"火曜日だけ「受取済」が増える町" 第6話
俵はつ。
引いているのは清吉ではなかった。
藤米穀の主、藤善兵だった。
代の太った男で、町では「戦も品物を切らしたことがない」と評判の商売だった。正規の米はもちろん、どこから仕入れたのか分からない麦や豆まで先に並べることがある。
俊夫は距を取り、を追った。
へ向かうとった。
しかし藤は商を抜け、古い医院の裏へ回った。
俵を置き、戸を度叩く。
から誰かがた。
母だった。
「母ちゃん……」
俊夫はわず声を漏らした。
芳は藤から枚のを受け取った。
はく何かを話したあと、藤が帰っていく。
俊夫はびした。
「何してるんだよ!」
芳が驚いた。
俊夫は母のからを奪った。
米の売買証ではなかった。
《勇作 診療費未払分》
の付。
そのには、
《残額清算済》
さらにさく、
《藤商 替返済》
とある。
「今、これをもらう約束だった」
芳は言った。
「何で今さら」
「藤さんが、勇作の替は全部終わったって証をすと言ったから」
「何でそんなことするんだ」
「私が古い帳面を見せろって言ったから」
母もいていた。
俊夫が父の領収を見つけたあと、芳は藤へ直接会いにき、診療費と米俵の処理を確認したという。
「じゃあこの俵は?」
俊夫が指差す。
医院の裏に置かれた俵。
広告
野医師がからてきた。
「これは医院へ回す救済米だ」
「正規のですか」
「いや」
野は言いにくそうにした。
「今も登録から漏れた患者がい。寝たきりで申請にけないもいる。だから芳さんたちが回してくれてる」
仕組みはまだ続いていた。
それ自体を今すぐ全部止めれば、べられなくなるがいる。
俊夫はを抱えたくなった。
正を止めたい。
でもその正のには、をかしている部分もある。
藤はそこへつけ込んでいる。
「母ちゃん、藤が悪いって分かってるなら何で今も運ばせるんだよ」
芳は苦い顔をした。
「に運べるがいないからだよ」
必な仕組みのに、疑っている男を使わざるを得ない。
その歪みが、俊夫には番怖かった。
俊夫は清吉と野医師の協力で、救済米を受け取っているの名簿を確認した。実際に登録から漏れている、寝たきりで配所へ来られない老、引揚げの続きが終わっていない庭。そこに回っている量を計すると、父の帳にある《救済》の数字とほぼ致した。
問題は、そこから毎週俵ほどく消えていることだった。
「救済米を全部悪いことにしてしまったら、藤のう壺かもしれん」
清吉が言った。
「どういう」
「表にせば、役所はまず裏配を止めるやろ。そうしたら困るが先に腹を空かす」
広告
藤はそのことを分かっている。
だから堂々としていられる。
誰かが告発すれば、告発した側も違法配に関わっていたと責められる。正義と悪がきれいに分かれていないからこそ、誰もけない。
俊夫は苛った。
「じゃあずっと黙るのか」
「だから兄貴は数字を集めてたんや」
ただ「米が盗まれています」と言うだけではなく、本当に救済へ使われた量と、き先の量を分ける必がある。
そのから俊夫は父の帳を真似し、自分でも記録を始めた。
入荷俵数。
正規配。
救済分。
《受取済》にされた。
藤の荷。
週目。
差、俵。
週目。
差、俵半。
週目。
差、半俵。
規則だが、必ず曜にする。
そのにも、《受取済》にされるは増えた。
俊夫は被害に遭ったへ、「通帳を見せてほしい」と頼んだ。
印を写す。
付を写す。
するとしいことに気づいた。
押されている判子は、各庭の印鑑に似せているが、完全に同じではない。
母の判もそうだった。
見そっくりだが、よく見ると「」の横線がしい。
「偽物だ」
つまり誰かが庭ごとの印を真似し、別の判子を作っている。
清吉がい当たった。
「配所には昔の受領票が残っとる」
ごとの印がいくらでも見られる。
しかも帳簿担当なら、どのが曜に来るかも分かる。
俊夫のにの男が浮かんだ。
矢野主任。
父の最のページに名があった男。
藤だけでは、台帳を《受取済》にき換えられない。
配所の内側に協力者がいる。
広告
おすすめ作品
-
完結第21話
日本一情の深い父の裏の顔
妹がサービスエリアで姿を消して5年。全国を巡り「日本一情の深い父親」と称賛される父から、私は古いワゴン車を譲り受けた。だが車内の清掃中、妹の指定席だったシートベルトが事故の衝撃で「4センチ」伸びきっているのを発見する。さらに奥底から見つかったのは、刃物で切断された妹の防犯ブザーだった。父に問いただすと、かつてない冷酷な声で「今すぐ車を処分しろ」と脅され――。私は父の狂気と真実を暴くため、ある決断を下す。ミステリー|裡の顔|真相|行方不明3.1万字5 75 -
完結第22話
側溝の底のGPS
六年前に娘を事故で亡くし、近所から「不注意な母親」と後ろ指を指されながら暮らしてきた私。ある朝、向かいの名士宅との境界にある側溝の泥から、泥まみれの「娘の見守りGPS」を掘り出した。壊れた端末のログを開くと、六年間、豪雨の深夜になるたび、向かいの家のWi-Fiと通信を繰り返していた。問い詰めた夫が無言で開けた物置には、壁一面に貼られた隣家の行動記録と、五年間密かに改造されていた配管図面があった。ミステリー|因果応報|裡切られた|真相3.3万字5 223 -
完結第11話
九時三十四分の地下鉄、消えた暴行犯
午前九時三十四分、地下鉄の車内で若い男が突如狂乱し、中年客の顔面を骨が軋むほど殴打した。床一面に飛び散る鮮血。だが、隣に座る同じ社章をつけた上司は、ただ口をあわあわと震わせ「腰を抜かして」座り込むだけだった。乗客たちと男を取り押さえ、駅員にすべてを通報した俺。しかし翌日、警察の発表も新聞の三面記事も、この凄惨な事件を「最初から存在しなかった」かのように完全に黙殺していた。なぜあの凄惨な暴力は一行も報道されず、駅の防犯カメラ映像すら消去されたのか。数年後、俺はある大手企業の役員名簿の中に、あの朝、冷たいホームの柱にすがってガタガタと震えていた「あの上司」の顔写真を見つけ、息を呑んだ――。ミステリー|真実1.6万字5 101 -
完結第19話
三十二人目の卒業写真
教職を退いた夜、三十年前に送り出した最初の教え子たちが開いてくれた送別会で、私は三十一人分の感謝の手紙を受け取った。だが自宅で数え直すと、名簿にない三十二通目の白い封筒が混ざっていた。便箋には「全員が卒業しました。私一人を残して」とだけ記されていた。翌日、私が困惑して生徒たちに当時の記憶を尋ねると、誰もが存在を否定し、深夜の受話器の向こうから「あの子のこと、墓場まで隠し通すつもりですか」昭和|ミステリー|因果応報|真相2.8万字5 176 -
完結第21話
十年前に死んでいた夫
病に倒れた夫を十三年間看取り、質素な火葬を終えた私は、医療記録の精算のため大久保総合病院の窓口へ向かった。だが職員から告げられたのは、データベースに夫の名はなく、提示した診察券は十年前に死亡した二十代の別人の番号だという宣告だった。半乱心で戻ったアパートを捜索するも、夫名義の保険証も免許証も通帳すら一枚も見当たらない。十三年間私の隣で息をしていた男の痕跡が、この世のどこにも存在しない現実に立ち尽くした。ミステリー|夫婦|介護|修羅場3.1万字5 2982 -
完結第12話
左足だけの靴箱
隣室の吉岡さんが部屋で亡くなった。付き合いのなかった老人の遺品整理に立ち会った彩香は、業者から「故人の遺言」として段ボール箱を手渡される。中に入っていたのは、彩香が過去5年間に自宅の玄関から消えたはずの「左足の靴」12足。そして、それと対になる新品の右足の靴。靴底をめくると、そこには夫が「深夜残業」と偽っていた日付のタクシー領収書が隠されていた。妻が知ることになる、5年前の事故と夫の病的な贖罪の真相とは。ミステリー|夫婦1.8万字5 47 -
完結第19話
全員が揃えた同じ嘘
小学五年の秋、担任の女性教諭が突然退職し、学校は精神の病気だと説明した。だがその日の放課後、私を含めたクラス二十三人の児童は、それぞれの家庭で「先生は午後三時に帰りました」と全く同じ嘘を親に答えた。口裏を合わせた覚えはない。半年後、唯一何も言わずに転校していった無口な少女が、私の机の引き出しに一枚のメモを残した。そこには『先生は三時のとき、まだ地下室にいました』と記されていた。ミステリー|裡の顔|真相|行方不明2.8万字5 95 -
完結第11話
亡き義母の口座を洗う女
3年前に7年間の壮絶な介護の末に他界し、この手で骨壺に納めたはずの義母。だが解約し忘れていた古い通帳を繰り越すと、死後も毎月「生前給与」が振り込まれ、毎週水曜の深夜に即座に引き出されていた。深夜のコンビニで張り込んだ私が見たのは、義母の服を着て義母と全く同じ体の癖を持つ見知らぬ女。死者は生きているのか。真実を追う私は、隣で眠る夫が隠していた、狂気と冷酷に満ちた「生前名義ビジネス」の底なし沼へと引きずり込まれていく。ミステリー|嫁姑|夫婦1.6万字5 51