"操縦桿が壊れた旅客機を救った町工場の技術者" 第8話
引き返せない滑
「残り燃料パーセント。あと分で完全にゼロになります」
佐藤はフライトコンピューターの画面を切り替えた。
緑の軌跡が、京羽田空港のい滑の正面にぴたりとなっている。
度なる旋回と、エンジン推力だけでの無理な姿勢制御が、膨な燃料をいつぶしていた。
「これから滑へ向けた最終入ルートに入ります」
佐藤の声が、段とく鋭くなった。
「ここから度を落とし、滑へ向かって直線に滑りります。首をげるために残りの推力をギリギリまで絞る。それはつまり……」
佐藤は絵里の目をまっすぐに見つめた。
「度を始めれば、もう度とやり直しはできないということです」
絵里は息をんだ。
航空業界において、戻りできないアプローチほど恐ろしいものはない。
通常の着陸であれば、滑の直でに煽られたり位置がずれたりした、パイロットはエンジンを全にして再び空へ逃げる。
ゴーアラウンドと呼ばれる回避だ。
しかし、今のこの体にはもう、空へ逃げるための燃料が残っていない。
着陸の瞬に突が吹こうが、角度がずれようが、そのままに突っ込むしかないのだ。
「完全に本なのね」
「はい。ここから先は、の直滑と同じです。引き返すことはできません」
広告
佐藤は膝のの分いノートを閉じた。
そこにはもう、頼るべき計算式は残っていない。
ここから先は、自然のとのによる発勝負の領域だった。
「最のをへ戻してください。体のバランスを完全な央に戻し、を始します」
絵里はく頷き、再び客へ振り返った。
「最の、元の席へ!」
絵里の指示で、最のグループが通を渡った。
体の揺れにわせて慎に。
しかし確実に。
これで、百全員が本来の座席に戻った。
内は完全な静寂に包まれている。
絵里は通の央にち、百の顔を見渡した。
「皆さん、聞いてください」
絵里の声はマイクを使わなくても、客の隅々まで澄んで響いた。
「全員の協力のおかげで、体はエンジンの炎を免れました。本当にありがとう」
絵里はくをげた。
「これより当は、羽田空港への最終を始します。燃料の限界により、度しか着陸のチャンスはありません。激しい衝撃に備える姿勢を取ってください」
乗客たちが斉にを屈め、の座席に腕を回してを抱え込んだ。
恐怖の鳴はない。
全員が、絵里と佐藤のに命を預ける覚悟を決めていた。
塚も自分の席に座り、両での座席をく掴みながら、絵里に向かって無言で力く頷いた。
絵里は操縦へ戻り、副操縦士の席へ座って自分のシートベルトを固く締めた。
広告
「客準備、完したわ」
絵里の言葉を聞き、佐藤はキーボードのエンターキーに指を置いた。
「これより切の旋回を放棄、補助システムによる直線へ移します」
佐藤がキーをく叩いた。
ガクンというい属音が体部から響いた。
首がゆっくりとを向く。
力が変化し、絵里の体がシートベルトにく押し付けられた。
窓のの暗が割れ、の帯が現れた。
京ののかりのに、まっすぐに伸びる本のオレンジの直線。
滑だった。
「始」
佐藤のさなが、トリムホイールをカチリと回した。
巨な鉄の塊が、のへ向かって音もなく滑り落ちていく。
もう空へ逃げることはできない。
残されたのは、佐藤の指先と絵里が握るエンジンレバーだけだ。
ミリの誤差が、百の命を終わらせる。
絶対な本での最の戦いが始まった。
首がを向き、巨な鉄の塊が滑へ向かって滑りりていく。
度ががるにつれ、気圧の変化での奥がツンと痛んだ。
窓のには、京ののオレンジのが猛烈なスピードで拡しつつある。
『250便。こちら京管制』
スピーカーから田の張り詰めた声が響いた。
着陸能と言い放った彼も、今はもう絵里たちの決断を見守るしかない。
『滑のクリアランスは確保した。
広告
緊急両も配置済みだ。だが、最のは横の響を直接受ける。速の計算を度でも違えれば、体は滑かられて破するぞ』
「解しました」
絵里はく答え、マイクを置いた。
横。
それがでの着陸における最の敵だ。
体をまっすぐばそうとしても、見えないの力が横から体を押し流す。
通常のパイロットなら、そのをじ取って操縦桿を逆に切り、体を斜めに向けながら滑へ入するクラブアプローチなどの技術を使う。
しかし今の佐藤には操縦桿がない。
体の姿勢を保つさなトリムホイールと、キーボードの入力による予測制御しかないのだ。
佐藤の顔にはかつてないほどの緊張がっていた。
額の汗が目に入っても、彼女は拭おうともしない。
両はキーボードとトリムホイールのをき来し、目は画面の気圧センサーの数値をい入るように見つめている。
「度4000フィート。速の変化、予測範囲以内」
佐藤の声が今までよりもしだけくなっていた。
処理しなければならない報量が、彼女の脳の限界にづいている証拠だ。
絵里は佐藤の負担をしでも減らすため、数値を読みげてサポートに入った。
「度3000フィート、速度250。率よし」
「解、トリム調」
カチリ、カチリと輪を回す音が響く。
広告
滑のの帯がいよいよはっきりと形を成してきた。
本のオレンジの線のに、全な黒いアスファルトのが伸びている。
あそこに、この巨な輪をろさなければならない。
「度2000フィート。佐藤さん、から!」
絵里が計器を見て叫んだ。
部センサーが、からのい突を捉えたのだ。
体がから見えない巨なでドンと押され、へ流されそうになる。
滑のオレンジの線が、窓の側へずれ始めた。
このままでは、滑の横の芝に激突してしまう。
「予測入力、にいません。で修正します!」
佐藤の指がキーボードを激しく叩く。
同にでトリムホイールを素く回した。
体がきしみ音をげ、自然にに傾きながら、への押し流しに耐えようとする。
巨な力と力が、空で拮抗している。
「戻って!」
絵里は両で自分のシートベルトをく握りしめた。
祈るような数秒。
体はギリギリのバランスでに耐え切り、再び滑の延線へと戻ってきた。
佐藤がく息を吐く。
「度1000フィート、収まりました」
「ありがとう、佐藤さん」
絵里は佐藤の技術の正確さに、改めて驚かされていた。
操縦桿を持たない状態で、これほどまで精密に体をコントロールする。
これは彼女が体の設計段階から全ての部品の限界をり尽くしているからこその神業だった。
しかし堵したのもつかの、吉な子音が再び操縦に響き渡った。
ピリピリッ!
燃料計の赤いランプが、さらにい点滅に変わった。
「残り燃料ゼロにづいています」
佐藤の声がくなった。
滑まではあとし。
しかし、そのわずかな距をぶだけの燃料すらもう残っていないのだ。
体ののエンジンが、苦しげな音をてて咳き込み始めた。
ボボッ、という規則な燃焼。
推力が失われ、体がふわりとに落ちるような覚に襲われる。
「エンジンが止まる!」
絵里が叫んだ。
「推力を絞ります」
佐藤はためらわずに、央のエンジンレバーをへきく引いた。
エンジンの回転音が急激にがり、内は気なほど静かになった。
ただを切るゴーッという音だけが響いている。
「燃料を節約するため、推力を最限まで絞り、グライダーのように滑空して滑へ向かいます」
佐藤は画面を見つめながら言った。
「これで燃料の消費は抑えられます」
しかし、佐藤の言葉の先を絵里は理解した。
推力を絞るということは、体を支える力がまるということ。
つまり、落速度が急激にがるのだ。
滑にたどり着くに、のや防波堤に激突する危険性がねがる。
「度500フィート、速度しています」
絵里が速度計を見て言った。
体は完全に揚力を失いかけ、力に引かれて落ちていく。
滑のが猛烈なスピードでから迫ってくる。
このままの角度で突っ込めば、体はアスファルトに叩きつけられて砕け散る。
もっと首をげて、落速度を落とさなければならない。
「佐藤さん、首をげて!」
「トリムホイールの限界です。これ以首はがりません」
佐藤の声に絶望のが混じった。
気系統のショートにより、姿勢を制御する部品の部がかなくなっているのだ。
これ以首をげることは物理に能だった。
体が防波堤のの誘導灯をかすめるようにして通過する。
滑の黒いアスファルトが目に迫った。
このままの角度で接すれば、輪が最初に面に激突し、体は転して破する。
「だめだ、ぶつかる!」
絵里が目を閉じた瞬、佐藤が絵里の方を振り向いた。
「川さん! フラップのレバーを!」
佐藤が指差したのは、計器盤の側にある古いのレバーだった。
主翼の形を変え、空気抵抗を増やして首をげるための装置、フラップ。
通常は油圧でくが、緊急にはでワイヤーを引いてかすことができる。
しかしそのレバーは非常にく、佐藤のさな体では引くことができないのだ。
「私がやるわ!」
絵里はシートベルトをし、ちがってレバーにびついた。
両でしっかりと握り、体をかけてに引く。
「今!」
佐藤の叫びと同に、絵里は渾の力でレバーを引いた。
ガチャン!
というい属音が響き、主翼のフラップが気にがる。
烈な空気抵抗がまれ、体がふわりと浮きがるような覚に包まれた。
首ががり、体は理な角度で滑の空を滑る。
「衝撃に備えて!」
絵里が客に向かってマイクで叫んだ直。
ドンッ!
という巨な衝撃とともに、輪が羽田空港の滑に接した。
広告
おすすめ作品
-
完結第14話
雑用係の逆襲――百億の商談と偽りの女社長
病気の母の療養のため帰国し、学歴を「中卒」と偽って中小IT企業「藤山システム開発」に入社した森本大河。しかし傲慢な女社長・藤山薫からは「引きこもりの変人オタク」と蔑まれ、社運を賭けた百億円の新システム開発から外され雑用掃除係に追いやられてしまう。 だが大河の真の姿は、ハーバード大学を早期卒業しMIT大学院を修了した、世界が畏怖する伝説のスーパーホワイトハッカー「ミスター・モリティー」だった。迎えた海外メガIT企業首脳陣との商談当日、手配されていた通訳3名が全員ドタキャンし絶体絶命の危機に陥る。 「失敗したらクビ」と責任を押し付ける女社長の前で、大河が手元のコントローラーを操作して口を開いた瞬間、会議室の空気が一変する。そして明かされる社長の巨額不正と、タブレット端末に隠された決定的な証拠の行方は――。職場逆転|裡の顔1.9万字5 78 -
完結第24話
目覚めた部下にクビを問われた
地方旅館の火災で客を救い出し重傷を負った部下が目を覚ました。だが彼女の記憶は直近の二年分が抜け落ち、着任初日の私が冷酷に解雇を迫った日のまま止まっていた。会社は避難扉が開かなかった責任を彼女の記憶喪失に乗じて背負わせようと、退職金の支払いを口実に過失を認める書類への署名を病室で迫る。何も思い出せない部下は震える手でペンを握り、かつて自分を追い詰めたはずの私を怯えた目で見つめた。職場逆転|真実|裡の顔|修羅場3.7万字5 580 -
完結第30話
一万八千円の伝票
病を克服し、身なりを隠して自らのホテルへ宿泊客として訪れたオーナー・佐藤かず子。亡き夫と四十年にわたり心血を注いできた老舗ホテルは、かつての温もりを失い、強欲な支配人・中村の私欲に侵されていた。 きっかけは、わずか千八百円の粗末な昼定食に突きつけられた「一万八千円」の法外な伝票。中村たちは気の弱そうな高齢客を狙って組織的なぼったくりを繰り返し、さらにはホテルそのものを外資系ファンドへ売り飛ばそうと目論んでいた。 無力な老婆と侮られ、嘲笑と脅迫を受けるかず子。だが彼女の手には、亡き夫の誇りである一本の「蒔絵万年筆」と、深夜に掴んだ決定的な「裏帳簿」の証拠があった。誇りを泥靴で踏みにじられた元女将の、静かなる大反撃が今、幕を開ける――。職場逆転|真相4.6万字5 6181 -
完結第18話
清掃員のヤスリと50万フランの契約
「清掃員?なぜこんな奴を呼んだんだ?」――スイス・チューリッヒ郊外の機械工場で、最低賃金の夜勤清掃員として働く私・鈴木誠は、誰にも知られず古い12番機の異音を聞き分け、たった3分の手作業で精度を劇的に改善してしまう。4日後、3000個の歯車が99.9%の合格率を叩き出し、ドイツ本社の首席技術専門家ハインリヒとCEO秋山凛が原因究明のため工場へ乗り込んできた。防犯映像から私の仕業だと判明すると、専門家たちは「ただの清掃員にできるはずがない」と騒然。さらに別の不調機をその場で直したことで、私がかつて日本の宇宙航空産業を支え、“国宝級の匠”と呼ばれた特級職人だった過去まで掘り起こされる。なぜそんな男が異国で廃液を捨てているのか――事故の責任を背負って表舞台を去った私に、秋山は人生を変える一枚の契約書を差し出す。職場逆転2.6万字5 962 -
完結第23話
締め出された新社長
父から印刷会社を継ぎ、代表取締役として誰よりも早く出社した初日の朝、私のカードキーだけが赤く点滅して通用口が開かなかった。清掃員や入社三カ月の新人、配送トラックが次々と通過していく中、古参の会計は「先代の指示で権限を削除した」と告げる。社内では判断を下せる者がおらず、営業と現場の怒号が響き合い、輪転機が完全に停止した。私は閉ざされたガラス扉の脇にパイプ椅子を置き、冷たい缶コーヒーを握りしめた。職場逆転|人生逆転|怒り|親子関係|修羅場3.5万字5 183 -
完結第12話
社長夫人と平社員の妻
夫が勤める製造会社の先代社長の遺児であり、全株式の六割を握る筆頭株主である白石遥。彼女はその正体を隠し、現場社員の妻として慎ましく暮らしていた。しかし、先代の跡を継いだ新社長の妻・藤崎麗華は、夫が平社員である遥を見下し、婦人会の席で髪を掴んで「奴隷」と罵倒する。耐えかねた遥が「では、社長を解任します」と告げると、麗華はあざ笑うのだった。数日後、遥の名の入った「臨時株主総会招集請求書」が会社に届き、夫が密かに集めていた四千万円の不正流用の証拠が突きつけられる。窮地に陥った社長夫婦の前に、本当の支配者の正体が暴かれるとき、冷酷な因果応報の幕が上がる。職場逆転|因果応報1.8万字5 190 -
完結第22話
恩人弁護士の不可解な書類
満員電車の切り取り動画で炎上し、派遣先を不当解雇された私を、着手金ゼロで救ってくれたのは小さな事務所の弁護士だった。彼の尽力で示談を勝ち取り日常を取り戻した二ヶ月後、私は元上司のパワハラを訴えた見知らぬ後輩の裁判資料を目にする。そこには、私が弁護士の相談室で泣きながら話したはずの告白が、そのまま証拠として並んでいた。震える手で開いたその裁判記録の送達先には、私を救った恩人弁護士の事務所名が記されていた。職場逆転|因果応報|裡切られた|怒り3.4万字5 312 -
完結第10話
月給22万円の「給料泥棒」と50億円のAI
「首にしとくから一生寝とけ。高卒の給料泥棒が」――交通事故で全身に重傷を負い、病室に運ばれた私・み月りんへ届いたのは、8年間耐えてきた上司・気藤からの非情なメッセージだった。難病の母の治療費を払うため、月給22万円でも「無能」と罵られながら働き続けてきた私。だが会社の誰も知らなかった。顧客管理、会計、在庫を結ぶ基幹システムを一人で設計し、独自AIを開発、20件以上の特許まで持つ本当の実力を。しかも気藤は、その成果を自分の手柄として奪い続けていた。もう十分だ。私は病室から「本日付けで退職します」とだけ返信し、会社との連絡をすべて断つ。翌朝、社内の全システムが機能しなくなり、誰一人として復旧できない事態に。そこで初めて会社は、自分たちが“給料泥棒”と嘲った女性が何を支えていたのかを思い知ることになる――。職場逆転1.6万字5 1338