"昭和53年、棟梁が俺を毎晩残した理由" 第15話
半のに
葬儀には町のや材、棟梁が建てたの施主たちが集まった。俺のらない配のまで次々に焼へ来て、昔、源造に直してもらった漏りや、建て直してもらった納の話をしていった。あのは笑わない頑固者だとっていたが、会で交わされるいのには、器用な親切がいくつも残っていた。
ある老は、若いころがりず、の事を途で止めようとしたときの話をした。棟梁はできる仕事と待てる仕事を分け、族が暮らせるところまで先に仕げたという。「借りを作るのは嫌だと言ったら、が持ちすればそれでいいってられた」と老は笑った。俺は松浦の祖母の歩き方を確かめていた棟梁の姿をいした。
葬儀の翌、俺は作業へ戻った。材の匂いも、刃物をしまう棚も、いつもどおりそこにあったが、棟梁が使っていた削り台だけが妙に広く見えた。俺が箒を持つと、田さんがやって来て「今は休んでもいい」と言った。俺は首を振り、まずに落ちた鉋屑を集め始めた。
「これから、どうなるんでしょう」と聞くと、田さんはすぐに答えなかった。務の仕事をどう続けるかは、おさんと相談しなければならず、俺で決められることではない。歳の俺が急に棟梁になれるわけでもなく、職たちにもそれぞれ活がある。
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俺は初めて、技術を覚えることと仕事を引き受けることのに、まだきな距があるのだとった。
夕方、おさんが作業へ来た。には古いの具箱を抱えており、角は擦り減り、蓋には何度も塗り直した跡があった。棟梁が事にしていた箱だとすぐに分かったが、俺は受け取ってよいのか迷った。おさんは「これは、あのが直に渡すと決めていたものだから」と言い、作業台のへそっと置いた。
俺は箱をけるに、蓋へを置いた。毎晩叱られた記憶が、急に胸へ押し寄せてきた。褒めてくれなかったが、何を残したというのだろう。おさんは俺の隣へち、「ゆっくり見なさい」と言った。
具箱の蓋をけると、裏側にが枚貼ってあった。棟梁の太い字で、たった文字だけかれている。
「半」
俺はわず笑ってしまった。最の最までこれか、とったのだ。けれど笑い声はすぐに途切れ、の端がし浮いていることに気づいた。指でそっとめくると、そのにもう枚、さながねてあった。
「この箱をける頃には、」
俺は文字を何度も読み直した。棟梁の字はいつもの帳面と同じで、飾り気がなく、しへ傾いていた。おさんは黙って俺の肩へを置き、俺が自分で読み終えるまで何も言わなかった。
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褒め言葉を待ち続けた半が、ようやくつの形になった気がした。
箱の底には、布に包まれたしい鉋が丁入っていた。台は使い込まれておらず、刃もまだ研ぎ減っていない。側面にはさく「直」と彫られ、その横に「昭」と付があった。俺はを止め、もう度その付を確かめた。
の。俺がまだ掃除ばかりで、具に触らせてもらえず、辞めるつもりで呂敷をまとめていたころだ。棟梁はそのときすでに、俺の名を刻んだ鉋を用していた。病気が分かるよりもから、いつか俺へ具を渡すつもりでいたのだ。
「源造さんね、具に名を彫ってもらうのはすぎるって言われたんだよ」と、おさんが話した。「そしたら、く用して何が悪い、あいつが覚えるまでしまっておくんだって」。俺は鉋を胸へ抱え、ようやく声をげて泣いた。叱られた夜も、逃げようとしたも、あののでは途で終わる話ではなかったのだ。
田さんが箱を見て、静かにをげた。「親方らしいな。渡すときまで、ちゃんと黙ってたんだ」。俺は涙を拭いながら、蓋の裏の枚のをもう度見た。「半」と「」のには、俺が過ごした夜のが挟まっているようだった。俺は箱を閉め、今度は自分の両でしっかり持ちげた。