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"操縦桿が壊れた旅客機を救った町工場の技術者" 第5話

百のり

『250便、を変えるんだ!』

無線から田の焦燥した声が再び響いた。

の指示通り夜のへ向かえば、半の乗客がぬ。

しかし失敗の責任は管制官と会社が負う。

だが滑への着陸を選び、自分が操作に加わって墜落すれば、それは絵里自の責任になる。

計の針が容赦なくを刻んでいた。

絵里は、佐藤の汗にまみれた横顔と、赤いラインギリギリのエンジンメーターを交互に見つめた。

そして震える自分のをく握りしめた。

絵里のので、これまでので培ってきた全ての常識が警告を発していた。

の専チームの指示に逆らうことは、客乗務員の絶対なルール違反である。

もしき残ったとしても、航空会社からは即座に解雇され、最悪のは法な責任を問われる。

マニュアルに従い、への着を選ぶのが、彼女に許された唯の正しい選択だった。

絵里は操縦のドアのさな窓から客を覗き込んだ。

毛布に祈るように両を組んでいる配の夫婦。

幼い子供を抱きしめ、真っ青な顔をしている母親。

パニック寸の輩たち。

彼らは、絵里が全な所へ導いてくれると信じて、ただ静かに待っている。

へ向かえと言われれば、彼らは従うだろう。

そして暗いたい波にみ込まれ、半が命を落とす。

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絵里はゆっくりと振り返り、席の横に座る佐藤を見た。

彼女は自分がどれだけの命を背負っているかなど気にしていないかのように、ただ淡々と画面の数字を見つめ、キーボードを弾き続けていた。

ノートにき込まれた無数の数式。

汗ばんださな。

そのだけが今この瞬、を空に繋ぎ止めている。

『250便、返答がないがどうした? すぐにへ旋回しろ。猶予はない!』

無線から田の苛った声が響いた。

絵里はマイクにを伸ばした。

が震えている。

彼女は目を閉じ、きく呼吸をした。

そしてマイクのスイッチを押した。

「京管制。こちら250便。への旋回を拒否します」

無線の向こうで、誰かが子を蹴り倒すようなきな音がした。

『250便、君は自分が何を言っているのか分かっているのか! エンジン操作だけの着陸など、どんなシミュレーションでも能だと証されている!』

「シミュレーションのパイロットは、の作り方をっていましたか?」

絵里は自分でも驚くほど静かな声で答えた。

『なんだと?』

「この体を設計したエンジニア本が、着陸は能だと言っています。私たちはこれより京羽田空港へのアプローチを始します。空域を空けてください」

『川君! 君は客乗務員だろう。専の判断に逆らって、乗客を連れにする気か!』

田の声が鳴り声に変わった。

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絵里はその声を聞きながら、つの確信を抱いていた。

私が信じるのは、くれたの全な部にいるのシミュレーションではない。

今ここで、百の命をその指先つで支え続けている、このさな女性の事実だ。

「命令は維持します。滑への緊急両の配置をお願いします」

絵里はそれだけ言い残し、無線のスイッチを切った。

スピーカーからノイズが消え、操縦に再びトリムホイールの回るさな音だけが響き始めた。

絵里は佐藤の横にった。

「佐藤さん、あなたを信じるわ。私にエンジンレバーの操作を教えて」

佐藤はキーボードを打つを止めず、絵里を見げた。

その無表な顔に、ほんの瞬だけ微かなが差したように見えた。

「私の指示があるまで、絶対に触らないでください」

「ええ」

「そして指示がたら、秒の遅れもなく私が指定したミリ数だけかす。すぎてもなすぎても墜落します」

「わかったわ」

「自分の覚は捨ててください。あなたがじる体の傾きや揺れは全てフェイクです。信じるのは、私のからる数字だけです」

絵里はさく頷いた。

これまでの彼女の信は、自ら考えすることでパニックを鎮めるというものだった。

しかし今、彼女は自分の覚と判断を完全に封印し、自分よりはるかに若い女性の言葉だけに従うという選択をした。

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それは絵里にとって、あるでよりも恐ろしい決断だった。

もし失敗すれば、絵里のが直接百をに激突させることになるのだから。

「アプローチの準備に入ります」

佐藤がノートのページをめくった。

「現から羽田空港まで、きな旋回が回必です」

佐藤は計器盤の端を指差した。

「エンジンの温度計は、赤いラインを折越えてはわずかに戻るという危険なきを繰り返しています」

佐藤の声が沈んだ。

「旋回の度にエンジンにさらなる負荷がかかる。もし赤いラインを完全に超えてエンジンが止まれば、体はコントロールを失ってに落ちます」

「どうすればいいの?」

「エンジンの負担を減らすためには、体全体のバランスを変える必があります」

佐藤は画面を見つめた。

「側の翼を持ちげるために、内のを制に移させる」

佐藤は絵里の目を見た。

「客の乗客を全て、側の座席に移させてください。残らずです」

絵里は絶句した。

百の乗客を、に半分に押し込める。

そんなことをすれば、客は違いなくパニックに陥る。

「しでも揺れれば、っている乗客が怪をするわ」

絵里は焦った。

「それに、こんな異常な指示をせば、皆が恐怖で暴れすかもしれない」

「それでもやらなければ、エンジンは燃え尽きます」

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佐藤の言葉には片の迷いもなかった。

絵里は客へのドアを見つめた。

今度は彼女自が、百のパニックという巨な怪物にち向かわなければならない。

い言葉で押さえつけるのではなく、真実を伝え、彼らの協力を引きすために。

絵里はく息を吐き、インターホンの受話器をにした。

絵里は受話器をく握りしめ、内放送のボタンを押した。

「皆様、聞いてください。私はチーフパーサーの川絵里です」

自分の声が内のスピーカーからたく響くのをじた。

「現、体の方向を制御している側のエンジンに限界以の負担がかかっています」

絵里は言葉を区切った。

「このままではエンジンが止し、私たちはコントロールを失って墜落します」

それは、客乗務員として絶対ににしてはいけない言葉だった。

お客様を絶対ににさせない。

それが、彼女が守り続けてきたプロフェッショナルとしての誇りだった。

しかし、今その古い誇りは何の役にもたない。

必なのは百と真実を共し、共にくことだ。

「エンジンの負担を減らすため、体の側をくする必があります」

絵里は息ついた。

「これから客乗務員の指示に従い、全員側の座席や通へ移してください」

放送が終わるか終わらないかのうちに、客はどよめきと鳴に包まれた。

「けるわけないだろう! は真っ暗だぞ!」

「落ちる!」

ビジネスクラスの最列から、柄な塚がちがり、操縦のドアをく叩いた。

「絵里さん、正気か! 百が片側に寄れば、バランスが崩れてその瞬に裏返るぞ!」

塚の言う通りだった。

の航空内で極端な移をうことは自殺為にい。

の翼だけがくなれば、当然体はへ傾き、螺旋を描いてへ落ちる。

しかし、佐藤の計算はそれを提にしている。

そのだった。

ドンッ!

体がから巨なハンマーで叩かれたような、激しい衝撃を受けた。

い乱気流の領域に入ったのだ。

体が激しくに揺さぶられる。

っていた塚がに転がり、客から鳴ががった。

の荷物入れから、いくつかの荷物が通に落する。

歩くどころか、ちがることすら能な激しい揺れだった。

「これじゃ誰も移できない!」

絵里は壁のすりにしがみつきながら叫んだ。

佐藤は席でシートベルトに体を固定したまま、全く表を変えずに画面を見つめていた。

「気象レーダーには映らない、局な気流の乱れです」

「揺れを避けて! これじゃあ乗客をかせないわ!」

「避けることはできません。ですが、打ち消すことはできます」

佐藤の指がキーボードので目にも止まらぬ速さでき始めた。

彼女は計器盤の隅にある、体部の気圧センサーの数値を読み取っていた。

「このフライトコンピューターは、ただ体をまっすぐばすためのものではありません」

佐藤はトリムホイールにを置き、キーボードを弾きながら言った。

「本のさな町が作った、特殊な予測プログラムが組み込まれています」

佐藤の指が滑る。

「部の気圧変化を分の秒にし、が体を押しげるよりもく、エンジン力と首の角度を微調して衝撃を相殺する」

佐藤の指が、エンターキーをく叩いた。

「予測モード起」

その瞬、魔法のようなことが起きた。

窓のでは分いがものすごい速さで体をかすめ、猛烈なが吹き荒れているのが見える。

しかし、内の揺れがぴたりと止まったのだ。

まるで荒れ狂う嵐ので、このの周囲だけが完全に凍りついたように。

絵里の元に転がっていたペットボトルすら、ミリも転がらない。

自然なほどの静寂と定。

の力にわせて、佐藤がエンジン推力とトリムホイールを完璧な逆のきで操作し、揺れを完全に殺しているのだ。

絵里は息をんだ。

彼女は、数えきれないほどのベテランパイロットとんできた。

どんな熟練のパイロットでも、乱気流を力でねじ伏せることはできても、揺れそのものをなかったことにするなど絶対に能だ。

この本のエンジニアは、体を力で支配しているのではない。

体の声を聞き、の先を読み、自然と完全に調しているのだ。

「今です。この定は分しか維持できません」

佐藤がを向いたまま言った。

「分以内に全員をへ」

絵里は弾かれたようにちがり、客へのドアをけた。

「塚さん、って伝って!」

に座り込んでいた塚は、信じられないという顔で周囲を見渡した。

「揺れていない……は嵐なのに、どうして……」

「彼女が止めているのよ! く皆をへかして!」

絵里の力い叫びに、塚はに返った。

彼はちがり、方の客へ向かって声をげた。

「おい、聞いたか! 今すぐの席へ移るんだ! 急げ!」

絵里も通へびし、恐怖でけなくなっている乗客の肩を叩いて誘導を始めた。

「へ! 通でもいいから、とにかく側のスペースへ詰めてください!」

子供を抱えた母親が、震えながらちがる。

配の夫婦が互いを支えいながら、側の列へ移する。

輩の客乗務員たちも、絵里の気迫に押されて誘導に加わった。

百の乗客が斉に座席をち、半分へとなだれ込む。

体の側が異常にくなる。

普通なら、その瞬に体はへきく傾いて裏返る。

しかし、佐藤がのエンジン力を微妙にげ、トリムホイールを連続で調することで、体は完璧な平を保っていた。

「あと秒!」

佐藤の声が操縦から響く。

「全員そのに座って! 空いている席やのでもいいから、しっかり何かに掴まって!」

絵里が客全体に叫んだ。

乗客たちは側の空になりうように座り込み、シートベルトやすりをく握りしめた。

絵里は通の全を確認すると、素く操縦へび込み、分いドアを閉めた。

「移完したわ」

「予測モード解除します」

佐藤がキーを叩いた。

再び体に細かな振が戻ってくる。

しかし、先ほどの狂ったようなきな揺れはもう過ぎっていた。

絵里は計器盤の端にあるエンジンの温度計を見た。

赤いラインを何度も超えそうになっていた針が、ゆっくりと確実にがっていく。

体の側がくなったことで、首をへ向けるための物理な力が働き、のエンジンが無理な力をす必がなくなったのだ。

「温度ががっている」

絵里は震える声で呟いた。

百の乗客をに移させるという、狂気のような作戦が成功した。

エンジンの炎という最悪の危は、髪で回避されたのだ。

自分の殻を破り、乗客に真実を伝えた絵里の決断と、佐藤の技術が結びついた結果だった。

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