みかん小説
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"棺の中の男を、夫は知らない" 第7話

先ほどまでの刺々しい声が、信じられないほど静かなものに変わった。 老婆は息を呑み、浩平の顔を穴がくほど見つめている。

って……らっしゃるんですか?」 浩平が掠れた声で尋ねた。

の老婆は、く、いため息をついた。 そして、首を横に振った。

ってるも何も……。ちょっと待ってな」

老婆はサンダルを鳴らして階段をりていき、数分汚れた茶袋を胸に抱えて戻ってきた。 部に入ると、座卓のにその袋をトンと置いた。

「達也さんがね、の暮れ、持病の臓の発作で度倒れたことがあったんだよ。そのに、私にげて預けていったんだ。『もし自分に万がのことがあったら、部の片付けに来た弟に、これだけは絶対に渡してほしい』ってね」

袋のは、ホチキスで固く留められていた。 浩平は震える指先で、ホチキスの針をつずつした。 からてきたのは、輪ゴムで束ねられた数冊のの預通帳だった。

浩平が冊目をいた。 次の瞬、彼の息が喉の奥で詰まった。

「な……んだ、これ……」

私も横から覗き込んだ。 青い表の通帳。 そこに印字されていた座名義の欄を見て、私の背筋にたいものがった。

『サエキ コウヘイ』

兄の名義ではない。 夫、浩平の名だった。

震える指でページをめくる。

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、欠かさず記帳されていた。 万円、万円、には万円。 入の欄には、毎付が刻まれている。

「達也さんはね、昼所の運送会社の倉庫で仕分けの仕事をして、夜はビルの清掃に入ってたよ」 の老婆が、畳のに正座し、静かに語り始めた。

「真面目なんて言葉じゃりないくらい、働くことしかしないだった。事だって、いつも見切り品のパンと、スーパーの特売のもやしばかり。エアコンもつけず、も同じものを繕って着てね。私が『しは自分のために使いなよ』って言っても、あのは笑うだけだった」

老婆の目が、赤く潤んでいた。

「『自分には使いがないから』って言ってたよ。『弟が、いつか本当に困ったのために、これだけは残しておかなきゃいけないんです』って。毎、自分の活費を極限まで削って、その座におを移してたんだよ」

冊の最終。 先末の付で記帳された残の数字は——万円を超えていた。

万。

贅沢を切断ち、呂すらない畳半で、命を削るようにして貯め続けた数字だった。

「……あ、ああ……」

浩平の喉から、獣のような嗚咽が漏れた。 彼は通帳を握りしめ、畳に額を擦り付けた。

、浩平が兄の座に振り込んでいた万円。 兄はそれを受け取らず、にそのまま突き返していた。

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浩平はそれを「兄からの拒絶」だとい込み、恐怖から目を背けていた。

だが、現実は違っていた。 兄は弟からのを受け取らなかったのではない。 受け取らないどころか、弟が送ってきた以の額を、弟の名で作った座に、血を吐くようないで積みてていたのだ。

「なんで……なんでだよ、兄貴……!」 浩平が畳を拳で叩いた。 「俺は……俺はあんたをんでたんだぞ! 親父がにそうなに逃げして、母さんを俺に押し付けて……酷なだって、そうおうとしてたのに……! なんでこんなことするんだよ!!」

浩平の慟哭が、狭い部霊する。 しかし、私の胸の奥の疑問は、さらにく、暗いへと沈んでいった。

なぜ、そこまでして? なぜ、弟にを残しながら、自分は決して姿を現さなかったのか? なぜ、実から歩いて分の距にいながら、度も敷居を跨ごうとしなかったのか?

私はがり、部の壁を見つめた。 窓の横に、信用庫の名が入ったさなカレンダーが掛かっていた。 今のカレンダーだ。 何気なく目を凝らした瞬、私は息を呑んだ。

カレンダーの付のマス目に、ボールペンでさな文字がびっしりとき込まれていたのだ。

曜 吉祥寺・燃えるゴミ』 『曜 吉祥寺・プラゴミ』 『 母・武蔵野病院(科)』 『 母・内科定期検診』

「……浩平、これを見て」

私の震える声に、浩平が涙に濡れた顔をげた。 彼はうようにしてがり、カレンダーの文字を見つめた。

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