"昭和28年、妻が消える炭鉱町" 第2話
坑夫の族が米や噌を掛けで買えば、翌の料から定額が差し引かれる仕組みだった。澄子は数字をわせる仕事が好きで、の員が嫌がる細かな計算でも苦にならなかった。
閉、の森が事務所へ呼ばれた。
「澄ちゃん、裏の帳面だけ棚へ戻しといてくれ」
「はい」
帳簿棚の番へ分い冊子を戻そうとした、奥にさな黒い通帳が落ちているのが見えた。購買所の通常帳簿とは違い、表にはいが貼られ、墨で《族貸付》とだけいてある。
普段なら触らなかった。
けれど「族」という文字が、今の澄子には妙に引っかかった。
いた最初のページには坑夫の名が並んでいた。
田辺栄吉。
松永治。
川崎正平。
澄子は息を止めた。
今、妻がいなくなった軒の夫だった。
名の横には借入額と毎の返済額らしい数字がある。
《借 千円》
《治療費替 千百円》
《活補填 千百円》
ところが計算がわない。
田辺は昨に千円借り、毎百円ずつ返済したことになっている。半なら千百円は減っていなければならない。なのに点の残は千百円。
松永はもっとひどかった。
借入千百円。
返済の記載があるのに、翌千百円、その次は千百円へ増えている。
欄には《族替》《臨補填》《紹介費》という見慣れない項目が、さな字できされていた。
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ページをめくる。
。
そこに兄の名があった。
《本茂 借 千百円》
そのには赤鉛で本の線が引かれ、横へさく、
《 族移送》
とある。
族移送。
節子が消えただ。
澄子は喉が乾いた。
借を返せなくなったから妻がていく。
そこまでは像できる。
だが、どこへ。
なぜ「実へ帰った」と嘘をつく必がある。
そして、働いて返しているのなら、なぜ借が減らない。
廊から靴音がした。
澄子は慌てて通帳を閉じた。
会計係の佐伯宗だった。
歳をし過ぎた、いつも髪を油できっちり撫でつけている男で、購買所の員にも横柄なをきく。佐伯は澄子が帳簿棚のにいるのを見て、瞬だけ眉をかした。
「何しよる」
「森に、帳面ば戻しとけと言われまして」
「そこの奥は触らんでいい」
佐伯は澄子の肩越しにを伸ばし、黒い通帳を抜いた。
「これは事務所の帳面だ」
「すみません」
澄子はをげた。
佐伯は何も言わず、通帳を脇へ挟んでていった。
しかし翌の夕方、もっと妙なものを見た。
購買所の裏には炭鉱事務所へ続く細い通がある。澄子が空箱を捨てにると、物置のに佐伯がっていた。向かいには巾をくかぶった女がいる。
佐伯は女へさな封筒を渡した。
女は度だけ周囲を見回し、それを懐へ入れた。
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横顔が見えた。
澄子は息を呑んだ。
田辺キヨだった。
に「実へ帰った」女。
きている。
しかも炭鉱事務所の会計係と、目を避けて会っている。
キヨはに裏をた。
澄子も仕事を放りすようにを追った。
駅まで分。
キヨは切符を買い、折尾方面へ向かう両編成の列へ乗った。
澄子が改札へ着いたには発の汽笛が鳴った。
「キヨさん!」
声は届かなかった。
列がゆっくりきし、煤煙の向こうへ消えていく。
その夜。
澄子が自宅へ戻ると、玄関の戸の隙に枚のが差し込まれていた。
折り目のついた借用証だった。
《千円也》
借主――本節子。
署名は違いなく、節子本の字だった。
そしての付を見た瞬、澄子の背筋がたくなった。
。
節子が消えた。
節子はどこかにいる。
そして消えたあと、自分の名でたに千円を借りている。
翌朝、澄子は借用証を握りしめ、兄のへ向かった。
茂は勤だった。
を見せると、みるみる顔が変わった。
「どこでこれをに入れた」
「節子さんはどこにおると」
「澄子」
「答えて」
茂はしばらく黙り、やがて玄関を閉めた。
子どもたちがいる奥の部を度見てから、い声で言った。
「俺がかせた」
澄子は言葉を失った。
茂はさらに続けた。
「節子だけやない。田辺の奥さんも、松永の奥さんも、川崎の奥さんも……みんな亭主がっとる」
からの謎が、ようやくつ解けた。