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"母がナイフで砕いた自分の名前" 第19話

「ひっ……!」

母が鳴をげ、両で目を覆った。 見たくない、と首を激しく横に振る。、母の魂を縛り首にし続けてきた、呪いの刻印。

だが、は引かなかった。 母の首を掴み、そのを、自分の首筋の傷跡へと押し当てた。

「嫌……! やめて、、やめて!」

「見てくれよ、母さん!」

の目から、粒の涙が溢れした。 あの厳格で、理屈っぽくて、父に似て頑固だった兄が、子どものように泣きじゃくっていた。

「俺はね、この傷をんだことなんて、度だってないんだよ!」

母のきが、ピタリと止まった。 母の指先が、の首筋の、く引き攣れた皮膚に触れている。

「親父も、ばあさんも、いつも言ってたよ。『おは母さんのせいで傷物になった』『母さんはおを殺しかけた悪魔だ』って……でもね、俺が本当に怖かったのは、首の傷じゃない。この傷を見るたびに、母さんがこの世の終わりのような顔をして、自分を殺していく姿だったんだよ!」

は、母のを握りしめたまま、額を母の肩に押し当てた。

「俺のために、好きなものを全部捨てて……俺のために、笑うことすらやめて……佐伯のの奴隷みたいに働いて……そんな母さんを見るのが、どれだけ辛かったか分かるか?! 俺のこの傷は、母さんを縛り付けるための鎖じゃない! 俺がき残った証拠だろ! 母さんが、病院で必に祈って、病してくれたから、俺は今きてるんじゃないのかよ!」

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母の息が、喉の奥で詰まった。

「俺は……俺のせいで、母さんのを奪ってしまったんだって、ずっとってたんだ」

の声が、震える。

「母さんが形を作ってたこと、俺、本当は気づいてたよ。、親父がんでから、実階から糊の匂いがしてた。母さんが夜に、息を殺して何かを作ってる気配をってた。……でも、声をかけられなかった。『作っていいよ』って言えなかったんだ。俺が言ったら、母さんはまた、昔の罪をして苦しむんじゃないかって……!」

は顔をげ、涙で濡れた顔で母を見つめた。

「もういいよ、母さん。もう、俺に詫びるのはやめてくれ。俺を言い訳にして、自分を処刑するのは、もう終わりにしよう。俺は、母さんに笑っててほしいんだ。誰のためでもない、母さん自きてほしいんだよ……!」

母の指先から、力が抜けた。

ポロポロと、母の目から涙がこぼれ落ちた。 つ、またつ。 、誰のでも決して流さなかった涙。 夫に殴られたときも、義母に罵られたときも、古希の祝いでケーキを切り刻んだときも、決して見せなかった、本当の涙。

……」

母のから、掠れた声が漏れた。

「私……怖かったのよ……」

母は崩れ落ちるように、そのに膝をついた。 がその体を抱きとめる。

に触るとね……指が勝すの。あのの夜……あんたが泣いていた声……泣き声が止まったの、あの恐ろしい静けさ……。

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を貼るたびに、あの子を殺しかけたが、私のなんだって突きつけられるの……」

母は両で顔を覆い、しゃくりげた。 歳の老女のから漏れるのは、まるで代のあのの夜に取り残されたままの、怯える母親の叫びだった。

「でもね……捨てられないのよ……! あのんで、て……になったら、どうしても、どうしてもが恋しくて……! 私は母親失格よ……こんな汚い業から、ぬまで逃げられない化け物なのよ……!」

私はがり、母の背を置いた。 震える細い肩。 骨が浮きるほど痩せ細った、さな背

「化け物なんかじゃないよ」

私は母の元で、静かに言った。

「それが、表現するってことなんでしょう? 杉本先が言ってたよ。度魂のったは、飢えから逃れられないって。それは罪じゃない。お母さんが、きている証拠だよ」

私は袋から、あの栗羊羹を取りした。 そして、母の涙に濡れたのひらに、そっと乗せた。

「これ、べて。岡で買ってきたの。お母さんが若い頃、お料がたらべてたっていう、あの羊羹」

母は、のひらのさな包みを見つめた。 に包まれた、のひらサイズの素朴なお菓子。

「……覚えていたの」

「覚えてるよ。お母さんが、自分のために何かを好きだって言ったの、私ので、その回だけだったから」

母の目から、堰を切ったように涙が溢れした。

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