"母の葬儀から戻ると、私の寝台はもうなかった" 第1話
「待ちなさい。あなたは、もうには入れないよ」
昭3410の朝、本は県にある川紡績第の女子寮のでを止めた。夜列を乗り継いできたため、髪には煤がつき、両で抱えた呂敷包みには故郷のの匂いが残っていた。母の葬儀を終えてから、まだ2しかたっていなかった。
守の横からてきた寮母の滝川は、の顔をっているはずなのに、扉を半分閉めたままづこうとしなかった。は「第紡績の本です」と言い直したが、滝川はさく首を振った。「ってるよ。だから言ってるんだ。無断欠勤で、昨付けで退職になってる」
はをのみ込めず、呂敷を抱えたままち尽くした。母が急したという報を受け取った、主任の森には直接をげ、3の休暇を願いている。「4目の朝までには戻れ」と言われ、もそのつもりで故郷をた。ところが岐阜から名古へ向かう途、貨物列の事故の響で列が止まり、到着が丸1遅れたのだった。
「駅から話しました。交換のにもへつないでもらいました」
「私に言われても困るよ。とにかく4休んだんだろう」
「でも、主任さんには事を――」
「ちゃん」
滝川は困ったように声を落とすと、の横を指した。そこには見覚えのある青い段ボール箱が2つ置かれ、にはの名が墨でかれていた。
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からしだけ、母が縫ってくれた柄の寝着がのぞいている。
は箱へ歩み寄った。着替えも、鹸箱も、母から届いたも、故郷から持ってきたさな鏡も、すべて乱雑に詰め込まれていた。寮の6部に置いていたはずの私物が、のらないに「退職者の荷物」に変えられていた。
「部へかせてください。荷物を自分で確かめます」
「だめだよ」
「どうしてですか」
滝川は階を見げ、それから言いにくそうに答えた。
「あなたの寝台は、もう別の子に渡したの」
も階を見た。6部の番奥、窓際にあるのが自分の寝台だった。そこに見らぬ女がち、窓をしけてを見ていた。まだ幼さの残る丸い顔で、より3つも4つもに見える。
窓辺には青い洗面器が置かれていた。
が半以使っていたものだった。
女はのと目がうと、何か悪いことをしたようにすぐ姿を引っ込めた。はることもできず、ただ段ボール箱の角を握った。2に母をへ返したばかりなのに、今度は自分が帰るはずだった所まで、らないうちに消えていた。
そのの午、はの事務所へ呼ばれた。主任の森は机のに1枚のを置き、が子へ座るに「ここへ判を押せ」と言った。のには《自己都退職届》と印刷され、そのにはすでにの所属と氏名までき込まれていた。
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「私は辞めるなんて言ってません」
「無断で4も休んだだろう」
「3は許をもらいました。4目は列が止まったからです」
「は汽の都でいてるんじゃない。おがいないも械は回ってるんだ」
森はを見ず、引きしから茶い与袋をした。が封をくと、には予していた額の半分にも満たない幣しか入っていなかった。細には寮費、制代、貸与品精算、欠勤控除、寝具使用料と細かな数字が並び、最には《無断欠勤退職精算》という見たことのない項目まであった。
弟の正男は14歳だった。来には学を卒業し、へきたいと言っている。10歳の妹、子もいる。父をくしてから母とで支えてきただったが、その母もいなくなった今、今の送が途切れるだけで弟妹の活は揺らぐ。
「判を押したら、特別にもうししてやる」
森が退職届を指先で叩いた。
「押さなかったら?」
「この精算で終わりだ。おには弟と妹がいるんだろう。を張って困るのは、おじゃないぞ」
は巾着から印鑑をした。母がへ送りしてくれたに持たせてくれた、いの印鑑だった。指先に力を込めれば、あと数秒で話は終わる。
けれどは朱肉の蓋を閉めた。
「の夕方まで、考えさせてください」