みかん小説
本棚

"操縦桿が壊れた旅客機を救った町工場の技術者" 第2話

飾りの操縦桿とさな

女性はの席の横に静かにしゃがみ込んだ。

そして、計器盤の央にあるさなキーボードのような械を見つめた。

フライトコンピューターだった。

女性の指が、信じられない速度でキーボードを弾き始めた。

画面に緑の文字が次々と表示される。

次に彼女は、座席の横にあるさな黒い輪にを伸ばした。

トリムホイールと呼ばれる、体の姿勢を微調する部品だった。

カチッ、カチッ、カチッ。

女性は正確なリズムでその輪を回した。

度にきく回すのではない。

体の反応を確かめるように、しずつ、確実に。

「何をしているの? 操縦桿を引かないと!」

絵里が叫んだ。

しかし女性は画面から目をさず、さらに輪を回した。

カチッ、カチッ。

その瞬だった。

落していた体が、まるで見えない巨なクッションに受け止められたように、ふわりと姿勢を直した。

激しい揺れがぴたりと止まる。

窓のに、再び平な空が戻ってきた。

内から乗客たちの堵のどよめきが聞こえる。

塚は信じられないという顔で、女性と操縦桿を交互に見つめた。

操縦桿は誰のにも触れられていない。

自操縦も切れたままだ。

それなのに、体は完全に定してんでいた。

絵里は震えるでちがった。

「あなた、パイロットなの?」

広告

絵里は問いかけた。

女性はキーボードからをさずに、首を横に振った。

「いいえ。私は本の航空部品で働く、ただのエンジニアです」

女性は佐藤と名乗った。

「佐藤さん、あなたがこのを直してくれたのね」

絵里の声には涙が混じっていた。

これで助かる。

絵里も塚もそう確信した。

しかし、佐藤の表は全く緩んでいなかった。

彼女はフライトコンピューターの画面を指差し、静かに言った。

「いいえ。本当の危はこれからです」

「どういうこと?」

絵里は顔をこわばらせた。

「先ほどの気系統のショートで、メインの操縦システムは完全に焼き切れています」

佐藤は淡々と言った。

「操縦桿はもう、ただの飾りです。引っ張ってもきません」

絵里の息が止まった。

「それじゃあ、どうやって着陸するの?」

佐藤は横にあるさなトリムホイールと、キーボードにを置いた。

「このバックアップの入力システムと、微調用の輪だけで、京の滑まで体を運びます」

それは、絵里のい航空業界の常識では絶対に能なことだった。

操縦桿はもうただの飾りです。

佐藤の言葉が、たいの吹き込む操縦に響いた。

体は定を取り戻し、平にんでいる。

しかし、絵里はその言葉をすぐには受け入れられなかった。

型旅客の操縦系統は、何にもバックアップが用されている。

広告

気系統がショートしたくらいで全てがかなくなるはずがない。

それが、絵里のの訓練で叩き込まれた常識だった。

「塚さん、席をって」

絵里は塚を副操縦士の席から押しした。

彼女は自らシートに座り、シートベルトを締める。

そして、両でしっかりと操縦桿を握った。

「絵里、何をする気だ?」

塚が慌てて止めるが、絵里は聞かない。

彼女は過に、内で暴れた乗客をで押さえ込み、全を守ったことがある。

危を救うのは常にい志と具体なだ。

誰かの言葉を鵜呑みにして諦めることは、絵里の信に反していた。

絵里は操縦桿をへ回した。

しかし、体は全く反応しない。

い。

まるでコンクリートの壁に固定されているかのように、操縦桿はピクリともかなかった。

今度は力を込めてに引いてみる。

スカッ。

突然、操縦桿が根元から折れたように、軽くてに倒れた。

ワイヤーが切れたような嫌な触だった。

それでも首はを向かない。

佐藤がさな画面から目をさずに言った。

「の油圧ケーブルをかす気信号が、完全に遮断されています」

佐藤の声は平坦だった。

「あなたが今引いたのは、どこの部品とも繋がっていないただの鉄の棒です」

絵里は操縦桿からをした。

背筋にたい汗が流れる。

広告

佐藤の言う通りだった。

この巨なは今、パイロットのを完全に失っている。

絵里はすぐにちがり、壁の棚から分いファイルを引き抜いた。

緊急操作マニュアルだった。

パイロットが識を失ったでも、客乗務員が最限の確認をえるように訓練されている。

絵里はページを素くめくった。

気系統の全喪失と油圧システムの具の項目を探す。

しかし、どこを探しても今の状況を解決する順はかれていない。

マニュアルは、最でもつの操縦システムがきていることを提に作られている。

「マニュアルには何ていてあるの」

塚がすがるような目で聞いた。

絵里は分いファイルを閉じた。

「何も。操縦桿が完全にんだの着陸方法は、もかれていないわ」

絶望な沈黙が落ちる。

にはと副操縦士が倒れたままだ。

酸素マスクをつけているが、識が戻る気配はない。

カチッ、カチッ。

静かな操縦に、さな輪を回す音だけが響いている。

佐藤だった。

彼女は絵里の絶望など気に留めず、ひたすら座席横のさなトリムホイールを回し続けていた。

そして、計器盤のに広げたノートをめくる。

使い古された表のノートだった。

そこには、びっしりときの数字と英語の記号が並んでいた。

広告

「佐藤さん、あなたはさっき、どうやって体をて直したの?」

絵里は尋ねた。

佐藤は輪からをさずに答える。

「このは、私が設計に関わったフライトコンピューターを積んでいます」

佐藤は計器盤の央にあるさなキーボードを指差した。

「操縦桿がんでも、体の姿勢を保つための微な補助システムは独した回線でくんです」

佐藤は指先をかした。

「のさと体のさを計算して、このキーボードで数字を入力する。そしてトリムホイールで首のを微調する。それだけで、はまっすぐにび続けます」

言葉で言うのは簡単だった。

しかし絵里には分かっていた。

これは速をる型バスのハンドルをし、アクセルとブレーキの配線だけをいじってカーブを曲がるようなものだ。

の力でできることではない。

だが事実として、体は今、揺れつなく夜空をんでいる。

佐藤の計算と指先だけで、百の命が空に繋ぎ止められているのだ。

ジリリリリリリッ!

壁のインターホンが鳴った。

方の客からの連絡だった。

絵里は受話器を取る。

「チーフ! 客がパニック寸です。急な揺れで怪もています。で何が起きているんですか?」

輩の客乗務員の声は恐怖で震えていた。

絵里はきく息を吸い込み、あえてい調で作った。

「落ち着きなさい」

絵里は声を張った。

「方の計器トラブルよ。すぐに定するわ。乗客を席に座らせておいて」

嘘だった。

しかしリーダーがを見せれば、客は完全に崩壊する。

絵里は受話器を置き、い息を吐いた。

マニュアルは役にたない。

腕力も通用しない。

残されたのは、この静かな本技術者だけだった。

「佐藤さん、京までこのまままっすぐべるのね」

絵里が祈るように尋ねた。

しかし、佐藤は首を横に振った。

「気象レーダーを確認しました」

佐藤は画面を示した。

「このまままっすぐべば、10分に巨なの壁に突入します」

佐藤の目が僅かに細められた。

「今の補助システムだけでは、い乱気流には耐えられません。空分解します」

絵里の息が止まった。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: