"妹のドレスを二十センチ切った" 第17話
「美玖……頼むよ……」 健さんの声は、けないほど震えていた。 「俺が悪かったよ。さっきの言葉は取り消す。だから……頼むから子に乗ってくれ。ブランケットで隠してくれよ。俺の昇がかかってるんだ……専務にどんな顔をすればいいんだよ……! 結婚したら、何でもおの言う通りにするから……!」
願。 保。 そして、どこまでも自分自の世体しか見えていない、底なしの浅ましさ。
美玖は、を振り返りすらしなかった。 ただ、たい線を扉の真鍮の取っへと据え付けている。
母はといえば、壁際にへたり込み、留袖の袂で顔を覆って声を殺して泣き続けていた。 「もう嫌……誰か助けて……お父さん、助けて……」 この期に及んでも、母は娘の痛みを守るためではなく、自分が受けるであろう親族からの非難に怯えて震えているだけだった。
私は、美玖の隣にった。
震える指先で、美玖のに乗せられたベールの端をえる。 透き通るようなのチュール。 それを、美玖の顔を隠すためではなく、ただ彼女の誇りい横顔を際たせるための冠のように、ろへとねげた。
「美玖」 私は、妹の元で囁いた。
美玖の瞳が、微かに揺れた。
「昨の夜は、ごめん」 私の喉から、掠れた声が零れた。 「私が全部、勝に決めた。あいつらの偽善に腹がって、できなくて……美玖が必で選んだ妥協を、で踏みにじった。
広告
お義母さんたちと同じだった。私が美玖のを切ったのは、美玖のためなんかじゃなかった。私の傲だった」
美玖のい睫毛が、ゆっくりと伏せられた。
「美玖が今、この扉ので引き返したいなら、引き返していい。ドレスを脱ぎ捨てて、裏から緒に逃げてもいい。……でも、もし歩くなら」
私は美玖の華奢な肩に、そっと掌を置いた。 「誰の言葉も聞かなくていい。お母さんのためでも、あいつらのためでも、私の復讐のためでもない。美玖が、美玖のために歩きなさい」
美玖の唇が、さく震えた。 そして、数秒の沈黙の、妹はふっと柔らかく、しかし氷のように鋭い笑みを浮かべた。
「お姉ちゃん」 美玖はを向いたまま言った。 「私ね、昨の夜、お姉ちゃんが鋏を持ってってた、本当に殺してやりたいとったよ」
「……うん」
「でもね、今、このをしてここにってたら……なんか、すごく笑えてきた」 美玖はの爪先を、カツンとに打ち鳴らした。 「、ずっと息を止めてきてきたの。傷が見えたら嫌われる、隠さなきゃされない、並みの幸せをに入れるためには、このを『しないもの』にしなきゃいけないって……自分で自分に呪いをかけてた」
美玖の背筋が、すっと伸びた。 その姿は、どんなモデルよりも、どんな王族の嫁よりも、気く美しかった。
「もう、息を止めるのはやめる。
広告
……けてください」
美玖がキャプテンに命じた。 その凛とした声に圧されたように、松キャプテンは青ざめた顔で頷き、のアテンダントに鋭い図を送った。
ゴオォッ……というい真鍮の摩擦音とともに、さメートルのチーク材の扉が、ゆっくりとにかれ始めた。
眩いばかりのが、へと崩れ込んできた。 チャペル内に灯された数百本のキャンドルの炎と、ステンドグラスを透過したの。 パイプオルガンの演奏が、最潮のフォルテシモへと達する。
扉がききった瞬、チャペル内のすべての線――百名を超える参列者の顔が、斉に入りへと向けられた。
最列に陣取る、黒のモーニングを着た健の父親と親族たち。 その隣に並ぶ、仕ての良いスーツを着た商社の役たち。 取引先の社、同期の同僚たち、友たち。
誰もが、華やかで、無垢で、完璧な「富樫の若奥様」の登を拍で迎える準備をしていた。 司式を務める国牧師が、聖を胸に抱え、温かい微笑みを浮かべて婦を迎える姿勢をとる。
だが。
その拍が鳴り響くことはなかった。
美玖が歩、理のバージンロードにを踏み入れた瞬――。 チャペル内の空気が、物理に凍りついた。
カツン。
いヒールの音が、静まり返った聖堂のに、異常なほど乾いて響いた。
参列者たちの線が、美玖の美しい顔から、胸元のレースへ、そして元へと滑り落ちていく。
広告
おすすめ作品
-
完結第21話
母がナイフで砕いた自分の名前
母の七十歳の祝いで、私は家族に尽くし続けた母に自分の人生を取り戻してほしい一心から、ケーキのプレートに書かれた夫の姓を削り落とし、母の旧姓を書き直した。これで母は喜んでくれるはずだった。しかし母は青ざめ、「誰が戻りたいなんて言ったの」と私を睨みつけると、ナイフを掴んで自分の名前を何度も突き刺し粉々に叩き割った。家族全員から責め立てられた私は、母の部屋で底面を無残に削り取られた大量の人形を見つける。怒り|兄弟姉妹|真相|親子関係|修羅場3.1万字5 0 -
完結第19話
棺の中の男を、夫は知らない
親を捨てて逃げた冷酷な男だと親族中から罵倒される義兄の葬儀で、義母は涙を流し、夫を支えの孝行息子だと称えていた。だが焼香台へ進む夫の前に立ちはだかった私は、「あなた、本当に棺の中にいるその人を知っているの」と告げた。夫が隠していたのは、過去五年間、毎月義兄へ送り続け、そのたびに全額突き返されていた六十回分の送金記録だった。血の気を引かせる夫と親戚の前で、私はその明細を祭壇の上に広げた。兄弟姉妹|親不孝|絶縁|親子関係|修羅場2.8万字5 0 -
完結第28話
離婚11日後、私に9億8000万円が当たった
「子供を抱えて一人で生きていけると思うのか」――13年間連れ添った夫・達也は、離婚の最後まで私を見下していた。娘の教育資金80万円を無断で投資に使いながら、「家族の金だ」と開き直った男。私は娘・日向を守るため、傷だらけの結婚生活に終止符を打った。だが離婚からわずか11日後、何気なく買った宝くじが約9億8000万円の高額当選を果たす。 人生を変える大金――それでも私は誰にも秘密を明かさなかった。ところが娘を連れて頼った実家では、母から「達也さんに謝りなさい」と門前払いされる。味方だと思っていた家族さえ、私の意思より世間体を選んだのだ。 もう二度と、誰かに人生を支配させない。金に頼って復讐するのではなく、自分の意思で生き直すと決めた私。だが、約10億円という秘密が知られた時、元夫と家族の本当の顔が暴かれ始める――。修羅場|熟年離婚4.1万字5 21 -
完結第24話
目覚めた部下にクビを問われた
地方旅館の火災で客を救い出し重傷を負った部下が目を覚ました。だが彼女の記憶は直近の二年分が抜け落ち、着任初日の私が冷酷に解雇を迫った日のまま止まっていた。会社は避難扉が開かなかった責任を彼女の記憶喪失に乗じて背負わせようと、退職金の支払いを口実に過失を認める書類への署名を病室で迫る。何も思い出せない部下は震える手でペンを握り、かつて自分を追い詰めたはずの私を怯えた目で見つめた。職場逆転|真実|裡の顔|修羅場3.7万字5 0 -
完結第25話
祖父が私に遺した最後の拒否権
亡くなった祖父の果園を三千二百万円で売却するため、東京で働く私は十年ぶりに実家へ呼び戻された。生活苦に喘ぐ父と妹の結婚資金のため、名義を持つ父は契約を急いでいたが、司法書士が出したのは「長孫である私の書面同意がなければ売却は無効」という祖父の遺言だった。早く終わらせようとペンを握った私は、ふと買い手企業がここを何にするつもりなのか尋ねた。山を削り大型トラックの夜間中継所にすると聞かされた瞬間、私は手元のペンを静かに机へと置いた。祖父母と孫|相続|親子関係|金銭問題3.7万字5 0