"母の還暦祝いで家を奪おうとした夫" 第7話
それなら、彼の期待に応えてあげるべきだろう。
昼休み、母に話をかけた。
鍋を炒める軽な音が聞こえてくる。
母はるい声で、話にた。
「今、角煮を炒めてるのよ」
母は弾んだ声で、報告してきた。
「レオ君から、ホテルの個をもっと広い部に変えたって連絡があったわ」
彼女はし申し訳なそうに、言葉をした。
「あの子、そんなにお使わなくていいのに」
嬉しそうな母の声を聞くと、の奥がツンとした。
私は声を絞りして、母に言った。
「お母さん、誕会の、あの緑のジャケット着てきてね」
私は無理にるい声を作った。
「顔がよく見えるから」
母は鍋のをめて、笑った。
「こので顔も何もないわよ」
私は真剣な声で、母に伝えた。
「当はただ楽しむことだけ考えて。のことは気にしないでね」
母はし戸惑い、何かに気づいたようだった。
「ゆか、あんたし疲れてない?」
私はオフィスのキャビネットを見げた。
昨私が隠れていたあの隙が、目のように私を見つめ返している。
私はさく息を吐いて、答えた。
「しね。でも、丈夫よ」
話を切った、私はあの録音をもう度聞いた。
『彼女はに脆くて面倒なことを嫌がるし、世体も気にする』
その言葉を聞いても、もう涙はなかった。
私はしい帳を取りした。
最初のページに、こういた。
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『誕会の精算リスト』
ホテルを誰が予約したか。
メニューは誰が変えたか。
親戚は誰を呼んだか。
レオがの話をした回数。
義母が話してくる回数。
あの『まゆ』という女が、いつメッセージを送ってくるか。
き終えて息ついた頃、コーヒーを持った佐藤さんが通りかかった。
彼女は帳を覗き込んで、目を丸くした。
「何その表?裏切り者でも探してるの?」
私は帳を閉じた。
「探さないわ」
私はたい声で、言葉を続けた。
「ただ、裏切り者がどんな顔をしてるのか見たいだけ」
佐藤さんはコーヒーをこぼしそうになり、声で言った。
「ゆか、今のあなた、ちょっと怖いんだけど」
私は微笑んだ。
「怖くていいのよ」
私は静かに、を見つめた。
「昨私はを驚かそうとしたけど、結局目を覚まされたのは私の方だったから」
私はレオのスマートフォンを盗み見ることはしなかった。
したくないのではなく、がないと分かっていたからだ。
本当に隠し事をしたい男のスマートフォンには、デリバリーの履歴と仕事のグループチャット、気予報しか残らない。
浮気相を取引先という名に変え、密会を接待と言い換え、親しさを偽装するのだ。
もし私がを伸ばせば、彼はすぐに徳なみにつだろう。
そして、被害者のような顔をしてこう言うはずだ。
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「僕を信じられないのか。君は変わってしまった」
「が尋問みたいだ」と。
私は彼に、そんな逃げを与えるつもりはない。
だから私は、以よりもずっと平静を保った。
朝、彼に目玉焼きを作った。
端がし焦げていたが、彼は文句も言わずにべ終えた。
彼はを拭きながら、気遣うように言った。
「最仕事が忙しいなら、朝は作らなくていいよ。で買っていくから」
私は頷いた。
「わかった」
彼は私をちらりと見た。
以の私なら、「の事は体に悪い」「空腹でコーヒーをまないで」と言ったはずだ。
そして、の込んだ作りのお弁当をバッグに押し込んでいた。
彼が折イライラしても、男のは仕事のプレッシャーがあるから表現がなだけだと自分を慰めていた。
でも今は、何も言わない。
彼のシャツの第ボタンが取れかかっていることにも、気づかないふりをした。
レオはダイニングテーブルに座り、指でそのボタンに触れた。
何かに気づいたように顔をげ、微笑んで聞いた。
「今はなんだか静かだね」
私はお粥をすすった。
「眠いの」
彼は私を数秒見つめ、また優しい声に戻った。
「夜、迎えにくよ」
私は器を置いて、答えた。
「今はいいわ。仕事の用事で遅くなるから」
彼がスープを掬うスプーンが、瞬だけぴたりと止まった。
ほんのわずかなきだったが、私には見えた。
彼は私がることも泣くことも恐れていない。
ただ、私の常のペースが変わることを恐れているのだ。
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