"入院中、母が勝手に老人ホームへ送られていた" 第3話
菜緒は痛む脇腹を抱えながら、たい決を胸の底に沈めた。
入院目、担当医からレントゲンの結果とともに「歩器なしで歩ける状態まで回復しているため、退院としましょう」と告げられた。
の腫れは引き、松葉杖を本突けば、ゆっくりとだが確実に歩ができるようになっていた。
そのも、実の固定話が繋がることは度もなかった。に回、護師のを借りて公衆話に通い続けたが、コール音は虚しく虚空に吸い込まれるだけだった。健太は毎夕病に顔をしたが、母の話題を振ると「変わりないよ」「配ないって言ってる」と壊れたレコードのように同じ台を繰り返すだけだった。
退院のの朝、健太はに自用で病院へ迎えに来た。
「退院おめでとう。でゆっくり横になれよ。うどんでも作ってやるから」
助席のドアをける健太に対し、菜緒はボストンバッグを握りしめたまま、静かに言った。
「自宅へ戻るに、実へ寄って」
健太の伸ばしかけたが、空でピタリと止まった。
「……は? 何言ってるんだよ。退院したばかりの体で無理するな。実なんてでいいだろ」
「寄るだけでいいの。お母さんの顔を目見るまで、自宅には戻らない」
「菜緒、いい加減にしろよ!」
健太の声が、病院のロータリーに響いた。
広告
通りかかった来患者が驚いてを止める。
「おがけない体だから、俺が代わりに々と配してやったんじゃないか! なんで俺の言うことが聞けないんだ!」
「配って、何を?」
菜緒が射すくめるような線を向けると、健太はハッとしたようにを閉じ、忌々しそうに舌打ちをして運転席へ乗り込んだ。
「……勝にしろ。見にけば気が済むんだろ」
内は氷のような沈黙に支配されていた。ワイパーがねげる粒の音だけが、息苦しい空に響く。
実まではで分ほどの距だった。見慣れた商を抜け、父が遺した築の造平がづいてくる。
庭先に目をやった瞬、菜緒の喉の奥が引き攣った。
母が毎朝欠かさずやりをしていた玄関脇のペチュニアの鉢植えが、茶く干からびて項垂れていた。扉には鍵がかかっておらず、郵便受けには数分の聞が折れ曲がって突っ込まれている。
「待ってろ、俺がける」
をりようとする健太を制し、菜緒は松葉杖を突いて自力でへりった。
バッグから実の鍵を取りし、鍵穴へ差し込む。カチャリといた引き戸をけると、のから漂ってきたのは、煮物の匂いでも線のりでもなく、の気配が完全に途絶えたえ切った埃の匂いだった。
「お母さん……? お母さん、いるの!?」
広告
廊に声を響かせても、返ってくるのは静寂だけだった。
がり框に並んでいたはずの母の普段履きのサンダルはなく、揃えられた黒い用の靴だけが消えていた。
靴を脱ぎ、痛むを引きずりながら居へとを踏み入れた菜緒は、そのに崩れ落ちそうになった。
畳のの央に、きな段ボール箱がつ、無造作に積みげられていた。
ガムテープで封をされた箱の側面には、黒い油性マジックで殴りきされた文字があった。
『類・物』『器類』『アルバム・類』
母の細く丁寧な跡ではない。粗雑で角ばった、夫・健太の文字だった。
母が切にしていたの座布団は部の隅へ追いやられ、仏壇の瓶のは濁り、菊のが枯れ果ててびらを散らしていた。台所の流しには、べかけの乾いたパンと、賞期限が週に切れた牛乳パックが放置されている。
活が、ある突然、力任せに断ち切られた痕跡だった。
「これ……何なの?」
背にっていた健太を振り返ると、夫はポケットに両を突っ込んだまま、どこか居悪そうに、しかし悪びれる様子もなく壁に寄りかかっていた。
「何って、見れば分かるだろ。片付けたんだよ」
「誰が? 何のために?」
「俺だよ。おが入院しててけないから、俺が全部段取りをつけてやったんじゃないか」
「お母さんはどこにいるのよ!」
菜緒の絶叫が、がらんとしたに霊した。
健太は障りそうに眉をひそめ、く笑いながら、信じがたい言葉を平然と吐き捨てた。
広告
おすすめ作品
-
完結第26話
特上寿司と、消えた妻の半年
3月31日22時、激務を終えて帰宅した私の席にあったのは、冷え切った白米一杯だけだった。目の前で1万8900円の特上寿司を頬張る夫と義母は、「反省したらおかずをあげる」と大笑いする。家計の大半を私が支えているにもかかわらず、9ヶ月間も「罰」として食事を奪われ、夫は横で嘲笑っていた。だが二人は知らない。私が半年かけて集めた出前明細の履歴と、義母が隠し持っていた一枚の申告書の存在を。「じゃあ、外で食べてきます」――二度と振り返らずにドアを閉めた夜、経理の私が仕掛けた冷徹な清算が幕を開ける。嫁姑|夫婦4.0万字5 418 -
完結第34話
妻の葬儀の夜、義母が外した指輪と娘の写真
妻・美保の葬儀が終わった夜、修二の結婚指輪を外したのは、亡き妻の母・麗子だった。「もう美保に隠す必要はないでしょう」と唇を寄せたその瞬間、娘・咲から1枚の写真が届く。そこには半年前の病院で抱き合う修二と麗子、そしてガラス越しに2人を見つめる病衣姿の美保が写っていた。 闘病中の妻を支える献身的な夫を演じながら、修二はいつしか自分の弱さを理解してくれる義母へ逃げ込み、越えてはならない境界を越えていた。しかも麗子は「美保も知っていた」「私がいなくなったら修二さんを1人にしないでと頼まれた」と主張し、その証拠となる録音まであるという。 だが翌朝、咲が告げたのは「お母さんの声を最後まで聞いて」という一言。 亡き妻が本当に残した言葉を前に、2人が都合よく信じてきた“許し”が崩れ始める――。夫婦|修羅場5.1万字5 609 -
完結第16話
四十九日の追放、母の隠し遺言
「十年世話しただけの妹に、実家の取り分はないわ」 母の四十九日、喪服の兄夫婦は親族の前で澄子を指差し、台所の冷えた板の間へ追いやった。信金を辞め10年間、720万円の私財を投じて母を看取った澄子に、兄は「今週中に出て行け」と冷酷に通告する。 母のキャッシュカードは7年前から兄が独占し、消えた年金は1240万円。 家財すべてが二束三文で業者に売り払われようとする中、母が50年愛用した古い足踏みミシンの奥底から、厳重に隠された「ある物」が滑り落ちた。 「その言葉、そっくりそのままお返しします」 あの日からちょうど49日後、審判の幕が上がる――。兄弟姉妹|修羅場2.3万字5 432 -
完結第27話
妻を追い出した翌朝、7枚のブラックカードが止まった
結婚3年目の夜、美桜が帰宅すると、夫・達也は若い愛人と義両親を囲み、離婚届を突きつけてきた。「無能で地味な女」「1円も稼げない寄生虫」と嘲られ、慰謝料もなく豪邸から追い出される。 だが4人は知らなかった。美桜の正体は、世界経済を動かす巨大グループの総帥。倒産寸前だった達也の会社を救い、資金も仕事も与え、彼を“天才社長”に見せていたのは全て美桜だった。 さらに豪邸も別荘も、7枚のブラックカードも、達也自身の資産ではなく美桜の法人名義。 離婚届が受理された瞬間、美桜は静かに全カードを停止し、豪邸の退去手続きと会社への特別監査を開始する。 勝ち誇っていた一家がまだ知らない、本当の“無一文”への転落が始まろうとしていた――。修羅場|熟年離婚4.0万字5 285 -
完結第16話
血染めの写真と三文字のSOS
夕方のコンビニの床に落ちていた一枚の写真。微笑む少女の横には、まだ乾ききっていない赤黒い生血がべっとりと付着していた。 裏返した瞬間、息が止まる。震える筆跡の住所と、指先の血で擦り付けられた『SOS』の三文字。 妻に捨てられ、八歳の息子と写真館を営む私には分かった。この血は付着して数分も経っていない――今すぐ行かなければ手遅れになる。 警察に通報し駆けつけた古い民家の階段下には、右足を骨折し倒れ伏す母親と、自らの手のひらを切り裂いた六歳の少女がいた。 「……だれ?」 母を庇い、血まみれの手で私を睨み据える少女の瞳が訴えていた、あまりに残酷な真相とは。親子関係|金銭問題2.4万字5 199 -
完結第22話
夜勤の救急外来に運ばれた夫と義姉
深夜2時、救急外来で夜勤中の看護師・佐藤み咲のもとへ、交通事故で重傷を負った男女2人が搬送されてきた。シーツの下にいたのは、夫・拓也と義姉・麗子。しかも2人は、決して「姉弟愛」では説明できない姿で倒れていた。 み咲は5年間、看護師という仕事を見下す夫と、「子供も産めない」と侮辱する麗子、その2人を庇い続ける義母・里子に耐えてきた。 それでも彼女は感情を捨て、看護師として2人の命を救うことを選ぶ。 だが、惨状を目にした義母まで「全部あなたのせい」とみ咲を罵倒した瞬間、最後の迷いは消えた。 何年も残してきた暴言の記録と証拠を武器に、奪われ続けた人生を取り戻す反撃が静かに始まる――。夫婦|修羅場|不倫3.3万字5 2748 -
完結第11話
貧乏老人を嘲笑った行員の末路
「あんな貧乏臭い爺い、適当にあしらっとけばいいのに」ボストンバッグを抱えた老人に、新入行員は嘲笑の声を浴びせ、エリート課長代理は別の窓口へ強制的に追い返した。母親の入院費のため百万を引き出しに来ただけの、よれよれのジャケットを着た年寄り――。だが、彼こそが全日本経済の裏を牛耳るクオンホールディングスの会長・久音次郎その人だった。侮辱に耐えかねた新人の篠崎水希が一人で抗議する中、老人が静かに古びたバッグの金具を閉じた瞬間、端末の画面で一千万円、一億円と出金通知の数字が狂ったように跳ね上がり始めた。絶望の淵に立たされた傲慢な行員たちの運命を決定づける、驚愕の審判の行方は――。職場逆転|修羅場1.6万字5 1861 -
完結第19話
深夜2時、隣家の物置で赤ん坊を抱く4歳児
心臓の不整脈で消防士を辞め、故郷の民宿「緑海荘」へ戻った27歳の相馬蒼太。 ある深夜2時、隣家から突然途切れた赤ん坊の泣き声に異変を感じて駆けつけると、物置のような暗い部屋で、全身に青あざを負った4歳のひなが、痩せた妹メイを必死に抱いていた。 「泣いたらまた叩かれるんですか?」――その一言に、蒼太は2人を必ず守ると決意する。民宿へ連れ帰り、常連客の旅行ライター・りんや両親と共に食事と温かな寝床を与え、児童相談所へ連絡。 しかし保護の朝、ひなは「お兄ちゃんと離れたくない」と蒼太の服を握りしめる。初めて見る海の前で、ようやく声を上げて泣いた少女を前に、蒼太とりんは“助ける”だけでは終われない未来を選び始める――。親子関係|修羅場2.8万字5 251