"義母が突然、結婚指輪をくれた" 第19話
を、今度は私が両で掲げ、娘のにちはだかるための、法な宣誓だった。
届の『しく入る戸籍』の欄には、私の旧姓である『野』の文字を、黒いボールペンで丁寧にき入れた。
【事件本 神崎 葵】 その文字を見つめながら、私は亮介の顔をい浮かべていた。
――亮介さん。これで、いいんだよね。
ので問いかけると、あのアタッシュケースの奥に残されていた、あの優しい笑顔が胸の奥で微笑んだような気がした。
午半。 「ママ、おはよう」と、目をこすりながら葵が居に起きてきた。
「おはよう、葵。よく眠れた?」
「うん。……あおい、パパのを見たよ」
「パパの?」
葵はこたつのに置かれていた茶のテディベアを抱きしめ、し照れくさそうに笑った。
「パパね、あおいのをぽんぽんってしてくれた。『葵はいな』って言ってた。……あおい、もう怖くないよ」
胸の奥がくなった。 この子は、もう自分で歩き始めているのだ。 が勝に背負わせようとした荷を、自らのさなで振り落として。
「そう。パパ、ちゃんと見ていてくれたのね。……さあ、ご飯をべたら、おかけしましょう。葵の、しいお名をもらいにくのよ」
「あたらしいお名?」
「そうよ。今から葵は、ママと緒の『野葵』ちゃんになるの」
葵は目を丸くして、それからパッと顔を輝かせた。
「ママと、いっしょ?」
広告
「そう。ママと、いっしょよ」
「やったあ! あおい、ママと緒がいい!」
その無邪気な歓声を聞いた瞬、私の肩から、こびりついていた最の張りがふっと消えっていくのをじた。
午分。 私は葵のを引き、役所の正面玄関へと向かった。
週けの曜の朝ということもあり、の自ドアのには、すでに数の民が列を作っていた。 葵のを握る私ののひらに、じんわりと汗が滲む。
今、正午までに役所での続きを終え、そので葵が入学する予定の学へ戸籍の受理証を提しなければならない。 そうすれば、の入学式の名簿には、正式に『野葵』の名が刻まれる。
自ドアのガラスに反射するのを見つめながら待っていると、ふと、背から微かな擦れの音が聞こえた。
振り返った私の息が、喉の奥で止まった。
エントランスのロータリーの植え込みの脇。 桜の枯れのに、ぽつりとの女性がっていた。
神崎芳だった。
黒塗りの級セダンはどこにもなかった。 昨のあの威圧に満ちた級な喪でもなく、入れのき届いた着物でもない。 な、仕ての古いグレーのウールコート。 いつも隙なく結いげられていた髪混じりの髪は、今朝はし乱れ、に揺れていた。
広告
何より、その佇まいが、昨までの義母とはまるで違っていた。 背が微かに丸まり、杖をついているわけでもないのに、まるで晩でも老け込んでしまったかのような、痛々しいほどさく萎縮した老婆の姿だった。
「……ママ?」
葵が私のトレンチコートの裾を引っ張った。 葵も、そのに気づいたのだ。 葵のさなが、私の指をぎゅっと握り返してくる。怯えというよりは、警戒するような緊張が伝わってきた。
義母は、ゆっくりと、恐る恐るこちらへ向かって歩をめてきた。 歩むごとに、砂利を踏む靴音が微かに響く。 かつて私のにちはだかり、酷な言葉を浴びせかけてきたあの傲な気迫は、完全に消え失せていた。
私の歩で、義母はを止めた。 その両には、質素ない袋が事そうに抱えられていた。
「……奈緒さん」
掠れた、震える声だった。 充血した義母の目のには、濃い隈が刻まれていた。もできなかったことは、その顔を見れば目瞭然だった。
「……おはようございます、芳さん」
私が静かにをげると、義母はビクッと肩を揺らし、それから痛ましそうに線を彷徨わせた。 そして、私の元に隠れるようにつ葵へと、ゆっくりと線を落とした。
葵は逃げさず、母親のを握ったまま、まっすぐに義母を見つめ返していた。
その瞳には、昨の激しいりはもうなかった。 ただ、静かに、この目のの老婆が何をしに来たのかを見極めようとする、澄んだが宿っていた。
広告
おすすめ作品
-
完結第20話
長女にだけ渡された鍵
父の四十九日。「お前が一番しっかりしている」と病床の父から金庫の鍵を託された長女の私は、弟と妹の前で鉄の扉を開けた。だが中にあった私の通帳は残高一万円で、二百八十万円あった預金は弟の名義で全額引き出されていた。問い詰める私に弟は「親父に頼まれた」と父の直筆の手紙を突きつけ、妹も父と交わした別の密約を叫び始める。そこへ男が現れ、父が実家を担保に借りた五百万円の借用書を突きつけてきた。裡切られた|兄弟姉妹|相続|金銭問題|修羅場3.0万字5 3 -
完結第21話
母がナイフで砕いた自分の名前
母の七十歳の祝いで、私は家族に尽くし続けた母に自分の人生を取り戻してほしい一心から、ケーキのプレートに書かれた夫の姓を削り落とし、母の旧姓を書き直した。これで母は喜んでくれるはずだった。しかし母は青ざめ、「誰が戻りたいなんて言ったの」と私を睨みつけると、ナイフを掴んで自分の名前を何度も突き刺し粉々に叩き割った。家族全員から責め立てられた私は、母の部屋で底面を無残に削り取られた大量の人形を見つける。怒り|兄弟姉妹|真相|親子関係|修羅場3.1万字5 1 -
完結第19話
棺の中の男を、夫は知らない
親を捨てて逃げた冷酷な男だと親族中から罵倒される義兄の葬儀で、義母は涙を流し、夫を支えの孝行息子だと称えていた。だが焼香台へ進む夫の前に立ちはだかった私は、「あなた、本当に棺の中にいるその人を知っているの」と告げた。夫が隠していたのは、過去五年間、毎月義兄へ送り続け、そのたびに全額突き返されていた六十回分の送金記録だった。血の気を引かせる夫と親戚の前で、私はその明細を祭壇の上に広げた。兄弟姉妹|親不孝|絶縁|親子関係|修羅場2.8万字5 0 -
完結第21話
妹のドレスを二十センチ切った
妹の結婚式を数時間後に控えた深夜二時、私はリビングで特注のウェディングドレスに裁ち鋏を入れた。事故で右足に傷が残る妹に対し、相手の家族は配慮という名目で足を隠す重いドレスを強要し、当日は動かず座り続けるよう言い含めていた。母の怒声が響き、私の頬に平手打ちが飛ぶ。泣き崩れる妹の足元には、前裾だけが二十センチ切り落とされた純白の布が散らばっていた。私は鋏を置き、「今日これを着て出なさい」とだけ告げた。裡切られた|兄弟姉妹|裡の顔|親子関係|修羅場3.1万字5 0 -
完結第28話
離婚11日後、私に9億8000万円が当たった
「子供を抱えて一人で生きていけると思うのか」――13年間連れ添った夫・達也は、離婚の最後まで私を見下していた。娘の教育資金80万円を無断で投資に使いながら、「家族の金だ」と開き直った男。私は娘・日向を守るため、傷だらけの結婚生活に終止符を打った。だが離婚からわずか11日後、何気なく買った宝くじが約9億8000万円の高額当選を果たす。 人生を変える大金――それでも私は誰にも秘密を明かさなかった。ところが娘を連れて頼った実家では、母から「達也さんに謝りなさい」と門前払いされる。味方だと思っていた家族さえ、私の意思より世間体を選んだのだ。 もう二度と、誰かに人生を支配させない。金に頼って復讐するのではなく、自分の意思で生き直すと決めた私。だが、約10億円という秘密が知られた時、元夫と家族の本当の顔が暴かれ始める――。修羅場|熟年離婚4.1万字5 524