"「飯抜き」と言われたので、夫との生活を全部やめました" 第4話
「おい、綾野。おさっきから何なんだ、その態度は!」
裕介が座卓を拳で叩いた。湯呑みの茶が波打ち、畳のに数滴こぼれ落ちる。
「親父たちの温かい申しに対して、謝の言葉つないどころか、仏頂面で拒絶しやがって! いいか、俺がとして命令する。仕事を今すぐ辞めて、来からこの実に引っ越して介護に入れ!」
綾野は座布団のに正座したまま、ややかな線を夫に向けた。
「お断りします。私は仕事を辞めませんし、元気なお義父さんの介護員になるつもりもありません。活費を稼いでいるのは私です」
「な……んだと!?」
裕介の顔がりで真っ赤に沸騰した。義両親ので恥をかかされたとじたのだろう。男は血った目を剥きしにし、信じがたい脅迫の言葉を突きつけてきた。
「おが気にも仕事を辞めず、実での同居を拒絶するって言うならな……いいか、今からおは『飯抜き』だ!!」
居の空気が瞬で凍りついた。
綾野はがを疑った。飯抜き? を過ぎたの夫婦ので、体何を言っているのだ、この男は。
「夫の言うことに従えない来損ないの嫁には、飯をう資格なんざねえ! 親父の介護をすると誓うまで、しかませねえからな! 自分がどれだけ恵まれたにいるか、飢えていれ!」
裕介は勝ち誇ったように息を荒くした。
広告
さらに恐ろしいことに、座卓の向かいに座っていた修造と登紀子が、その狂気じみた宣告に々と頷いたのだ。
「そうだ、裕介の言う通りだ」修造が腕組みをして偉そうに吐き捨てた。「夫に従えん女に、の飯をわせる必はない。厳しく躾けて、嫁の役割を叩き込みなさい」
「ええ、男をてられない妻なんて、世にしても恥ずかしいだけよ。しお腹を空かせて、反省しなさい」
登紀子までもが、淡な笑みを浮かべて賛同の声をげた。
この族は、全員が狂っている。
綾野のので、張り詰めていた糸がプツリと音をてて切れた。りやしみを通り越し、乾いた笑いすら込みげてきそうだった。
裕介が毎にしている米も、肉も、野菜も、すべて綾野が稼いだで購入し、綾野の労力で調理されたものだ。自分が誰ので命を繋ぎ止めているのかすら認識できないほど、この男の脳噌は怠惰と傲で腐り果てていた。
「……いいわよ」
綾野は静かに、しかしはっきりと呟いた。
「あ?」
「飯抜きで結構よ。どうぞお好きに。私は最初から、あなたの作ったご飯なんてもべたことありませんから」
綾野は座布団からちがり、自分のハンドバッグとコートをに取った。
「な、なんだその態度は! 座れ! 俺の許しなしに帰る気か!」
裕介がちがって鳴り散らし、義両親も「なんて教育を受けてきたんだ!」
広告
「親の顔が見てみたい!」と々に罵声を浴びせてくる。
綾野は度も振り返ることなく、玄関でパンプスを履いた。
「失礼いたします。どうぞご族入らずで、仲良くお過ごしください」
玄関の引き戸をピシャリと閉ざすと、背から裕介の「おい、待て! を置いていけ!」という醜悪な叫び声が微かに漏れ聞こえてきた。
夜のたい空気が、照った綾野の頬を優しく撫でた。
綾野は自宅のマンションへは向かわず、駅のビジネスホテルのフロントへ直した。シングルルームのカードキーを受け取り、清潔なベッドにを投げした瞬、過でわったことのない凄まじい解放が全を満たしていった。
だが、綾野の胸の奥底には、別の徹な違が澱のように沈んでいた。
——なぜ、あの男はあそこまで執拗に「同居と介護」に固執したのか。
単なる親孝の見栄にしては、タイミングが良すぎる。まるで、綾野を実に縛り付け、会社を辞めさせなければならない「別の切迫した理由」が、あの男の背に隠されているかのように——。
ビジネスホテルでの活は、驚くほど適だった。
翌朝、誰の朝を作る必もなく、静かな部で目覚めた綾野は、ホテルのビュッフェで焼きたてのクロワッサンと挽きたてのコーヒーをゆっくりとわった。
朝からの嫌を伺う必がないというだけで、世界がこれほど鮮やかに見えるものなのかとすら覚えた。
広告
おすすめ作品
-
完結第26話
特上寿司と、消えた妻の半年
3月31日22時、激務を終えて帰宅した私の席にあったのは、冷え切った白米一杯だけだった。目の前で1万8900円の特上寿司を頬張る夫と義母は、「反省したらおかずをあげる」と大笑いする。家計の大半を私が支えているにもかかわらず、9ヶ月間も「罰」として食事を奪われ、夫は横で嘲笑っていた。だが二人は知らない。私が半年かけて集めた出前明細の履歴と、義母が隠し持っていた一枚の申告書の存在を。「じゃあ、外で食べてきます」――二度と振り返らずにドアを閉めた夜、経理の私が仕掛けた冷徹な清算が幕を開ける。嫁姑|夫婦4.0万字5 448 -
完結第34話
妻の葬儀の夜、義母が外した指輪と娘の写真
妻・美保の葬儀が終わった夜、修二の結婚指輪を外したのは、亡き妻の母・麗子だった。「もう美保に隠す必要はないでしょう」と唇を寄せたその瞬間、娘・咲から1枚の写真が届く。そこには半年前の病院で抱き合う修二と麗子、そしてガラス越しに2人を見つめる病衣姿の美保が写っていた。 闘病中の妻を支える献身的な夫を演じながら、修二はいつしか自分の弱さを理解してくれる義母へ逃げ込み、越えてはならない境界を越えていた。しかも麗子は「美保も知っていた」「私がいなくなったら修二さんを1人にしないでと頼まれた」と主張し、その証拠となる録音まであるという。 だが翌朝、咲が告げたのは「お母さんの声を最後まで聞いて」という一言。 亡き妻が本当に残した言葉を前に、2人が都合よく信じてきた“許し”が崩れ始める――。夫婦|修羅場5.1万字5 612 -
完結第16話
十字の紙片と売られた生家
「母さん、老人ホームに入れ。この家も売る」息子夫婦はカナダ移住を前に、相場の半値以下の査定書と山奥の隔離施設のパンフレットを突きつけてきた。共働きで多忙な彼らに代わり、十年間孫娘を育て上げ、遺産から数百万円を用立ててきた私への仕打ちがこれだった。絶望に沈む私の手に、高校生の孫娘が震えながら押し込んだのは、固く折られた「十文字のチラシの紙片」。「明日の朝までに、実印と通帳は絶対に渡さないで」。深夜二時、一人で開いたその紙には、全てを覆す戦慄の計画が記されていた。私は仏壇の隠し金庫に手を伸ばし――。祖父母と孫|介護2.4万字5 426 -
完結第15話
全盲の義母が言い当てた味噌汁の色
「お味噌、白味噌に変えたでしょう?」。11年前の事故で全盲になったはずの義母・かず子が、漆塗りの椀を抱えて微笑んだ。亡き実母への後悔から、365日欠かさず介護と手料理を捧げてきた嫁の私。だが翌朝、ゴミ袋の底から現れたのは、手つかずのまま無残に捨てられた私の料理と、1万8千円の銀座高級寿司やフレンチのデリバリーレシート30枚だった。夫は「お前の味付けが悪い」と冷笑し取り合わない。孤立無援の中、弁護士の助言を得た私はある罠を仕掛ける。そして勝手口の前で義母が放った「ある一言」で、11年間の嘘が音を立てて崩れ去る――。嫁姑|真相2.3万字5 3039 -
完結第22話
夜勤の救急外来に運ばれた夫と義姉
深夜2時、救急外来で夜勤中の看護師・佐藤み咲のもとへ、交通事故で重傷を負った男女2人が搬送されてきた。シーツの下にいたのは、夫・拓也と義姉・麗子。しかも2人は、決して「姉弟愛」では説明できない姿で倒れていた。 み咲は5年間、看護師という仕事を見下す夫と、「子供も産めない」と侮辱する麗子、その2人を庇い続ける義母・里子に耐えてきた。 それでも彼女は感情を捨て、看護師として2人の命を救うことを選ぶ。 だが、惨状を目にした義母まで「全部あなたのせい」とみ咲を罵倒した瞬間、最後の迷いは消えた。 何年も残してきた暴言の記録と証拠を武器に、奪われ続けた人生を取り戻す反撃が静かに始まる――。夫婦|修羅場|不倫3.3万字5 2848 -
完結第15話
不当解雇された高卒技術者の特許逆転劇
精密機械メーカーの技術者・中村誠は、高卒叩き上げであることを理由に、名門大卒のエリート上司・北川部長から「掃除とオイル交換しかできない無能な雑用係」と見下されていた。ある日、大口顧客向けの製品に二百個超の大量不良が発生。北川は自らの設定ミスを隠蔽し、誠を犯人に仕立て上げて責任を押し付ける。深夜に真相を暴くアクセスログのUSBメモリーを確保した誠だったが、直後に車に撥ねられ全治三ヶ月の重傷を負ってしまう。病室から連絡を入れると、北川は「好都合だ、クビにしておく」と嘲笑し電話を切った。だが誠が病室のベッドから特許庁へ出願した一枚の技術書類と、彼が去って完全沈黙した工場の製造ラインが、欺瞞に満ちた組織に前代未聞の崩壊をもたらす――。職場逆転|人生逆転2.5万字5 430 -
完結第14話
高卒エースを掃除係に落とした無能社長
大手玩具メーカーの営業エース・篠田零司は、高卒叩き上げながら十二年間にわたりトップの成績を維持してきた。だが、恩師である先代の矢吹会長が病で倒れ、新社長に就任した倉島哲也から全社報告会で突如「先月の達成率は三十パーセント、部内最下位のお荷物だ」と虚偽の数字で公開処刑される。強烈な学歴コンプレックスと嫉妬を燃やす倉島は、篠田を社長室の雑用係へと追いやったばかりか、彼が一年かけて心血を注いだ総額百億円の大型独占契約を故意に破談へ追い込む暴挙に出る。しかし、篠田の手元には「確定売上高一億四千二百万円」を証明する売上管理ファイルの原本が存在していた。理不尽の極みの中で静かに退職届を差し出した篠田。だが、現場の異変を察知した車椅子の矢吹会長が立ち上がり、握りつぶされた証拠が暴かれたとき、欺瞞に満ちた社長室に前代未聞の鉄槌が下される――。職場逆転|人生逆転2.9万字5 208 -
完結第14話
月二十五万を貪る偽装役員一家の転落
外資系コンサルティングファームで働く小笠原萌子は、お見合いで大手企業勤務のエリート・東野広夢と結婚した。しかし新婚早々、夫の経歴が全て嘘で、定職すら就いていない無職だと発覚する。さらに広夢は「大企業の役員に抜擢された」と両親に大嘘を吹き込み、見栄を張る義父母は都心のタワマン家賃二十五万円や、百万円の旅行代を萌子の給料から平然と搾取し始めた。夫の度重なる深夜帰宅に不審を抱いた萌子が財布を探ると、そこには見知らぬ甘い香りと、黒地に金箔押しされた高級シティホテルの会員カードが。探偵の分厚い報告書によって夫のキャバクラ通いと裏切りが露呈したとき、萌子は離婚を決意する。だが、金の蛇口を止められた元夫と義家族の強欲は暴走し、SNSでの悪質なデマ拡散、そして新居への土足侵入へとエスカレートしていく。すべてを奪おうとする寄生虫たちに、萌子が下す冷徹な鉄槌とは――。嫁姑|夫婦2.4万字5 695