"三日待て――命を懸けて起爆盤を粉砕した現場主任、120人を救い500億の黄金を暴く" 第1話
朝礼の断台
岩県の奥く、奥羽脈の懐に抱かれた「株式会社奥羽鉱業・黒事業所」の朝は、肌を刺すような気とともにける。
旬の肌にはすでに初がり、朝分の朝礼には、吐く息をく染めた作業員たち総勢名が靴を鳴らして列していた。のプレハブ根を、底から吹きげるたい湿がガタガタと揺らしている。
「――今で主任をす。の話なんぞで現のを引っ張るは、うちのにはいらん」
朝礼台の、スチール机に類を叩きつける乾いた音が響いた。現監督・雅史の声だった。歳、角刈りの側部に髪を混ぜ、常に充血した両目で現を威嚇する男だ。作業の胸ポケットには、京本社から送り込まれた現責任者の証であるのバッジがっている。
酒井誠は、使い込まれた作業の鍔にを添えたまま、じろぎもせずち尽くしていた。歳。この鉱に勤め、薬類取扱保責任者として無事故記録を更し続けてきた現の柱である。酒井の元には、今朝に事務所で印刷された本の『発破作業確認表』が握られていた。
「監督、もう度だけ話を聞いてください」 酒井の声はく、だが朝礼のざわめきを切り裂く芯のさがあった。
広告
「昨夜のの話をしたのは、単なるいつきではありません。黒蛇が巣を移すを見た――確かにそれ自体は非科学です。笑われても仕方がない。しかし、私が本当に言いたいのは、今朝の第区画から漂ってくるの匂いです。坑の保線のにった瞬、いつもと違う湿った臭さ……酸化した属とが混じりった、嫌なが噴きしていました」
「匂いだと?」 は侮蔑をわにしてを鳴らし、わざとらしく周囲の班たちを見回した。 「おい、聞いたか? 数のベテラン保主任が、蛇のとの匂いで発破を止めろと言いしたぞ。ここは神社か? 俺たちが掘っているのは神域か? 違うだろうが。ここは採掘目標を背負った民企業の鉱だ!」
周囲の鉱夫たちは斉に線を逸らし、誰として酒井と目をわせようとしなかった。酒井と何も同じ釜の飯をってきた掘班の仲たちですら、顎を引いて沈黙を守っている。に逆らえば、次の現配置で危険な掘り区画へ回されるか、最悪のは査定をげられてボーナスを削られる。宅ローンを抱え、子供の学費を稼がなければならない彼らの事を、酒井は痛いほど理解していた。だからこそ、仲を責める気にはなれなかった。
「匂いだけではありません」
広告
酒井は歩へた。 「先週半ばから、第区画の岩盤の反響音が変わっています。削岩(さくがんき)の削孔を止めた直、以なら乾いた音で引いていた残響が、今はく鈍く、腹の底を擦るようにく尾を引いている。さらに切羽側の湧です。染みす箇所がごとに数センチずつ断層沿いへ移している。これらはすべて、岩盤の奥で目に見えない応力変化が起きている兆候です。全が確認できるまで、わずかでいい。発破を待ってください」
「屁理屈を並べるな!」 は机を拳で激しく叩いた。鉄板が鈍い音をてて撓む。 「今の捗はどうなっている! 本社が掲げた掘計画から、すでにも遅延しているんだよ! 今午の発破で第区画の切羽を落とせば、倒しの目標にが届く。役員会でも現の優秀事例として報告ががることになっているんだ。それを貴様の『待て』だの『岩の音が変だ』だのという寝言で潰されてたまるか!」
がこれほどまでに頑なになる理由は、酒井には分かっていた。京本社の次ポストへの昇と、それに伴う百万円の特別成果報酬。その功名が、現監督の目を完全に曇らせていた。
「確認表を見せてください」酒井は静かに言った。 「私を主任からすことと、今のが全かどうかは別の話です」
広告
「もう貴様の仕事じゃない」 は机のから確認表を乱暴に引き寄せると、赤の性ボールペンを抜き放った。 『発破保責任者・主任確認欄』。そこには酒井誠の名が黒々と印字されていた。はその文字のに、迷いなく太い本線を引き裂くようにらせた。
キュッ、キュッというインクの摩擦音が、え切った朝礼に酷に響く。 は本線のから、乱雑な跡で別の名をき殴った。
「今からの発破責任者は太田だ。太田、へろ」
列の列目にいた太田雄が、びくりと肩を張らせた。歳。発破技士としての腕は確かだが、気がさく、からの圧に抗えない男だった。妻との学を抱え、最郊に建て売り宅を買ったばかりの太田の境遇を、は巧みに利用していた。
「太田」酒井は振り返り、輩の目をじっと見つめた。「今の第区画、おはどう見ている」
太田は線を泳がせ、救いを求めるようにを見た、消え入りそうな声で呟いた。 「……今のところ、特には……」
「声がさいぞ!」が鳴りつけた。「太田、午までに装薬を完させろ。準備がりないなら昼休みを削れ。ちょうどに点だ。分かったな!」
「確認がすぎます!」酒井は叫ぶように声を張った。「本来なら午を丸ごと使って、装薬孔の亀裂やガスの無、退避半径を再測する順になっているはずです。
広告
それをに圧縮するなど――」
「そこまで言うなら、おが今すぐこの確認表に署名しろ!」 が確認表を酒井の胸元へ突きした。 「『異常なし、発破許』の欄にサインしろ。そうすれば撃たせてやる。サインもしないくせに、からだけ挟むのはただの業務妨害だ。どうなんだ、押せるのか!?」
のままの署名欄が、酒井の界に迫る。 、無事故を守ってきた。自分のサインつで、数百キロの含爆薬が炸裂し、が吹きぶ。何かが起きれば、坑内にいる鉱夫たちの命がと消える。もし今、監督の圧力に屈して形だけのサインをすれば、も料も守られるだろう。だが、それは職のをしていた。
「……確認していない全に、署名はできません」
酒井は絞りすように答えた。胸の奥が鉛のようにくなった。 の歳が、瞬で元から崩れる覚があった。
「結構だ。ならおは今からただの雑用だ」 は笑を浮かべ、確認表を太田のへ押し付けた。 「太田、署名しろ」
太田のが震えていた。ボールペンを握る指先がくなり、インクの先が署名欄ので数ミリ浮いたまま、どうしてもに触れることができない。周囲の作業員たちが固唾を呑んで見守っている。秒、秒。沈黙のみに耐えかねたように、太田が顔をげた。
「……監督。俺も……現をもう度だけ、自分の目で見てからでいいですか」
の眉が吊りがった。だが、ここで太田まで鳴り散らせば、集まった鉱夫たちの揺が抑えきれなくなる。は忌々しそうに息を吐き捨てた。 「……分だ。分で済ませろ」
朝礼が解散した。酒井は作業をく被り直した。 主任の座は奪われた。だが、現を見極めようとするが、自分のにもう現れた。それだけで、稼いだは無駄ではなかった。
広告
おすすめ作品
-
完結第11話
貧乏老人を嘲笑った行員の末路
「あんな貧乏臭い爺い、適当にあしらっとけばいいのに」ボストンバッグを抱えた老人に、新入行員は嘲笑の声を浴びせ、エリート課長代理は別の窓口へ強制的に追い返した。母親の入院費のため百万を引き出しに来ただけの、よれよれのジャケットを着た年寄り――。だが、彼こそが全日本経済の裏を牛耳るクオンホールディングスの会長・久音次郎その人だった。侮辱に耐えかねた新人の篠崎水希が一人で抗議する中、老人が静かに古びたバッグの金具を閉じた瞬間、端末の画面で一千万円、一億円と出金通知の数字が狂ったように跳ね上がり始めた。絶望の淵に立たされた傲慢な行員たちの運命を決定づける、驚愕の審判の行方は――。職場逆転|修羅場1.6万字5 1861 -
完結第25話
底辺受付嬢を見下す役員たちの誤算
父の会社は、最も信頼していた人間の裏切りによって無惨に食い物にされた。巨額の負債を背負い、絶望の中で病に倒れた父。私はその冷酷な真相を暴くため、ハーバード大の博士号を隠し、ただの「受付嬢」として敵の中枢である星空グループに潜入した。 誰からも見下され、理不尽な侮辱に耐え忍ぶこと3年。息を潜めて集めた証拠が示したのは、あまりにも残酷な真実だった。父を破産に追い込み、私から全てを奪った黒幕の正体は、父が家族のように慕っていた古参役員だったのだ。 「黒幕は役員会の中にいる」――私を守るため、父が命懸けで残してくれた最期のメッセージを知った時、胸の奥の悲しみは絶対的な冷酷さを持つ復讐の炎へと変わった。私の素性を知る新社長のハルトや、父の旧友たちと共に、私は決して逃れられない完璧な包囲網を密かに築き上げていく。 そして迎えた運命の役員会。全てを掌握したと信じ、私の前で勝ち誇る黒幕。だが彼はまだ知らない。無力な受付嬢だと思っていた私が、彼を社会的死の淵へと突き落とす致命的な罠を仕掛けていたことを。仮面を脱ぎ捨てた時、強欲な悪魔を地獄の底へと引きずり下ろす、容赦なき反撃が幕を開ける――。因果応報|真相|修羅場3.8万字5 1809 -
完結第10話
実家のオンボロ工場を笑った次期社長を54階へ案内した
長年勤めた会社で、俺は「会社の金を着服した犯人」に仕立て上げられた。仕掛けたのは、幼い頃から貧しい実家を嘲笑い続け、社長の座に就いた幼馴染・元村だった。データを消され、嘘の噂を広められ、最後には経理の取り巻きまで使った罠で退職へ追い込まれる。祖父母を亡くした俺を拾い、育ててくれた恩人の会社だったからこそ耐えてきたが、犯罪者の濡れ衣まで着せられた瞬間、俺はついに決断した。「辞めます」と。すると元村たちは、俺が“オンボロ工場”へ落ちぶれるのだと大喜びし、見物させろとまで言い出した。俺は静かに笑って彼らを案内する。だが彼らは知らない。あの古びた工場の先に、俺がこれから向かう本当の場所があることを――。そしてエレベーターが54階へ上がった時、元村たちの顔から笑みが完全に消え始める。職場逆転2.0万字5 1697 -
完結第15話
不当解雇された高卒技術者の特許逆転劇
精密機械メーカーの技術者・中村誠は、高卒叩き上げであることを理由に、名門大卒のエリート上司・北川部長から「掃除とオイル交換しかできない無能な雑用係」と見下されていた。ある日、大口顧客向けの製品に二百個超の大量不良が発生。北川は自らの設定ミスを隠蔽し、誠を犯人に仕立て上げて責任を押し付ける。深夜に真相を暴くアクセスログのUSBメモリーを確保した誠だったが、直後に車に撥ねられ全治三ヶ月の重傷を負ってしまう。病室から連絡を入れると、北川は「好都合だ、クビにしておく」と嘲笑し電話を切った。だが誠が病室のベッドから特許庁へ出願した一枚の技術書類と、彼が去って完全沈黙した工場の製造ラインが、欺瞞に満ちた組織に前代未聞の崩壊をもたらす――。職場逆転|人生逆転2.5万字5 430 -
完結第10話
廃業寸前の豆腐屋に来た東大院卒の母親
廃業寸前の豆腐屋を営む俺の前に、4歳の娘を連れた美咲が「ここで働かせてください」と突然現れた。行く場所もなく、公園で夜を越そうとしていた親子を放っておけず、俺は店の2階に住まわせることにする。ところが、ただの訳ありシングルマザーだと思っていた美咲の正体は、東京大学大学院を卒業し、大手食品メーカーで商品開発を担っていた元研究員だった。彼女の知識で売れ残っていた豆腐は息を吹き返し、止まりかけた俺の人生まで少しずつ動き始める。だが、突然現れた元上司が「研究資料」を持ち出した疑いを突きつけ、根も葉もない噂によって取引先まで離れていく。迷惑をかけたくないと姿を消す美咲を前に、俺はもう見て見ぬふりをしないと決めた。彼女の潔白と、この店で一から積み上げたものを証明するため、俺は過去と向き合う――。そして2人の再起は、まだ誰も想像していなかった次の一手へと動き出す。職場逆転|修羅場2.0万字5 327 -
完結第14話
高卒エースを掃除係に落とした無能社長
大手玩具メーカーの営業エース・篠田零司は、高卒叩き上げながら十二年間にわたりトップの成績を維持してきた。だが、恩師である先代の矢吹会長が病で倒れ、新社長に就任した倉島哲也から全社報告会で突如「先月の達成率は三十パーセント、部内最下位のお荷物だ」と虚偽の数字で公開処刑される。強烈な学歴コンプレックスと嫉妬を燃やす倉島は、篠田を社長室の雑用係へと追いやったばかりか、彼が一年かけて心血を注いだ総額百億円の大型独占契約を故意に破談へ追い込む暴挙に出る。しかし、篠田の手元には「確定売上高一億四千二百万円」を証明する売上管理ファイルの原本が存在していた。理不尽の極みの中で静かに退職届を差し出した篠田。だが、現場の異変を察知した車椅子の矢吹会長が立ち上がり、握りつぶされた証拠が暴かれたとき、欺瞞に満ちた社長室に前代未聞の鉄槌が下される――。職場逆転|人生逆転2.9万字5 206 -
完結第10話
操縦桿が壊れた旅客機を救った町工場の技術者
太平洋上空1万メートル、機長と副操縦士が同時に意識を失い、300人を乗せた旅客機が墜落を始めた。 小型機の免許を持つ乗客が操縦桿を握るも、かえって機体は失速。絶望するチーフパーサー・長谷川絵里の前に現れたのは、パイロットではなく小柄な日本人技術者・佐藤だった。彼女は壊れた操縦桿には触れず、自ら設計に関わったフライトコンピューター、トリムホイール、左右のエンジン出力だけで機体を立て直す。しかし操縦系統は完全に死に、雷雲と燃料切れが迫る中、地上の専門家は「夜の太平洋へ不時着水せよ」と通告する。生存率は2割以下。それでも佐藤は羽田への着陸は理論上可能だと言う。残された条件は、絵里と300人の乗客が彼女の数字を信じ、一度きりの着陸にすべてを賭けることだった――。職場逆転3.6万字5 1340 -
完結第14話
雑用係の逆襲――百億の商談と偽りの女社長
病気の母の療養のため帰国し、学歴を「中卒」と偽って中小IT企業「藤山システム開発」に入社した森本大河。しかし傲慢な女社長・藤山薫からは「引きこもりの変人オタク」と蔑まれ、社運を賭けた百億円の新システム開発から外され雑用掃除係に追いやられてしまう。 だが大河の真の姿は、ハーバード大学を早期卒業しMIT大学院を修了した、世界が畏怖する伝説のスーパーホワイトハッカー「ミスター・モリティー」だった。迎えた海外メガIT企業首脳陣との商談当日、手配されていた通訳3名が全員ドタキャンし絶体絶命の危機に陥る。 「失敗したらクビ」と責任を押し付ける女社長の前で、大河が手元のコントローラーを操作して口を開いた瞬間、会議室の空気が一変する。そして明かされる社長の巨額不正と、タブレット端末に隠された決定的な証拠の行方は――。職場逆転|裡の顔1.9万字5 230 -
完結第24話
目覚めた部下にクビを問われた
地方旅館の火災で客を救い出し重傷を負った部下が目を覚ました。だが彼女の記憶は直近の二年分が抜け落ち、着任初日の私が冷酷に解雇を迫った日のまま止まっていた。会社は避難扉が開かなかった責任を彼女の記憶喪失に乗じて背負わせようと、退職金の支払いを口実に過失を認める書類への署名を病室で迫る。何も思い出せない部下は震える手でペンを握り、かつて自分を追い詰めたはずの私を怯えた目で見つめた。職場逆転|真実|裡の顔|修羅場3.7万字5 691 -
完結第30話
一万八千円の伝票
病を克服し、身なりを隠して自らのホテルへ宿泊客として訪れたオーナー・佐藤かず子。亡き夫と四十年にわたり心血を注いできた老舗ホテルは、かつての温もりを失い、強欲な支配人・中村の私欲に侵されていた。 きっかけは、わずか千八百円の粗末な昼定食に突きつけられた「一万八千円」の法外な伝票。中村たちは気の弱そうな高齢客を狙って組織的なぼったくりを繰り返し、さらにはホテルそのものを外資系ファンドへ売り飛ばそうと目論んでいた。 無力な老婆と侮られ、嘲笑と脅迫を受けるかず子。だが彼女の手には、亡き夫の誇りである一本の「蒔絵万年筆」と、深夜に掴んだ決定的な「裏帳簿」の証拠があった。誇りを泥靴で踏みにじられた元女将の、静かなる大反撃が今、幕を開ける――。職場逆転|真相4.6万字5 6317