みかん小説
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"母がナイフで砕いた自分の名前" 第12話

母の掠れた声が、幹線の音になって、の奥で何度もリフレインしていた。

京を、会社には「庭の急用で休む」とだけ連絡を入れた。 司からの怪訝な声も、同僚からの引き継ぎの確認も、すべてを滑り落ちていった。 まともな考など残っていなかった。

もし、母の言ったことが本当なら。 もし、あの形と、槙野子という名の封印が、単なる「古い婚の抑圧」などではなかったとしたら。

私は、歳を迎えた母の顔に、体何を叩きつけたのか。

正義の方の顔をして、虐げられた母を救いすヒロインを気取って、私がケーキナイフで切り刻んだものは、何だったのか。

胃の底から、たい胆汁がせりがってくるような吐き気を覚え、私はシートのを縮めた。

岡駅で端線に乗り換え、岡駅にったとき、陸特く湿ったみぞれがり始めていた。

アスファルトは黒く濡れ、気が容赦なく首を刺す。 駅のロータリーにはもまばらで、の空がく垂れ込めていた。

母の残したあの古い製作誌の末尾に、鉛で記されていた所。 『富舟町 越芸研究所』

に母が通い、形作りのすべてを学んだという所だ。

タクシーに乗り、運転帳のメモを見せた。

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初老の運転は、バックミラー越しに私の顔を怪訝そうに見つめた。

「お客さん、越芸研究所って……ここ、に畳んじまってるよ。理事だった先くなって、もう跡形もないはずだが」

「……どなたか、当のことをごの方はいらっしゃいませんか。そこで修されていた職さんとか」

運転は腕を組み、うーんと唸った。

「職かあ。あの研究所のなら、町の千代ばあさんくらいしか残っとらんのじゃないか? 杉本千代さん。御過ぎだが、あそこなら今でも器のの片隅で、の型染めやら物を細々と作っとるはずだ」

藁にもすがるいだった。 「その杉本さんのところへ、お願いします」

町は、千本格子の古い町然と並ぶ、静まり返った通りだった。 板の葺かれた根から、みぞれがポタポタとたい雫を落としている。

り、教えられた町へ向かった。 格子戸の横に、控えめな板が掲げられている。 『杉本芸』

引き戸にをかけ、恐る恐る引いた。 ガラガラ、と真鍮の鈴が鳴る。

「ごめんください……」

の奥から、ストーブの匂いと、麩の糊の匂いが漂ってきた。母のあの密と同じ匂いだ。

「はいはい、どなたかね」

奥のがりから、腰の曲がった柄な女性が姿を現した。 髪をきっちりとひっつめに結い、染めの掛けを締めている。

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い皺の刻まれた顔に、鋭利なを宿した瞳。

「あの……杉本千代先でしょうか。私、京から参りました、佐伯と申します」

「佐伯?」

杉本さんは眉をひそめ、私をつま先からのてっぺんまで値踏みするように見つめた。 その線が、私の目元あたりでピタリと止まる。

「……佐伯って、あんた。まさか、子の娘か」

臓ががった。

「母を……母をごなのですか」

杉本さんは返事をしなかった。 ただ、に落ちるみぞれの音を聞きながら、いため息をひとつ吐いた。

がりなさい。は寒かっただろう」

通された奥の居には、真鍮の鉢と、使い込まれた裁断台、そして壁面にの束が積まれていた。 湯みに注がれたい番茶から、ばしい湯気がる。

杉本さんは鉢の炭を箸でえながら、く掠れた声で言った。

子はどうしてる。もう、になったはずだが」

「はい。先週、古希を迎えました」

「そうかい。きてたかい。……佐伯ので、無事に婆さんになれたんだね」

その言葉の端々に、トゲのようなややかさが混ざっていた。 私は膝ので指を固く絡ませ、い切って切りした。

「杉本先。母の昔の荷物のから、昭陸美術芸展で優秀賞を取った、形を見つけました。『槙野子』という名が刻まれていました」

杉本さんの箸をかすが、ピタリと止まった。

「……あれを見たのかい」

「はい。素らしい形でした。

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