みかん小説
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"祖父が私に遺した最後の拒否権" 第8話

自分の妹が、これほどまでに追い詰められていたことをらなかった。 いや、ろうとしなかったのだ。 京で自分の活を守ることに必で、実から届く米やリンゴの段ボールの底に貼られていた「たまには顔を見せなさい」という母のメモを、見ないふりをして捨てていたのは私自だった。

だが。 だからといって、昨津のあの濁った目と、急ぎすぎる契約の順を、無条件に受け入れるわけにはいかなかった。

私のコートのポケットには、昨夜からずっと、あのたい真鍮の鍵が入っている。 松永司法士が渡してくれた、祖父の農具の鍵。

『健は気がさくて、追いつめられると目のしか見えなくなる』 『だが、咲ならち止まる』

祖父の声が、の奥でく響いていた。

「……午まで待って」

私は、ジーンズを掴む遥のを、静かに、しかし力を込めてした。

「な……午までだと!?」 父がびかからんばかりにを乗りす。

津さんの会社から提示された契約の写しを、もう度確認する。それに、かなきゃいけない所があるの」

「どこへくってんだ! 誰に会いにく気だ!」

「おじいちゃんのところ」

私はそれだけ言い残し、台所をにした。 背で父が「逃げるな! 咲、待て!」と鳴り散らす声が聞こえたが、私は玄関の引き戸をけ、たい気のへとした。

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は、り始めていた。

***

の裏に広がる緩やかな斜面を、ぬかるむを取られながら登っていく。

かつては軽トラックがすれ違えるほどに踏み固められていた農は、いまや背丈ほどもあるススキと葛の蔓に覆われ、としての体を失いかけていた。 に濡れた枝が、私のネイビーのジャケットを容赦なく濡らす。 頬を打つが、痛いほどたい。

界の先に、のトタン根が見えてきた。 祖父が農繁期に寝泊まりし、肥料や消毒用アルコール、収穫用の箱を保管していたさな作業だ。

と、何も変わっていなかった。 錆び付いたトタンの壁板、軒にぶらげられたまま干からびたトウモロコシの殻、樋からボタボタと滴り落ちる茶。 ただ、の気配だけが完全に抜け落ちていた。

私はポケットから真鍮の鍵を取りし、京錠の鍵穴に差し込んだ。 ガチリ、と属音がして、錠れる。

引き戸を横に引くと、埃と乾燥した、そして微かに残る硫黄と械油の臭いが、気に腔を突いた。

暗かった。 には、祖父が用していた古いクボタの耕運が、を被ったまま鎮座している。壁には剪定鋏やノコギリが几帳面に並べられ、どの刃も油で入れされた跡があった。 くなる直まで、祖父はこの所で具の入れをしていたのだ。

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で、曲がった腰をさすりながら。

の隅に、板で作られた簡素な事務机があった。 く積もった埃のに、私の音がさく響く。

机の真んの引きしにをかけ、引いた。 キーッと錆びたレールが鳴をげる。

には、輪ゴムで束ねられた領収の束と、数冊の「農業誌」が入っていた。 表には、祖父の太く角張った文字で、号が記されている。

私はの、祖父が倒れる――誌をに取り、ページをめくった。

。遅の予報。夜通しドラム缶でを焚く。健は来ず。の番。腰が痛む』 『。ふじの。蜂のびが悪い。める。薬の効きが々落ちている』 『。猛暑。焼け果数。健、軽トラの検代が払えないとを無に来る。万渡す』 『。台通過。半分落ちた。もう潮か』

淡々とした、愚痴ひとつ混じらない記録。 だが、ページをめくる指が震えた。 父が「すすって守ってきた」と言っていた果園の維持費を、祖父は自分のわずかなと貯を切り崩して穴埋めしていたのだ。 父が過労しそうだったのではない。 父は、自分の始末のツケを、老いた祖父に押し付け続けていただけだったのか。

そして、誌の最のページ。 病に倒れ、弘の病院に入院する直付の欄に、赤いボールペンできく囲まれたメモがあった。

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