"昭和29年、夫を亡くした私から船が奪われた" 第3話
久兵は申し訳なさそうに子を脱いだ。
「昨、潮見浦の漁協からが来た。うちも氷や油で世話になっとる。これ以貸すなら、向こうとの付きいを考えると言われた」
志津は久兵を責めなかった。
を借りれば、その持ち主を締めつける。
魚を持ち込めば、売りで断る。
それでも売れば、次はへる段そのものを消す。
井たちが守ろうとしているものは、ただ「女がに乗るのは危ない」という話ではないのだと、志津はようやく理解し始めた。
を失ったの夕方、志津がへ戻ると、浜へりる坂の途に信夫がっていた。ランドセルを背負ったまま、靴の先でを蹴っている。志津を見るなり「母ちゃん、俺、伯父さんのへく」と言った。
志津はすぐには返事をしなかった。徳蔵がまた何か言ったのだと分かったからだ。問い詰めると、学帰りに待っていた徳蔵から「おがうちへ来れば、母ちゃんにを使わせてやってもいい」と言われたらしい。
「俺、学はちゃんとく。終わったら伯父さんのところで働く。そうしたら母ちゃんもへられるんだろ」
「誰がそんな約束をしたの」
「伯父さん」
「信夫は?」
は黙った。
志津は息子の肩にを置いた。「それは信夫が決めたんじゃない。に、族を助けたかったら自分を差しせと言われただけ」
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と言うと、信夫は唇を噛んだ。父を失ってから度も泣かなかったの目から、その初めて粒の涙が落ちた。
「父ちゃんがおらんから、俺がやらんといけんとった」
「お父ちゃんがんだら、信夫の11歳まで緒にぬわけじゃない」
志津は息子を抱いた。
「学へきなさい。遊びなさい。腹が減ったら飯をべなさい。のは母ちゃんが考える」
その夜、志津は押し入れの奥から正の箱を引っ張りした。漁協の通、油代の控え、網を買ったの、古い揚げ細が雑然と詰め込まれていたが、の売買契約らしいものは見当たらない。登録票の控えにも所者としてかれているのは正だけだった。
結婚した頃の志津は、それを議だとったことすらなかった。夫婦なのだから、どちらの名でも同じだとっていた。魚を獲るのも、網を直すのも、を貯めるのもだったのに、のへ名をくだけ、それは正の仕事になっていた。
翌、志津は沿いのを2里ほど歩き、正のを造った吉松造所を訪ねた。の吉松は60歳を越えており、最初は4のさな造のことなど覚えていないと言ったが、「崎正」と聞くと奥の棚から古い帳面を何冊もしてきた。
注文主は《崎正》。価は10万8000円。やはり志津の名はなかった。
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志津が肩を落とした、吉松が別の束をめくるを止めた。
「待てよ。最初のは違ったはずじゃ」
い領収控えには、墨でこうかれていた。
《万千円 崎志津殿より受領》
志津はから目をせなかった。父のに乗って貯め、嫁入りのために取っておいただった。正が「古を直すより、し借りてものを造ろう」と言い、志津はその貯を全部した。
吉松もいしたように笑った。
「正が言っとったよ。女がで稼いだだから、なを造ったら俺がられるってな」
志津は笑えなかった。胸の奥で、正がまだきていた頃の声が瞬だけ戻ってきたからだ。
だが吉松は、さらに古い支払帳をいたところで眉を寄せた。
「残りは正が払っとる。ただ……ここに徳蔵の名がある」
昭257、の引き渡し直。《崎徳蔵より万円替》。
志津は初めて見る記録だった。
「3万円……」
「正はりん分を兄貴から借りたんじゃろう。俺は代さえ入れば、兄弟の貸し借りまではらん」
吉松はそう言ってから、別のを探した。しかし返済済みを示すものは造所にはない。を買う、志津がした1万8000円は証できたが、同に徳蔵が3万円をしたことまで証されてしまった。
へ戻る途、志津は何度も領収控えを見た。
自分にもへ入れたがある。
だが徳蔵にも、無関係ではいられないがある。
そして正は、そのことを妻に度も話していなかった。