしか、自らの過を正当化できなかったしい連鎖。
子の胸の奥で、5固まり続けていたりの氷が、激しい痛みとともに軋んだ。しかし、それは決して甘美な許しにはならなかった。
「……だから、私にも同じことをしたのですか」
子の声は静かだったが、その底には底れぬしみが湛えられていた。
「お義母さん。あなたが苦しかったのなら、なぜ私に『おは帰りなさい、私と同じいをしてはいけない』と言ってくださらなかったのですか」
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タミは言葉を詰まらせ、ただ涙をこぼした。
「自分が耐えたのだから、おも耐えろ。それがあなたの言う『の掟』なら、そんなものはただの呪いではありませんか!」
タミは両で顔を覆い、畳に額をつけて泣き崩れた。
正雄もまた、自らの無力さと母親が背負ってきたのさに打ちのめされ、拳を握りしめて項垂れていた。
子は畳のに転がっていた呂敷包みを拾いげた。埃を払い、丁寧に結び目をえ直すと、それを泣き崩れる姑のに静かに差しした。
「ってください、お義母さん」
タミが涙に濡れた顔をげた。
「……子さん……」
「お姉さんは、まだきていらっしゃいます。最終列にはにわなくても、正雄さんに駅まで送らせれば、の朝番の汽に乗れます」
子はタミの目をまっすぐに見つめた。
「私は、あなたを許したわけではありません。父のに目に会えなかったあのの悔しさは、消えません。でも……私と同じ悔を、あなたにさせたくはありません。にううちに、ってあげてください」
タミのから、堰を切ったような慟哭が漏れた。
「ごめんね……ごめんね、子さん……」
にをついて謝罪を繰り返す姑の姿を見ろしながら、子は初めて、自分を縛り続けていた見えない鎖が、元から音をてて崩れっていくのをじていた。
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翌朝、夜けの暗がりの、正雄の運転する荷台付きの自転に乗って、タミは駅へと向かった。
玄関で見送る子に対し、タミは何度も、何度も々とをげた。言葉にはならなかったが、その丸まった背には、これまでの傲さは微も残っていなかった。
タミの姉は、奇跡に命を取り留めた。
、甲府から戻ってきたタミのには、さな信玄餅の折り詰めが提げられていた。
「子さん……これ、姉からだよ。あなたによろしくと」
台所につ子に、タミはおずおずと菓子折りを差しした。
「お姉さんのお顔が見られて、よかったですね」
子が穏やかに答えると、タミはしばらくそのにち尽くし、やがて絞りすように言った。
「……ありがとう。本当に、ありがとう」
それからというもの、の空気はしずつ、だが確実に変わり始めた。
子が実の墓参りにきたいと言えば、タミは自ら米や野菜を包んで持たせるようになり、盆には「向こうの親類にも顔をしておいで」と、宿泊を勧めるようになった。
正雄もまた、変わった。母と妻ので顔を窺うことをやめ、の決定事項については必ず「子はどうう」と妻の見を第に聞くようになった。かつて父制の絶対な権威として能していたの掟は、族ひとりの志を尊する対等な関係へと、脱皮を遂げようとしていた。
歳はさらに流れ、昭40代の終わり。