"七年後、屋上で見つかった妻の秘密" 第3話
こちらの確認ミスです」
シゲルは淡々とをげ、朱肉をつけて訂正印を押した。単なる事務な違い。誰もがそこで納得し、笑って終わらせるはずの些細な来事だった。
しかし、シゲルが台帳のページをにめくっていたその数秒、ミキの鋭い線は、かれた過の記録のに釘付けになっていた。
『198911 気災復旧事・主配管修繕費精算 支払先:吉永務 百万円也』
商業で建築積算の基礎も学んでいたミキのので、警報のような違が鋭く鳴り響いた。
の災の規模は、自治会の過資料で把握していた。の配盤が部焼け焦げ、送ポンプのバイパス管がで変形した程度のボヤだったはずだ。なぜ、その程度の規模な修繕に百万円もの巨額の修繕積が括で支されているのか。当の般な相から見ても、らかに倍以の額だった。
「シゲルさん……この事って、どなたが発注されたんですか?」
わずをついてた質問に、シゲルのめくるがピタリと止まった。
ゆっくりと顔をげた管理の瞳には、いつもの穏やかなはなく、底のれない暗いが張り付いていた。
「……当の理事会で承認された正規の事ですよ。災ので、目に見えない配管の奥まで損傷しておりましたからな。
広告
専の業者でなければ直せないな修繕でした」
シゲルの声はく、平坦だった。っているわけでも、取り乱しているわけでもない。ただ、それ以の質問を完全に拒絶するような、たい壁がそこにあった。
「あ……そうだったんですね。失礼しました」
ミキは努めて自然な笑みを作り、会釈をして事務所をた。
だが、のたいが吹き抜けるエントランスを歩きながら、彼女の臓は激しく波打っていた。
吉永務。その代表者の名は、郎。
あの災の際、シゲルが煙のから命懸けで背負って救いしたとされる、今もこのマンションの階で暮らしをしているの自由な老だった。
度芽えた疑惑は、帳簿の数字をめくるたびに輪郭を鮮にしていった。
ミキは誰にも相談しなかった。夫の健に話せば「考えすぎだ」「管理さんに失礼だろ」と蹴されるのが目に見えていたし、自治会の主婦たちに話せば、瞬くに根拠のない噂として広がり、無用な混乱を招いてしまう。何より、シゲルという男がこのマンションで築きげてきた「完璧な管理」としての信望はく、確固たる証拠もなしにをくことは危険すぎた。
「自分で確かめるしかない」
ミキは毎朝のヨガ教へくふりをして、普段着のにのトレンチコートを羽織り、型のトートバッグに記用具とノートを忍ばせてをるようになった。
広告
彼女のが向かったのは、ヨガ教とは反対方向のバスだった。
鹿児島に乗り継ぎ、向かった先は鹿児島役所の本庁舎。な案内板を確認し、階にある「建築指導課」と「都計画課」の窓へ向かった。
「すみません、民建築物の過の竣図と、指定確認検査に関する台帳の閲覧を申請したいのですが」
受付の職員に々とをげ、所定の請求用に必事項を記入する。閲覧数料を銭入れから支払い、暗い閲覧の製テーブルで、職員が庫から運んできた埃っぽい青焼きの図面ファイルをいた。
図面の片隅に記された文字を、シャーペンで丹にノートへき写していく。
サングリーンの竣は19863。元請けのゼネコンのに、数社の請け業者の名が並んでいた。その内装・配管事の施責任者欄に、やはりあの名があった。
『請負:吉永務 代表 吉永郎』
さらにミキは、消防局の予防課へもを伸ばした。1989の災記録、現見分調の約、そして修繕の全確認検査報告。公文として示された記録を照すればするほど、自然な事実が浮き彫りになっていった。
実際の焼損面積はわずか平方メートル。配管の交換箇所も、ポンプ内の部分数メートルに過ぎない。消防の記録に残る被害規模と、マンションの帳簿に記された「百万円」
広告
おすすめ作品
-
完結第14話
「死産」と告げた院長と20年目の出生記録
20年前、出産した娘を「死産でした」と告げられた私・佐藤しず子。しかし私は、麻酔の中で確かに聞いた産声を一度も忘れられなかった。 真実を確かめるため、私は清英産婦人科医院の清掃員として20年間働き続け、誰にも気づかれず院内の秘密を探ってきた。そんなある夜、若い看護師から「まだ間に合います。あなたの娘さん生きています」と書かれた紙を渡される。 やがて地下の保管庫へ忍び込んだ私は、自分の出産記録の隣に「佐藤女児――転送」と記された手帳を発見する。 さらにそこには複数の新生児と金銭の記録まで残されていた。娘を奪ったのは誰なのか。そして病院は20年間、何を隠してきたのか。見下され続けた“掃除婦”は、集めた証拠を手に院長・安藤剛と対峙する――。真相|修羅場2.1万字5 407 -
完結第11話
九時三十四分の地下鉄、消えた暴行犯
午前九時三十四分、地下鉄の車内で若い男が突如狂乱し、中年客の顔面を骨が軋むほど殴打した。床一面に飛び散る鮮血。だが、隣に座る同じ社章をつけた上司は、ただ口をあわあわと震わせ「腰を抜かして」座り込むだけだった。乗客たちと男を取り押さえ、駅員にすべてを通報した俺。しかし翌日、警察の発表も新聞の三面記事も、この凄惨な事件を「最初から存在しなかった」かのように完全に黙殺していた。なぜあの凄惨な暴力は一行も報道されず、駅の防犯カメラ映像すら消去されたのか。数年後、俺はある大手企業の役員名簿の中に、あの朝、冷たいホームの柱にすがってガタガタと震えていた「あの上司」の顔写真を見つけ、息を呑んだ――。ミステリー|真実1.6万字5 101 -
完結第15話
全盲の義母が言い当てた味噌汁の色
「お味噌、白味噌に変えたでしょう?」。11年前の事故で全盲になったはずの義母・かず子が、漆塗りの椀を抱えて微笑んだ。亡き実母への後悔から、365日欠かさず介護と手料理を捧げてきた嫁の私。だが翌朝、ゴミ袋の底から現れたのは、手つかずのまま無残に捨てられた私の料理と、1万8千円の銀座高級寿司やフレンチのデリバリーレシート30枚だった。夫は「お前の味付けが悪い」と冷笑し取り合わない。孤立無援の中、弁護士の助言を得た私はある罠を仕掛ける。そして勝手口の前で義母が放った「ある一言」で、11年間の嘘が音を立てて崩れ去る――。嫁姑|真相2.3万字5 3039 -
完結第25話
底辺受付嬢を見下す役員たちの誤算
父の会社は、最も信頼していた人間の裏切りによって無惨に食い物にされた。巨額の負債を背負い、絶望の中で病に倒れた父。私はその冷酷な真相を暴くため、ハーバード大の博士号を隠し、ただの「受付嬢」として敵の中枢である星空グループに潜入した。 誰からも見下され、理不尽な侮辱に耐え忍ぶこと3年。息を潜めて集めた証拠が示したのは、あまりにも残酷な真実だった。父を破産に追い込み、私から全てを奪った黒幕の正体は、父が家族のように慕っていた古参役員だったのだ。 「黒幕は役員会の中にいる」――私を守るため、父が命懸けで残してくれた最期のメッセージを知った時、胸の奥の悲しみは絶対的な冷酷さを持つ復讐の炎へと変わった。私の素性を知る新社長のハルトや、父の旧友たちと共に、私は決して逃れられない完璧な包囲網を密かに築き上げていく。 そして迎えた運命の役員会。全てを掌握したと信じ、私の前で勝ち誇る黒幕。だが彼はまだ知らない。無力な受付嬢だと思っていた私が、彼を社会的死の淵へと突き落とす致命的な罠を仕掛けていたことを。仮面を脱ぎ捨てた時、強欲な悪魔を地獄の底へと引きずり下ろす、容赦なき反撃が幕を開ける――。因果応報|真相|修羅場3.8万字5 1809 -
完結第21話
母がナイフで砕いた自分の名前
母の七十歳の祝いで、私は家族に尽くし続けた母に自分の人生を取り戻してほしい一心から、ケーキのプレートに書かれた夫の姓を削り落とし、母の旧姓を書き直した。これで母は喜んでくれるはずだった。しかし母は青ざめ、「誰が戻りたいなんて言ったの」と私を睨みつけると、ナイフを掴んで自分の名前を何度も突き刺し粉々に叩き割った。家族全員から責め立てられた私は、母の部屋で底面を無残に削り取られた大量の人形を見つける。怒り|兄弟姉妹|真相|親子関係|修羅場3.1万字5 137 -
完結第20話
偽りの仕送りと緑の通帳
専業主婦の佐藤真美は、長年にわたり傲慢な義母・君代から「無収入の居候」と見下され続けてきた。夫の減給により進学を断念し、誇りを持って介護職に就いた二十歳の娘・奈々までも、義母は「高卒の無能な孫」と親戚の前で嘲笑する。さらに君代は「長男の嫁・恭子を見習い、毎月十五万円を仕送りしろ」と理不尽な要求を突きつけてきた。耐えかねた真美が恭子に相談すると、長男一家の仕送りに隠された信じがたい事実が判明する。義母の言う通り「見習う」ことを決意した真美は、夫の浩一を巻き込み、スマートフォンに収めたATMの振込画面の写真と、タンスの上の空の茶封筒を使ったある計画を仕掛ける。だが、疑念を深めた義母が「緑の銀行通帳」を差し出し、記帳を命じたことで事態は急転する――。嫁姑|真相3.0万字5 721 -
完結第30話
一万八千円の伝票
病を克服し、身なりを隠して自らのホテルへ宿泊客として訪れたオーナー・佐藤かず子。亡き夫と四十年にわたり心血を注いできた老舗ホテルは、かつての温もりを失い、強欲な支配人・中村の私欲に侵されていた。 きっかけは、わずか千八百円の粗末な昼定食に突きつけられた「一万八千円」の法外な伝票。中村たちは気の弱そうな高齢客を狙って組織的なぼったくりを繰り返し、さらにはホテルそのものを外資系ファンドへ売り飛ばそうと目論んでいた。 無力な老婆と侮られ、嘲笑と脅迫を受けるかず子。だが彼女の手には、亡き夫の誇りである一本の「蒔絵万年筆」と、深夜に掴んだ決定的な「裏帳簿」の証拠があった。誇りを泥靴で踏みにじられた元女将の、静かなる大反撃が今、幕を開ける――。職場逆転|真相4.6万字5 6321 -
完結第19話
三十二人目の卒業写真
教職を退いた夜、三十年前に送り出した最初の教え子たちが開いてくれた送別会で、私は三十一人分の感謝の手紙を受け取った。だが自宅で数え直すと、名簿にない三十二通目の白い封筒が混ざっていた。便箋には「全員が卒業しました。私一人を残して」とだけ記されていた。翌日、私が困惑して生徒たちに当時の記憶を尋ねると、誰もが存在を否定し、深夜の受話器の向こうから「あの子のこと、墓場まで隠し通すつもりですか」昭和|ミステリー|因果応報|真相2.8万字5 176 -
完結第25話
一度も抱かれなかった娘
出産翌日に姿を消した妻の代わりに、私は男手一つで娘を育ててきた。「母親は抱っこも拒んで逃げた」と言い聞かせ続けて五年。カルテの保管期限が切れ、産院に呼び出された私の前に置かれたのは、妻が失踪直前に提出した母子同室申請書と一枚のガーゼだった。申請書の最下段には私の拒否印が押されており、持ち帰った鞄からこぼれ落ちた布を拾い上げた五歳の娘は、ピンクの刺繍を指でなぞりながら私を見上げた。夫婦|真相|行方不明|親子関係3.8万字5 142