"昭和28年、妻が消える炭鉱町" 第5話
翌朝、澄子は兄へ見せた。
茂はい、から目をさなかった。
「らんかった」
「母ちゃんが昔、節子さんと同じところへったことは?」
「……覚えとる」
「っとったん?」
「俺はやった」
茂は唇を噛んだ。
母は「倉の親戚を伝う」と言ってた。けれど帰ってきた、の甲が煤で荒れ、爪のが黒かった。父と母は何度か夜にのことで論していたという。
「俺も聞いたんや。どこにっとったとって」
「母ちゃん、何て」
「らん方がいいと言った」
茂は証を握りしめた。
「親父がんだあと、会社から弔慰がた。それで借も全部片づいたと聞いとった」
「じゃあ、古い帳簿の《完済せず》は何」
「分からん」
澄子は兄を見つめた。
「節子さんも同じ目に遭うよ」
茂が顔をげた。
「かで帰れんかもしれん」
「やめろ」
「何を」
「俺を責める顔するな!」
茂は突然ちがった。
「子が肺炎になった、おがしたか? 病院へ『待ってくれ』と言って待ってもらえたか? 坑内へ入れん週、米はただでてきたか?」
澄子は黙った。
「節子も納得した。かだけや。借を返して帰ってくる。それでを守れるならって」
「でも借が増えとる」
「だから何や!」
「兄ちゃんもおかしいとわんと?」
茂の勢いが止まった。
っている。
その顔だった。
「節子さんからも来ん。残も見せてもらえん。それでも黙っとるのは何で」
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茂はしばらく俯いていた。
「佐伯さんに言われた」
「何を」
「余計なことを騒いだら、次の契約更は分からんって」
坑夫にも採用形態や持ちの差があり、茂は事故に度休職したため、定した切羽へ戻ったばかりだった。仕事を失えば社宅も失う。
妻を取り戻そうとすれば、そのものがなくなる。
それが兄の沈黙の理由だった。
澄子は初めて、夫たちを単純に卑怯だとはえなくなった。
だが同と納得は別だった。
「兄ちゃん。このまま黙っとったら、節子さんは帰れんよ」
茂は何も答えなかった。
それでも、そのの夜。
兄は初めて枚のを持って澄子のへ来た。
佐伯から渡された《返済予定表》だった。
かで完済。
そういてある。
しかし肝の借入元が、黒い通帳の数字と違っていた。
ここにも、つ目の数字があった。
節子の借は、茂が聞いた額では千百円。
購買所の黒い通帳では千百円。
選炭では千百円。
同じの借に、つの額がする。
「誰が正しいんや」
茂が呟いた。
澄子はを並べた。
「全部、誰かが作った数字かもしれん」
翌、購買所の森へ回しに尋ねた。
「、族貸付って、購買所の掛売りと同じですか」
森の鉛が止まった。
「何でそんなこと聞く」
「兄のが借りとるみたいで」
「おは触るな」
普段、温ながい声をした。
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それだけで、っていると分かった。
「も、奥さんたちがどこへくかっとるんですか」
森は周囲を見回した。
客はいない。
それでも声を落とした。
「らん方がいい」
「みんなそう言います」
「澄子」
「母もかされとった」
森の顔が変わった。
「昭の帳簿に父の名がありました」
「お、古帳簿を見たんか」
「はい」
森は子へ座った。
しばらくを抱え、い声で言った。
「今のことは誰にも言うな」
「何をっとるんですか」
「俺がっとるのは部だけや」
族貸付は元々、事故や病気で急に困った庭を助けるために始まった制度だった。購買所の掛売りとは別に、炭鉱の互助な貸付枠があり、返済は料から額ずつ差し引かれる。
数から佐伯が実務を握り、組という請負業者と組むようになった。
「女を働かせにせば気に返せる。最初は本当にそうやった」
「最初は?」
「俺がっとる頃は、、かで帰ってきた女もおった」
「今は違う」
森は答えなかった。
代わりに奥の庫から古い伝票を冊した。
「これは購買所に残った控えや」
枚ずつ複写を挟んで記入した古い伝票だった。
貸付。
返済。
精算。
母が働いた昭のページも残っていた。
そこには、
《本徳治 完済》
とある。
母の証と致した。
「じゃあ、黒い帳簿だけが違う」
澄子が言うと、森は頷いた。
「俺も今初めて気づいた」
「嘘」
「本当や。黒帳面は佐伯が管理しとる。