"給料袋を取り上げる姑と、娘の進学" 第10話
恵子の箱は、学のに買ってもらった布製のもので、角が擦り切れて穴がき、糸で何度も繕われていた。恵子は度もしいものをねだったことはない。鉛がくなれば、使い古しの薬莢やセルロイドのキャップをはめ、指が痛くなるまで使っていた。
「……正。ご飯のに、をお洗い」 典子は静かに声をかけ、台所へ戻った。
勝のガラス戸に、自分の青い顔が映っている。 タツのやり方は、徹底していた。正には「の名誉」を背負う継ぎとしての投資を惜しまない。しかし、恵子には「いずれ所へく娘」として、銭の余分なも与えない。それは悪というより、タツにとっては「効率で無駄のない資源の分配」なのだ。
(けれど、正に罪はない。あの子は何もらない)
らずに姉の未来を削り取ってきる弟と、それを黙って受け入れる娘。 この歪んだ平穏を許しているのは、誰あろう、このに嫁ぎ、波をてないことだけを美徳として耐え忍んできた、自分自のさだったのではないか。
典子はエプロンをし、コートを着た。 正ががければ、すぐにの初荷が始まる。休の当がつく夜勤のシフトに、自分から志願するつもりだった。
の午。 鉛のがく垂れ込め、庭の柿のの枝に氷柱ががる極寒のだった。
広告
での仕事を終え、急いで戻った典子は、座敷に招じ入れられた客の姿を見てを止めた。 恵子の担任・内教諭だった。黒い套を脱ぎ、几帳面に畳んだ座布団のに正座している。その向かい側には、タツが鉄瓶から茶を淹れ、のない顔で座っていた。
「あ、お母さん。ちょうどよかった」 内がホッとしたように鏡を押しげた。
「先、わざわざこんな寒いを……申し訳ありません」 典子は息を切らしながらがり框に膝をついた。
内は鞄からの茶封筒を取りし、畳のに広げた。から現れたのは、埼玉県浦第女子等学の入学願式だった。菊の御紋のような章が印刷された、質なの類。
「いよいよ来週が願の提締切です。恵子さんの直の統模試の結果がました。……志望者約百名、第位です」
内の声に、い興奮がこもっていた。 「申し分ありません。このまま体調さえ崩さなければ、パーセント格します。とも相談し、学推薦の枠も確保できる見通しです。恵子さんのような優秀な徒を送りせることは、本にとっても誇りなんです」
典子の胸の奥が、カッとくなった。 位。あの暗い部で、豆球のかりを頼りに、かじかむ指に息を吹きかけながらノートを埋め尽くしていた娘の努力が、のに証されたのだ。
広告
「ありがとうございます、先……本当に、ありがとうございます……」 典子がくをげた、そのだった。
「先」
く、濁った、だが鋭利な刃物のような声が、座敷の空気を凍りつかせた。 タツだった。茶碗を卓のにコトリと置き、老鏡の奥から内を徹に見据えていた。
「せっかくのお話ですがね。その願は、お持ち帰りください」
内が怪訝そうに眉をひそめた。 「……はい? お祖母様、どういうでしょうか」
タツは眉毛つかさず、背筋を伸ばしたまま、言い放った。
「恵子は、を受験させません」
典子の臓が、ドクンと嫌な音をててねがった。 「お、お義母さん! 何を勝なことを!」
「黙っておいで!」 タツは典子をし、再び内へと向き直った。その瞳には、分の揺らぎもなかった。
「先、うちのようなしがない職のではね、娘をへかせるような余力はございません。学をたら、隣町の織物会社へみ込みで就職することが、すでに内々で決まっております。わざわざご労いただき、ありがとうございました」
「お祖母様、お待ちください!」 内が膝をめた。教師としてのが、その額に青筋を浮かびがらせていた。 「恵子さんの才能を、ごじないのですか! 彼女は将来、学へんで社会を支える女性になり得る逸材です! いまや昭ですよ? 女性も等教育を受け、自してきていく代が始まっているんです! 庭の事とおっしゃいますが、育英会の奨学制度もあります!」