"祖父が私に遺した最後の拒否権" 第12話
「お帰りなさい、咲様。賢なご決断をいただけるものとお待ちしておりましたよ」
「津さん」 私は靴を脱ぎ捨てるようにして居にがり込み、座卓のに仁王ちした。 呼吸が荒い。だが、の芯だけは氷のようにえていた。
「あなた、本当のことを全部隠して、この契約を結ばせようとしていましたね」
津の眉が、ピクリといた。
「……何のことでしょうか?」
「第条の特約条項よ!」 私は藤政士から受け取った類のコピーを、座卓のに叩きつけた。 の束が散らばり、赤い蛍ペンの跡がわになる。
「壌汚染の浄化費用と障害物の撤費用! 限は売却代のパーセント! 千百万円! 最初から、このを千百万で買う気なんてなかったんでしょう!? 適当な理由をつけてから千万以の請求を突きつけて、実質百万らずでこのを巻きげる計画だったんでしょう!」
内の空気が、凍りついた。
母が息を呑み、遥が目を見く。
津は数秒、机のの類を無表で見つめていたが、やがてふっとで笑った。
「……政士の藤のところへきましたね。あの男、余計な入れ恵を」
悪びれる様子すら、なかった。 津は背もたれに体を預け、酷な目で私を見ろした。
「咲様。ビジネスとはそういうものです。
広告
あのにどれだけのリスクがあるか、買い側がヘッジするのは当然の権利ですよ。文句があるなら、最初から更にして、壌検査をすべて自費でクリアしてから売りにせばいい。そんな、あなた方にありますか?」
「だからって、こんな騙し討ちみたいな契約が許されるわけないでしょう!」
「騙し討ち? 聞きが悪いですね。契約には最初から記してあります。読まなかったのは、お父の方だ」
津はちがり、コートを羽織った。
「もう結構です。佐伯健さん」 津はたく父を見ろした。 「お嬢様がその態度なら、この話は破談です。の夕方を待つまでもありません。今この瞬をもって、弊社および買い企業は、佐伯の買収から完全に撤退いたします」
「まっ……待ってください!」 父が叫び、津のズボンの裾にすがりついた。 「津さん! かないでくれ! 咲の言うことなんか気にしないでくれ! 俺が説得する! 俺がサインさせるから!」
「お父さん、して!」 私は父の腕を引っ張った。 「何を聞いてたの!? この契約を結んだら、千万円以の借が残るのよ!? 全財産を失って、まで取られるのよ!?」
「うるさい!!」
バチン、と界がを散らした。
頬に、激痛がった。
父のが、私の顔面を平打ちしていた。 力任せに殴られた私の体はよろめき、居の箪笥に背を打した。
広告
「咲……!」 母の鳴ががる。
私は痛む頬を押さえながら、信じられないいで父を見げた。 父は肩をらせ、狂ったような目で私を睨みつけていた。
「おが……おが余計なことをするからだ!」 父の唇から、唾がぶ。 「千万引かれたって、千万円は残るんだろうが! ゼロよりマシだ! このまま話が流れたら、からどうやって飯をうんだ! 借取りがこのに来るんだぞ! 遥の結婚はどうなるんだ! おが千万円払ってくれるのか!? 京で貯めたを、今すぐここにポンとしてくれるのか!?」
「お父さん……それは……」
「せねえだろうが! おは先だけで、族を助ける気なんかこれっぽっちもねえんだ! 自分のプライドのために、俺たちを連れにして殺す気か!」
父は狂乱したように、私の元に転がっていたビジネスバッグにびついた。
「実印だ! 実印はどこだ! 咲、おの実印をせ! 俺が押してやる! 親の権限で、俺が名をいてやる!」
「やめて! 触らないで!」
私はをい、父からバッグを奪い返そうとした。 父のが私の首を掴み、爪が皮膚にい込む。 痛い。首が折れそうなほど痛い。 これが、私の父親なのか。 族を守るためと言いながら、自分の恐怖と無能さから目を背けるために、娘を殴り、娘の権利を力づくで奪おうとする。
その醜い争いの最、ピロリロリン、と無質な子音が鳴り響いた。
座卓のに置かれていた、遥のスマートフォンだった。
画面に「修平さん」
広告
おすすめ作品
-
完結第19話
母の葬儀を拒んだ叔父と、消えた教育資金350万円
母を突然失った18歳のまほは、葬儀の方法すら分からず父方の本家へ助けを求める。しかし叔父・正尾は「最後まで自分たちだけでやれ」と突き放し、亡き母まで恩知らずだと罵った。 それから15年、まほは苦学の末にIT企業を立ち上げ、約300人を率いる社長へ成長する。そこへ会社が傾いた正尾が現れ、自分の息子・優と娘・沙耶を「親戚だから」と縁故採用するよう要求。だがまほは「親戚枠も縁故枠もない」と公平な選考を突きつける。 やがて従兄妹が本家の納戸から発見したのは、母が祖父母へ何年も仕送りを続けていた証拠と、父がまほの大学進学のために残した約350万円の信託預金だった。しかも、その金は叔父の会社口座へ流れていた。 15年間母を悪者にしてきた叔父の嘘が、ついに物証によって崩れ始める――。親子関係|金銭問題2.8万字5 389 -
完結第10話
クラウドが暴いた午前一時の密会
「23時には行く」 40度近い高熱で生後3ヶ月の息子と救急搬送された私を置き去りにし、夫は電話を20回鳴らしても無視し続けた。 眩しすぎる処置室で泣き叫ぶ我が子。深夜2時、現れない夫の代わりに訪れた児童相談所の車へ、私は震える手で息子を託した。 深夜3時40分、酒と女の香水を漂わせて現れた夫は「接待だ、児相なんて大袈裟だ!」と逆上。 だがその時、家族共有クラウドに次々と同期されたのは、21時15分の花火、そして深夜1時50分のホテルで浴衣姿の後輩社員と笑い合う自撮り写真だった――。 私は冷え切った指先で、弁護士へ一本の電話をかけた。夫婦|親子関係1.5万字5 361 -
完結第12話
離婚を知らずに生活費25万円を催促する夫
3年間無職の夫・浩司から毎月25万円を要求され続けてきた設計士の美保は、出張先のホテルで「振り込まなければ離婚する」と脅されながら、すでに役所で受け取った離婚届受理証明書を静かに見つめていた。 夫は愛人と豪遊し、義母まで共謀して、美保が亡き父から受け継いだ家の名義を書き換えようとしていた。美保は実印を密かに変更し、カードと生活費口座を停止。さらに3年間集めた不正利用、浮気、恐喝、名義変更計画の証拠を弁護士へ渡す。帰宅した彼女に夫は顧客資料を盾に300万円を要求するが、そのファイルは最初からダミーだった。 そして美保がテーブルへ置いた1枚の「離婚届受理証明書」を見た瞬間、自分たちが奪うはずだった家も金も、すでに手の届かないものになっていたと夫と義母は初めて知る――。夫婦|金銭問題1.8万字5 269 -
完結第11話
認知症に仕立てた息子夫婦が奪った実印は偽物だった
雪の降る夕方、はる子は息子・健二と嫁・さやかに「ドライブへ行こう」と誘われ、そのまま人里離れた介護ホームへ置き去りにされる。携帯電話まで奪われ、外出も自由にできない中、彼女はようやく「息子夫婦に捨てられた」と悟った。 さらに2人は、はる子に正体不明の薬を飲ませて混乱させ、認知症の診断を取ろうとしていた。 目的は、失敗したカフェ経営で消えた3000万円と、闇金から借りた2000万円を穴埋めするため、成年後見制度を利用して母の通帳と家を奪うことだった。 しかしはる子は密かに認知症のふりを続け、ズボンに隠したペン型録音機で「後見人になれば通帳も家も私たちのもの」という嫁の声を記録する。 何も分からない老人を演じながら、彼女は息子夫婦が自ら罠に入る瞬間を静かに待ち始める――。親不孝|金銭問題|修羅場1.6万字5 351 -
完結第24話
銀2両で売られた盲目の花嫁
不作の年、盲目の竜児は、弟の嫁取り資金を欲しがる継母によって、恐ろしいと噂される山の猟師・陸炎山へ半ば売られるように嫁がされる。 ところが待っていたのは暴力ではなく、彼女を娘のように迎える姑と、「安心して暮らせるまで絶対に触れない」と約束する不器用で優しい夫だった。 薬屋で働いた経験を持つ竜児は、失明していても薬草を見分ける知識を生かし、炎山の狩りと力を合わせて貧しい一家の暮らしを立て直していく。 やがて名医から「治療できる可能性がある」と告げられ、失っていた視力にも希望が差し始める。 しかし陸家が豊かになるほど、金を狙う継母や炎山の過去に関わる女まで現れ、竜児の新しい家族と幸せを脅かし始める――。嫁姑|親子関係3.5万字5 377 -
完結第19話
娘を冷凍倉庫に閉じ込めた男は、父の正体を知らない
銀行支店長のキム・ドフンは、妻を亡くして以来、高校生の娘ミンジを男手1つで育ててきた。争いを避け、どんな屈辱にも耐える平凡な父親――それが娘の知る姿だった。 しかしミンジは、権力者チュ会長の娘・ヘリから長期間いじめを受け、ついに夜の学校へおびき出され、瀕死の重傷を負わされる。父が手がかりを追い詰めた瞬間、彼の体に刻まれた無数の銃創と傷跡が露わになる。実はドフンは、北朝鮮から亡命後、韓国情報機関で数々の極秘任務を成功させた伝説の特殊工作員だった。 娘を守るため封印していた力を解放した彼は、裏社会を1人で追跡。しかしミンジはまだ生きたまま連れ去られ、やがて氷点下30度の冷凍コンテナへ閉じ込められてしまう。 しかも父娘を追うのは犯罪組織だけではない。ドフンの生存を知った北朝鮮からも、兄の仇を討つ最強の工作員が送り込まれていた――。親子関係2.9万字5 125 -
完結第19話
10年間外に出ていない妹が妊娠、母は病院を拒んだ
10年間も寝たきりの妹・知恵の腹部が、ある日わずかに膨らんでいることに気づいた和美。妊娠検査薬はすべて陽性だったが、父親を尋ねても知恵は「彼が誰か知ったら家族が壊れる」と口を閉ざす。 妹の命を守ろうと中絶を決意した和美は、やがて自分自身の記憶にも不自然な空白があることに気づく。そして母を問い詰めた末、2年前、和美が権力者から襲われかけて抵抗し、刑務所へ追い込まれていた過去が判明。さらに、知恵は姉を救うため、自らその一族との取引を受け入れていたのだった。 和美が「自分が妹を守ってきた」と信じていた10年間。しかし本当に人生を犠牲にして姉を守り続けていたのは知恵の方だった。そして今、彼女のお腹に宿った子の父親こそ、封印されていた過去へ繋がる人物だった――。親子関係|修羅場|不倫2.9万字5 864 -
完結第41話
無一文の清掃員に届いた出前丼(
「出ていけとは言わないけど、月6万じゃ足りないのよ」 父が遺した家も土地も兄夫婦に奪われ、実家で「居候の厄介者」と罵られる清掃員のみさえ。9年間の壮絶なワンオペ介護も義姉に「全部私たちがやった」と親戚中に嘘を吹聴され、反論すら許されない。 だが、父の一周忌の座敷で義姉が得意げに嘘を重ねていたその時、玄関の戸が開き、この街の頂点に立つ巨大企業の社長が喪服姿で姿を現す。男の腕に抱かれていたのは、底に藍色の焼き印が刻まれた「12年前の古い出前丼」だった――。 息を呑む親戚一同の前で、男は畳の上に丼を置き、冷ややかに告げた。 「このご家族は、私と彼女に何一つ関係ありません」相続|真相6.2万字5 311 -
完結第16話
十字の紙片と売られた生家
「母さん、老人ホームに入れ。この家も売る」息子夫婦はカナダ移住を前に、相場の半値以下の査定書と山奥の隔離施設のパンフレットを突きつけてきた。共働きで多忙な彼らに代わり、十年間孫娘を育て上げ、遺産から数百万円を用立ててきた私への仕打ちがこれだった。絶望に沈む私の手に、高校生の孫娘が震えながら押し込んだのは、固く折られた「十文字のチラシの紙片」。「明日の朝までに、実印と通帳は絶対に渡さないで」。深夜二時、一人で開いたその紙には、全てを覆す戦慄の計画が記されていた。私は仏壇の隠し金庫に手を伸ばし――。祖父母と孫|介護2.4万字5 464