みかん小説
本棚

"長女にだけ渡された鍵" 第20話

半ば、れの空がどこまでもく広がるだった。

には、産廃業者の2トントラックが台止まっていた。 役所とのち退き補償契約は滞りなく締結され、須藤建設への返済も法テラスの弁護士ち会いのもとで括清算された。

のものは、粗ゴミとして次々とトラックの荷台へと放り込まれていく。 父が集めていた骨董品も、自げに飾られていた表彰状も、母の古い着物も、私たちが子どもの頃に使っていた学習机も。 すべてが容赦なく、ただのくずと鉄くずになっていく。

夕方くになり、作業員たちが引き揚げた、空っぽになった畳の仏に、私たちはいた。

畳は剥がされ、埃っぽい板張りのが剥きしになっている。 壁の砂壁には、箪笥が置かれていた所だけが角く残っていた。

私たちは、を広げたに座り、所のコンビニで買ってきた円の幕の内弁当を広げていた。

お茶のペットボトルで、さく乾杯する。

「……親父の作るカレー、かったよな」 健が、割り箸を割りながらぽつりと言った。 すっかり伸びた髭を綺麗に剃り落とし、どこか憑き物が落ちたような、すっきりとした顔をしていた。すでに郊の物流倉庫の管理職として、再就職の内定をもらったという。

広告

かった!」 織が吹きした。 彼女は来週から、福岡にある製パンの寮付き求に応募し、元をれることが決まっていた。 「参も玉ねぎもきすぎて、までが通ってないの。文句言うと『男の料理はこれでいいんだ』ってるから、無理してべてたわよね」

「そうね」 私も笑った。 ぶりに、父の話をしながら、から笑うことができた。 「でも、母さんがんだ最初の週だけは、毎スーパーのコロッケだったわ。父さん、台所につのが怖くて、毎同じコロッケ買ってきて……で胸焼けしながらべたの、覚えてる?」

「覚えてる」 健が目を細めた。 「あのの親父、泣きそうな顔でコロッケ揚げ直してたよな」

「……ただの、器用なだったのよね」 織が静かに呟いた。

「そうね」 私は最み込んだ。 「器用で、くて、見栄っ張りな、ただの普通のだったのよ」

私たちは弁当の空き箱をゴミ袋にまとめ、がった。

の隅に置いてあった、それぞれの荷物を持つ。 健はボストンバッグつ。 織はキャリーケースつ。 私は、ショルダーバッグとさな袋。

玄関をると、が傾き、古い造のを赤く染めげていた。 には、が入ってこのは完全に解体される。 数ヶには更になり、数には幅の広い幹線部になって、が通り過ぎるだけの所になる。

広告

父が命がけで守ろうとした「宮本」というは、跡形もなく消えるのだ。

扉ので、私たちはち止まった。

「じゃあな、朋美姉さん」 健が、しだけげた。 「福岡に織の引っ越し代、し振り込んでおいたから。……姉さんには、もう迷惑かけないよ」

「……ありがとう、健兄ちゃん」 織が微笑んだ。その笑顔は、歳の女の顔というよりは、これから初めての世界へていく、女のような無垢さを湛えていた。 「お姉ちゃん、元気でね。……私、パン作れるようになったら、送るから」

「気が向いたらね」 私は微笑み返した。 「無理して送らなくていいわよ。自分のために焼きなさい」

が、それぞれ別の方向へと歩きした。 健は駅へ向かうり坂へ。 織は速バスの留所がある通りへ。

振り返ることはなかった。 涙の別れも、抱擁もなかった。

ただ、それぞれが自分の荷を、自分の背丈にったリュックに詰め直して、自分ので歩きしていくだけだった。

私も、反対側の坂へと歩きした。

たいが、私の頬を撫でていく。 見げると、夕焼けの空に、っていた。

い連載劇が、ようやく幕をろした。

私たちは、誰として父親の「番のお気に入り」ではなかった。 特別にされた者も、正当な継者も、聖なる犠牲者もいなかった。

遺されたのは、ただの事実と、しばかりの清算と、それぞれのこれからのだけ。

でも、それでいい。

私はバッグの肩紐を握り直し、しだけ歩幅を広げた。

父がんで、私たちはようやく、誰かの物語の登物であることをやめた。 私たちはようやく、何者でもない、ただの自分になったのだ。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: