みかん小説
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"母がナイフで砕いた自分の名前" 第3話

母の唇から、血が滲みそうなほどい言葉がこぼれ落ちる。

「誰があなたに、私の名を勝に暴いていいと許したの? 誰が……誰が戻りたいなんて言ったのよ!」

息が、止まった。 全の毛穴が逆つような悪寒が、背筋を駆け抜ける。

「ち、違うの、お母さん、私はただ……」

弁解しようといた私の唇は、けないほど震えていた。 違う。こんなはずじゃなかった。 私は母を助けたかったのだ。母の苦しみを、誰よりも理解している方として、がったはずだった。

それなのに、なぜ。 なぜ母は、まるでの古傷に、焼けた鉄棒を突き刺されたかのような目で、私を見つめているのか。

「お……」

が私の腕を、痛いほどの力で掴みげた。

「お、何したんだよ! 母さんに何を言ったんだ! 槙野って何なんだよ!」

して!」

すかよ! お、昔からそうだ。自分だけが特別に物事を分かってるみたいな顔して、正義の方ぶって! 母さんがどれだけ怯えてるか見ろよ! おがやってることはただの暴力だろ!」

声が、至膜を叩く。 だが、その声すら、どこかくの来事のようにじられた。

私の線は、母からせなかった。 母は、激しくする胸を押さえながら、憎々しげにケーキののプレートを見つめていた。 黒いチョコペンでかれた『槙野』の文字。 その文字を、母はまるで、自分の体にい寄る毒虫を見るかのような目で凝していた。

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そして——。

母は震えるで、私が投げしたケーキナイフを引っ繰るように掴んだ。

「お母さん!?」

私が叫ぶのと、母がナイフを振りろすのは同だった。

母は、そのの刃先を、自分が名乗っていたはずの『槙野』の文字目掛けて、何度も、何度も、突きてた。

ザクッ、ガリッ、メキッ。

鈍い破壊音が響く。 母の腕は刻みに震え、呼吸は過呼吸のように乱れていた。 扇形の美しいチョコレートプレートが、々に叩き割られていく。『槙』の文字も、『野』の文字も、そしてその隣の『子』という名までもが、原形を留めない破片となってび散り、純クリームに無残にめり込んでいった。

「もうやめて……!」

私が叫ぶと、母のきがピタリと止まった。

荒い息を吐きながら、母はナイフを取り落とした。 カラン、とシルバーが皿に当たる甲い音が、静寂を取り戻した部に虚しく響く。

び散ったチョコレートの破片を見つめたまま、母は言った。 その声は、氷のようにたく、私のを根底から否定する響きを帯びていた。

「勝に……私のを、にしないで」

母は、それだけを言い残すと、のちゃんちゃんこを脱ぎ捨てるように肩から滑り落とし、がった。 が「母さん!」と呼び止める声も、優さんの「お義母さん、待ってください」という懇願も、切聞こえないかのように、背筋を異常なほど真っ直ぐに伸ばして、個の襖をけた。

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バタン、と襖が閉まる。

ざかっていく、履の音だけが、いつまでもに残っていた。

どこで、違えたのだろう。

私は、誰もいなくなった個の畳のち尽くしていた。 は母を追ってしていき、優さんも子どもたちを連れて、私を「異常者」を見るようなたい目で瞥してっていった。 叔父も、気まずそうに財布から万円札を数枚テーブルに投げすと、「真由ちゃん、君はい込みが激しすぎるよ」と吐き捨てるように言って部た。

残されたのは、私と、無残に破壊された特注のケーキだけだった。

桃の瑞々しい果肉のに、砕かれたチョコレートの破片が散らばっている。 『槙』の偏の部と、『』の旁の破片だけが、クリームのに浮いていた。

私の胸の奥で、鉛のような悔と、それ以に巨な「なぜ」が渦巻いていた。

なぜ、るのか。 なぜ、あそこまで怯え、憎まなければならないのか。

私は、っていたはずだった。 母が、どれほどの犠牲を払って「佐伯子」をきてきたのかを。

——。 父の回忌が過ぎ、歳を迎えるのをに、母はみ慣れた世田を引き払い、郊さな賃貸マンションへ引っ越すことを決めた。 「で暮らすには、あのは広すぎるから」

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