"祖父が私に遺した最後の拒否権" 第23話
咲。おのだけが、震えていない。 あいつらの命綱を、おのその震えていないで、握りしめてやってくれ』
が、父のから滑り落ちた。 畳のに落ちた便箋を、父の涙が次々と濡らしていく。
「親父……親父……!」
父は両を畳につき、額を押し付けて号泣した。 それは、の男の泣き声ではなかった。 厳格すぎる父親のに怯え、認められたくて空回りを続け、失敗を隠すために嘘をねてきた、しい子供の泣き声だった。
「すまなかった……咲、すまなかった……! 俺は……俺はけない父親だ……! おを殴って……おをんで……! 親父の言う通りだ、俺は何も見えてなかった……! 目ののに目が眩んで、おたちを崖から突き落とすところだった……!」
父の慟哭が、古い造のを震わせる。 母が父の肩にを置き、声を殺して泣いていた。 遥もまた、母の背にしがみついて涙を流していた。
私は、その景を静かに見つめていた。 胸の奥に刺さっていたたい棘が、ゆっくりと、体温を取り戻して溶けていくのをじていた。
おじいちゃん。 あなたの言った通りだったよ。 お父さんは、悪じゃなかった。ただ、くて、怖くて、で震えていただけだった。
そして、私もまた。 京へ逃げすことで、このたちのさから目を背けていただけだったのだ。
「……遥」
私は、泣きじゃくる妹のにしゃがみ込んだ。
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遥がおずおずと顔をげる。
私はバッグから、自分の京のの通帳を取りした。 ページをいて、遥の目のに見せる。
そこには、私が京で半、賃を切り詰め、を控え、終まで働きながらコツコツと貯め続けてきた数字が並んでいた。 百万円。
「お姉ちゃん……これ……」
「私の全財産よ」 私は穏やかに微笑んだ。 「これを、あなたに貸すわ。あげるんじゃない。ちゃんとした銭消費貸借契約を作って、利息は取らないけれど、々しずつ返してもらう『貸付』よ」
遥が目を見張る。
「修平さんとの結婚がどうなるかは、私には分からない。でもね、もしあなたがもう度、自分のでちがりたいとうなら……この町をて、仙台のアパレルの専学にくなり、しいアパートを借りて仕事を探すなり、使いはあなたが決めていい。女の私がを捨てて、あなたに介護を押し付けてきた、その償いよ」
「お姉ちゃん……そんなの、受け取れないよ……! お姉ちゃんが京でどれだけ苦労して貯めたおか……さっき聞いたばかりなのに……!」
「いいのよ」 私は遥のを、優しく撫でた。 「私は京で、自分の力できていく術を覚えたから。仕事もあるし、また稼げる。でも、あなたには今、をやり直すための最初のが必でしょう?」
遥が私の胸にび込んできた。
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子供のように私のセーターを握りしめ、濡れた顔を押し付けてくる。 私はその温もりを抱きしめ返しながら、背をゆっくりと叩いた。
壊れた族の破片が、つずつ、器用ながらも元の所へと戻っていくのをじていた。
***
午。 事務所から駆けつけた松永司法士が、実の座卓のに、しい契約類の束を広げた。
つは、神テロワール・ワイナリーに対する果園用(割)の売買契約、および農法に基づく所権移転許申請。 もうつは、町役に対する防災緑用(割)の売買契約。 そして最の枚が―― 『佐伯源造秘密証遺言に基づく、孫・佐伯咲の処分同承諾』だった。
父は、すでに涙を拭い、顔を洗っていた。 まだ目の周りは赤かったが、その瞳からは、あの濁った狂乱のは完全に消えっていた。 父は自らので、つの売買契約に署名し、実印を丁寧に押した。
「咲」 父が、く、落ち着いた声で私を呼んだ。 「判を……押してくれるかい」
「ええ」
私は、松永から渡された本の黒いボールペンを受け取った。
昨、津ので持った、鉛のようにくじられたあのペンが、今は羽のように軽くじられた。
私のは、微も震えてい风の音が窓を揺らす。 の澄んだが、い同の用を柔らかく照らしていた。
私は迷うことなく、署名欄に自分の名をき入れた。
『佐伯 咲』
そして、朱肉をつけた認印を、名の横に静かに押し当てる。
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