"昭和29年、夫を亡くした私から船が奪われた" 第6話
「兄がいるから、兄へを渡さないといけないんでしょうか」
志津が尋ねると、男は怪訝そうな顔をした。
「奥さんとお子さんがいるんでしょう。なくとも、兄だから当然にを持っていけるという話ではありません」
志津は子に座ったまま、しばらくけなかった。
井は度もそんな説をしなかった。「名義は正だからかせない」「このでを扱える男は徳蔵だけだ」と言い、それをまるでつの決まりのように聞かせた。しかし実際には、正がんだからこそ、妻と子どもたちが続きを考える余があったのだ。
さらに志津は、漁協へ加入できる者についても尋ねた。担当者は「その組の定款や操業数などの条件は確認しないと分からない」と断ったうえで、なくとも「女だから」という言だけで全国律に資格がないわけではないと説した。
志津は帰りのバスので、膝に置いたを何度も読み返した。を取り戻せると決まったわけではない。借も、徳蔵との約束も、漁や組の条件も残っている。それでも井たちが「決まり」と呼んでいたもののに、法律ではなく、の男たちがそうしてきただけの部分が混じっていることは分かった。
へ戻ると、徳蔵が待っていた。
「役所へったそうだな」
らせのさに、志津は驚かなかった。
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潮見浦では誰が何のバスへ乗ったかまで、そのの夕方には浜へ広がる。
「きました」
「のことをへ持ちすな」
「の登録は井さんが決めることじゃないでしょう」
徳蔵の顔が険しくなった。
「法律だけで漁ができるとうな。漁も氷も油も、魚を売る所もでは作れん」
「だから話を分けましょう。借はいくら残っているのか。は誰のものなのか。漁協に入れる条件は何なのか。全部緒にして『女だから駄目』で終わらせないでください」
徳蔵は返事をしなかった。
その晩、志津は正の箱をもう度調べた。底板のに挟まっていたさな帳を見つけたのは、信夫だった。魚種と揚げ額ばかりの帳だったが、昭2812のページに、正の字でくかれていた。
《兄貴分、あと千百。までに終わる》
志津はその数字を何度も見た。
徳蔵が言った残は1万8400円。
正自が3かにいた残は6400円。
差は1万2000円だった。
今度こそ、数字のどちらかが違っていた。
を使えないが続く方、町の客からは「次はいつ来るの」と聞かれるようになっていた。志津は最初、その言葉を聞くたびに胸が痛んだ。へるがなければ、売りたくても魚がない。
ところがある朝、源が鯵の箱を抱えてへ来た。「昨のじゃ値がつかんかった。
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おの客なら買うか」と言う。志津は瞬考え、持ちのからそので代を払った。
「私が売れなかったら?」
「それはおの損じゃ」
「売れたら、次も同じ値で買います」
源は笑った。
「正より商売になったな」
その、志津は自分で魚を獲らず、源から買った魚を町へ運んだ。で値がつきにくいさな鯵だったが、庭で焼くには分で、昼までにほとんど売れた。利益は自分で漁をしたよりないが、を奪われても仕事を止めずに済む。
次に清吉が鰯を持ってきた。さらに数には、若い漁師の文治がさな蛸を6杯だけ回してくれた。志津は誰からいくらで買い、町でいくらで売ったかを学ノートへ必ずき、そののうちに代を払った。
漁協のでは、揚げしても精算が数になることがあった。に病がいたり、米代を急いで払いたかったりする漁師にとって、量でも現で受け取れる志津の買い方はった以に都がよかった。
ただし、井も黙ってはいなかった。
ある、文治が魚を持ってこなくなった。理由を聞くと、「組の製氷を使わせんと言われた」と声で答えた。源も油の共同購入について回しに注されたという。
志津は腹をてたが、に続けろとは言わなかった。
「まで困らせるつもりはありません。
無理ならやめてください」
「おはどうする」
「別の方法を探します」
志津は町の氷へき、魚を運ぶの分だけ直接買えないか頼んだ。