"成人式に消えた母と十三着目の振袖" 第9話
藤の糸が残した
宅配伝票の届け先は、神戸田区にあったさな台装だった。は2022に閉鎖され、元経営者の榊原澄が自宅で帳簿を保管していた。紗季が藤の振袖の写真を見せると、澄はすぐに《奈津さんの仕事》だと気づいた。
奈津子は2018からで働き、破れた装や古い着物の直しを担当していた。元を隠していたわけではなく、民票も本名で置き、社会保険にも加入している。警察が所照会を怠ったのではなく、2014の捜索が《横領容疑者の自主失踪》として期に縮され、そのの政記録と結びつけられていなかった。
捜索記録を確認すると、警察は失踪から4かに奈津子の健康保険が別県で使われたことを把握していた。それでも成女性が自分ので移したものとして、族へ通しなかった。横領の捜査も保険支払いに事実止まり、所を確認して事を聞く続きは取られていない。犯罪者と決めた記録が、犯罪を調べる会まで奪っていた。
紗季は警察の過失だけを追及するのではなく、当の判断根拠を示させた。そこには乃から提された加メール、千鶴の供述、俊夫作成の会計表が並び、反対の資料はつもなかった。政記録はに見えても、最初に提できた側の物語へきく傾くことが分かった。
広告
「娘さんを捨てたには見えなかった。でも、会いにくにも見えなかった」
澄はそう話した。奈津子は毎113に仕事を休み、藤の糸とい裏を机へしていた。娘へをくことはあっても、封筒へ所をかず、翌には破っていたという。された約束が無効だと分かっていても、娘のを壊すという恐怖が習慣になっていた。
2021、奈津子はインターネットの古着販売で紗季の振袖を見つけた。千鶴がの資繰りのため、紗季の承諾なく箪笥から持ちして売ったものだった。奈津子は匿名で買い戻し、傷んだ袖を直すよう澄へ依頼したが、完成に受け取りを止した。
「娘へ返したい。でも私が返せば、また選ばせずに過を押しつけることになる」
依頼の備考欄には、その言葉が残っていた。振袖はの閉鎖に委託倉庫へ移され、今も保管されていた。紗季は所権を確認したうえで受け取ったが、すぐ袖を通す気にはなれなかった。母が守った装であると同に、母が会う代わりに直し続けた10の象徴だった。
奈津子の与座からは、13の被害者に対応するように毎異なる額が送られていた。名義は匿名団体を装っていたが、計は240万円を超え、2020末には利息相当額まで含まれている。母は持ちしたを返したつもりだったのだろうが、相へ説せず送る方法は最まで変わらなかった。
広告
澄は、奈津子が20212にを辞めたと話した。胃の病気が見つかり、入院のため崎へくと言っていたが、送別会も断り、連絡先を残さなかった。机には《紗季へ渡すかどうかは、本に聞いてから決めてください》とかれた箱が残されていた。
箱には、破らず残された、架空契約の調査記、千鶴との公証役での会話を記録した原本があった。奈津子は娘へ許しを求めず、自分が気づくのを遅らせた契約、無断で持ちした240万円、葵の選択を奪ったことを項目ごとにいていた。
調査記の最終頁には、俊夫の会社が2020から別の方法で若者の分証を集めているという記録がある。成式の無料撮ではなく、就職用スーツの無償貸与を装い、関連する材会社で保証契約を作っていた。乃を閉じても、同じ仕組みを別の板で続ける計画だった。
紗季たちは過の名誉回復だけでなく、現の被害を止める必があった。真壁の証言、葵の契約、奈津子の記、13の信用報をまとめ、俊夫の材会社への捜索令状を求めた。千鶴が事聴取で夫と同じ説を続けるなら、共犯として責任を問われる段階に入っていた。
方、奈津子の2021以の記録は、崎の病院で途切れていた。病院は個報を理由に回答しなかったが、弁護士からの照会に対し、《該当者は退院済み。
本による連絡制限あり》とだけ返した。の記録はなく、なくとも退院には自分で連絡先を制限できる状態だった。
箱の底には、崎港からる島航の半券が1枚入っていた。付は2022113、き先は800ほどの黒島だった。裏面には奈津子の字で、《会わないことを、もう千鶴のせいだけにはできない》とかれていた。
広告
おすすめ作品
-
完結第11話
九時三十四分の地下鉄、消えた暴行犯
午前九時三十四分、地下鉄の車内で若い男が突如狂乱し、中年客の顔面を骨が軋むほど殴打した。床一面に飛び散る鮮血。だが、隣に座る同じ社章をつけた上司は、ただ口をあわあわと震わせ「腰を抜かして」座り込むだけだった。乗客たちと男を取り押さえ、駅員にすべてを通報した俺。しかし翌日、警察の発表も新聞の三面記事も、この凄惨な事件を「最初から存在しなかった」かのように完全に黙殺していた。なぜあの凄惨な暴力は一行も報道されず、駅の防犯カメラ映像すら消去されたのか。数年後、俺はある大手企業の役員名簿の中に、あの朝、冷たいホームの柱にすがってガタガタと震えていた「あの上司」の顔写真を見つけ、息を呑んだ――。ミステリー|真実1.6万字5 101 -
完結第24話
目覚めた部下にクビを問われた
地方旅館の火災で客を救い出し重傷を負った部下が目を覚ました。だが彼女の記憶は直近の二年分が抜け落ち、着任初日の私が冷酷に解雇を迫った日のまま止まっていた。会社は避難扉が開かなかった責任を彼女の記憶喪失に乗じて背負わせようと、退職金の支払いを口実に過失を認める書類への署名を病室で迫る。何も思い出せない部下は震える手でペンを握り、かつて自分を追い詰めたはずの私を怯えた目で見つめた。職場逆転|真実|裡の顔|修羅場3.7万字5 691 -
完結第20話
教室の最後列に座る元教員
定年退職した元教員の私は、一度も教えたことのない男子生徒の保護者会に、身元を偽って六年間通い続けていた。教室の最後列から見つめる先には、油まみれの作業着を着た父親が座っている。受付簿の不審な記録に気づいた校長から昇降口で問い詰められた帰り道、桜が散る坂道でその父親が私の前に立ちふさがった。二十四年前の元教え子だったその男は、振り返りもせず、私の背中に向けて「あの席、あと何年座るつもりですか」と低く告げ怒り|真実|親子関係|修羅場3.1万字5 122 -
完結第23話
十八年ぶりの切符「次は三人で来い」
「二度と敷居を跨ぐな」――十八年前、父・源蔵の激しい怒声を背に村を飛び出した美雪。母の葬儀すら拒絶し、東京で夫の高一、息子の蒼太と平穏な家庭を築きながらも、心の奥に深い罪悪感を抱え続けていた。 ある秋の日、頑固一徹だった父が倒れたとの報せが届く。恐る恐る帰郷した美雪を迎えたのは、小さく老いさらばえた父の姿だった。互いに素直になれぬまま病室で交わしたわずかな言葉。だが、生家から持ち帰らされた重い桐箱と古いボストンバッグを開けた瞬間、美雪の息は止まる。 そこには、出金記録ゼロのまま膨れ上がった美雪名義の通帳と、十三年前の日付が記された「高一君へ」という父の手紙が眠っていた。父が十八年間隠し通してきた、想像を絶する真実とは――。真実|修羅場3.5万字5 1026 -
完結第19話
三十二人目の卒業写真
教職を退いた夜、三十年前に送り出した最初の教え子たちが開いてくれた送別会で、私は三十一人分の感謝の手紙を受け取った。だが自宅で数え直すと、名簿にない三十二通目の白い封筒が混ざっていた。便箋には「全員が卒業しました。私一人を残して」とだけ記されていた。翌日、私が困惑して生徒たちに当時の記憶を尋ねると、誰もが存在を否定し、深夜の受話器の向こうから「あの子のこと、墓場まで隠し通すつもりですか」昭和|ミステリー|因果応報|真相2.8万字5 176 -
完結第18話
ゴミ箱の隣に座る学年一位
学年1位を守り続けてきた娘が、二学期に入ると突然一番後ろの席に移動させられ、学級委員長も外された。何か処分を受けたのかと学校へ詰め寄る私に、娘は「この席でいいの」とだけ言い、何も説明しようとしない。納得できないまま迎えた参観日、教室の後ろに立つ私は、娘の隣にぽつんと置かれた空っぽの机に気づいた。誰の席なのかと問い詰める私に、担任は教室の隅を見つめ、「娘さんが残してくれと頼んできたんです」と静かに告げた。怒り|真実|孤獨|親子関係|修羅場2.8万字5 161 -
完結第25話
一度も抱かれなかった娘
出産翌日に姿を消した妻の代わりに、私は男手一つで娘を育ててきた。「母親は抱っこも拒んで逃げた」と言い聞かせ続けて五年。カルテの保管期限が切れ、産院に呼び出された私の前に置かれたのは、妻が失踪直前に提出した母子同室申請書と一枚のガーゼだった。申請書の最下段には私の拒否印が押されており、持ち帰った鞄からこぼれ落ちた布を拾い上げた五歳の娘は、ピンクの刺繍を指でなぞりながら私を見上げた。夫婦|真相|行方不明|親子関係3.8万字5 142 -
完結第21話
十年前に死んでいた夫
病に倒れた夫を十三年間看取り、質素な火葬を終えた私は、医療記録の精算のため大久保総合病院の窓口へ向かった。だが職員から告げられたのは、データベースに夫の名はなく、提示した診察券は十年前に死亡した二十代の別人の番号だという宣告だった。半乱心で戻ったアパートを捜索するも、夫名義の保険証も免許証も通帳すら一枚も見当たらない。十三年間私の隣で息をしていた男の痕跡が、この世のどこにも存在しない現実に立ち尽くした。ミステリー|夫婦|介護|修羅場3.1万字5 2982 -
完結第17話
何番まで落ちたら離婚するの
三年連続で学年一位を取り続ける十二歳の息子。深夜まで勉強に付き添う私と、追い詰めるなと制する夫は、外食先でも教育方針を巡って激しく口論していた。沈黙していた息子は突然、「僕が何番まで落ちたら二人は離婚するの」と冷たく言い放ち、鞄から直近三回分のテスト用紙を取り出した。そこに並んでいたのは、最難関の応用問題だけが解かれ、一番簡単な基礎計算だけを全て意図的に間違えた、信じがたい異様な答案だった。夫婦|真実|親子関係|修羅場2.6万字5 621