"13年前に消えた娘が、元隣人のSNSにいた" 第2話
擦れ違う祈りと諦
雅弘は乱れた髪をで押さえながら、部ので埃を払っている妻の背を、痛ましさとい疲労の入り混じった目で見つめていた。
「……えみ」
く掠れた声に、えみはを止めて振り返った。
雅弘の目元には、こので刻まれたい皺が幾にも寄っていた。メーカーの営業職として族を支えてきた男だが、娘の失踪直は会社を何ヶも休職し、私財を投げ打って探偵を雇い、全国を駆け巡った。しかし、結果はすべて空振りに終わった。が経つにつれ、雅弘は「これ以傷つかないための防壁」として、徹な現実主義をに纏うようになっていた。
「丈夫かい」
雅弘が歩み寄り、えみの肩にそっとを置いた。使い慣れた彼のアフターシェーブローションのりが、微かに漂う。
「……慣れないわね。経っても、今朝カレンダーを見た瞬、胸が押し潰されそうになったわ」
えみは夫の胸に顔を埋めた。雅弘の腕が、包み込むようにえみの背に回る。しかし、その抱擁の奥に潜むかすかな躊躇いを、えみは敏にじ取っていた。
「分かっているよ」雅弘は静かに息を吐きし、言葉を選びながら言った。「辛いのは分かる。君が毎、こうして部を綺麗にえているのも理解しているつもりだ。でもね、えみ……そろそろ、を向くことを考えなきゃいけないんじゃないだろうか」
広告
えみはゆっくりと体を引きし、夫の瞳を真っ直ぐに見据えた。
「を向くって、どういうこと? あの子を忘れるってこと?」
「そうじゃない!」雅弘は苛ちを隠すように語気をめ、すぐに声を落とした。「忘れるわけがないだろう。俺の娘だ。だけど、もうだぞ。くるみがきていれば歳だ。だよ。……警察の捜査も事実凍結されている。俺たちがこうして過の霊に囚われたままち止まっていて、何になるんだ」
「霊なんかじゃないわ」えみは首を振った。「あの子がもし、どこかの空のできていて、いつかこのを探して帰ってきたらどうするの? 部がなくなっていたら、あの子はどこへ帰ればいいのよ」
「えみ……」
雅弘の顔に、諦めと困惑のが広がった。論理に考えれば、警察が「の能性は極めてい」と結論づけた事件であることはだった。しかし、母胎から命を送りした母親にとって、遺体も発見されていない娘のを「」として処理することは、魂そのものを切り捨てることと同義だった。
の沈黙を破ったのは、チェストので充されていたデジタルカメラの子音だった。
ピピッというい音とともに、充完のさな緑のLEDが点灯する。
えみはベッドの端に腰をろし、カメラの源を入れた。液晶画面に青いが灯り、保されていた古いSDカードのサムネイル画像が読み込まれていく。
広告
雅弘も諦めたようにため息をつき、えみの隣に腰を落とした。
は無言のまま、数の画像をスクロールしていった。物園でソフトクリームをにつけて笑うくるみ。砂浜で赤いバケツを持ってるくるみ。そして、枚の写真でえみの指が止まった。
〇〇。失踪の、歳の誕の朝に撮された自撮り写真だった。
ベッドので、まだあどけない笑顔を浮かべるくるみが、えみの頬に自分の頬をぴったりとくっつけ、カメラのレンズを指差して笑っている。陽だまりのような温もりと、完全な幸福が、さな液晶画面のに閉じ込められていた。
「う……っ、うう……」
耐えきれなくなったえみの瞳から粒の涙が溢れし、カメラの画面のにポタポタと落ちた。
「くるみ……どこにいるの、くるみ……」
雅弘は何も言わず、ただ震える妻の肩をく抱きしめた。その目にも涙が滲んでいたが、彼は井を見げ、奥歯を噛み締めてそれを押し留めた。
どれほどのが流れただろうか。やがて涙を拭ったえみに対し、雅弘は静かにちがり、努めて穏やかな声を作った。
「にりよう。めたホットケーキ、俺が焼き直すよ。今はどこにもかけず、でゆっくり過ごそう」
リビングに戻り、雅弘がキッチンでフライパンをにかける、えみはソファに座り、ダイニングテーブルののタブレット端末を引き寄せた。
の痛みを紛らわすように、無識のうちにフェイスブックのアプリをちげ、流れてくるタイムラインを漫然とスクロールし始めた。
広告
おすすめ作品
-
完結第26話
特上寿司と、消えた妻の半年
3月31日22時、激務を終えて帰宅した私の席にあったのは、冷え切った白米一杯だけだった。目の前で1万8900円の特上寿司を頬張る夫と義母は、「反省したらおかずをあげる」と大笑いする。家計の大半を私が支えているにもかかわらず、9ヶ月間も「罰」として食事を奪われ、夫は横で嘲笑っていた。だが二人は知らない。私が半年かけて集めた出前明細の履歴と、義母が隠し持っていた一枚の申告書の存在を。「じゃあ、外で食べてきます」――二度と振り返らずにドアを閉めた夜、経理の私が仕掛けた冷徹な清算が幕を開ける。嫁姑|夫婦4.0万字5 413 -
完結第34話
妻の葬儀の夜、義母が外した指輪と娘の写真
妻・美保の葬儀が終わった夜、修二の結婚指輪を外したのは、亡き妻の母・麗子だった。「もう美保に隠す必要はないでしょう」と唇を寄せたその瞬間、娘・咲から1枚の写真が届く。そこには半年前の病院で抱き合う修二と麗子、そしてガラス越しに2人を見つめる病衣姿の美保が写っていた。 闘病中の妻を支える献身的な夫を演じながら、修二はいつしか自分の弱さを理解してくれる義母へ逃げ込み、越えてはならない境界を越えていた。しかも麗子は「美保も知っていた」「私がいなくなったら修二さんを1人にしないでと頼まれた」と主張し、その証拠となる録音まであるという。 だが翌朝、咲が告げたのは「お母さんの声を最後まで聞いて」という一言。 亡き妻が本当に残した言葉を前に、2人が都合よく信じてきた“許し”が崩れ始める――。夫婦|修羅場5.1万字5 608 -
完結第14話
「死産」と告げた院長と20年目の出生記録
20年前、出産した娘を「死産でした」と告げられた私・佐藤しず子。しかし私は、麻酔の中で確かに聞いた産声を一度も忘れられなかった。 真実を確かめるため、私は清英産婦人科医院の清掃員として20年間働き続け、誰にも気づかれず院内の秘密を探ってきた。そんなある夜、若い看護師から「まだ間に合います。あなたの娘さん生きています」と書かれた紙を渡される。 やがて地下の保管庫へ忍び込んだ私は、自分の出産記録の隣に「佐藤女児――転送」と記された手帳を発見する。 さらにそこには複数の新生児と金銭の記録まで残されていた。娘を奪ったのは誰なのか。そして病院は20年間、何を隠してきたのか。見下され続けた“掃除婦”は、集めた証拠を手に院長・安藤剛と対峙する――。真相|修羅場2.1万字5 407 -
完結第11話
九時三十四分の地下鉄、消えた暴行犯
午前九時三十四分、地下鉄の車内で若い男が突如狂乱し、中年客の顔面を骨が軋むほど殴打した。床一面に飛び散る鮮血。だが、隣に座る同じ社章をつけた上司は、ただ口をあわあわと震わせ「腰を抜かして」座り込むだけだった。乗客たちと男を取り押さえ、駅員にすべてを通報した俺。しかし翌日、警察の発表も新聞の三面記事も、この凄惨な事件を「最初から存在しなかった」かのように完全に黙殺していた。なぜあの凄惨な暴力は一行も報道されず、駅の防犯カメラ映像すら消去されたのか。数年後、俺はある大手企業の役員名簿の中に、あの朝、冷たいホームの柱にすがってガタガタと震えていた「あの上司」の顔写真を見つけ、息を呑んだ――。ミステリー|真実1.6万字5 101 -
完結第16話
血染めの写真と三文字のSOS
夕方のコンビニの床に落ちていた一枚の写真。微笑む少女の横には、まだ乾ききっていない赤黒い生血がべっとりと付着していた。 裏返した瞬間、息が止まる。震える筆跡の住所と、指先の血で擦り付けられた『SOS』の三文字。 妻に捨てられ、八歳の息子と写真館を営む私には分かった。この血は付着して数分も経っていない――今すぐ行かなければ手遅れになる。 警察に通報し駆けつけた古い民家の階段下には、右足を骨折し倒れ伏す母親と、自らの手のひらを切り裂いた六歳の少女がいた。 「……だれ?」 母を庇い、血まみれの手で私を睨み据える少女の瞳が訴えていた、あまりに残酷な真相とは。親子関係|金銭問題2.4万字5 199 -
完結第15話
全盲の義母が言い当てた味噌汁の色
「お味噌、白味噌に変えたでしょう?」。11年前の事故で全盲になったはずの義母・かず子が、漆塗りの椀を抱えて微笑んだ。亡き実母への後悔から、365日欠かさず介護と手料理を捧げてきた嫁の私。だが翌朝、ゴミ袋の底から現れたのは、手つかずのまま無残に捨てられた私の料理と、1万8千円の銀座高級寿司やフレンチのデリバリーレシート30枚だった。夫は「お前の味付けが悪い」と冷笑し取り合わない。孤立無援の中、弁護士の助言を得た私はある罠を仕掛ける。そして勝手口の前で義母が放った「ある一言」で、11年間の嘘が音を立てて崩れ去る――。嫁姑|真相2.3万字5 3039 -
完結第22話
夜勤の救急外来に運ばれた夫と義姉
深夜2時、救急外来で夜勤中の看護師・佐藤み咲のもとへ、交通事故で重傷を負った男女2人が搬送されてきた。シーツの下にいたのは、夫・拓也と義姉・麗子。しかも2人は、決して「姉弟愛」では説明できない姿で倒れていた。 み咲は5年間、看護師という仕事を見下す夫と、「子供も産めない」と侮辱する麗子、その2人を庇い続ける義母・里子に耐えてきた。 それでも彼女は感情を捨て、看護師として2人の命を救うことを選ぶ。 だが、惨状を目にした義母まで「全部あなたのせい」とみ咲を罵倒した瞬間、最後の迷いは消えた。 何年も残してきた暴言の記録と証拠を武器に、奪われ続けた人生を取り戻す反撃が静かに始まる――。夫婦|修羅場|不倫3.3万字5 2732 -
完結第19話
深夜2時、隣家の物置で赤ん坊を抱く4歳児
心臓の不整脈で消防士を辞め、故郷の民宿「緑海荘」へ戻った27歳の相馬蒼太。 ある深夜2時、隣家から突然途切れた赤ん坊の泣き声に異変を感じて駆けつけると、物置のような暗い部屋で、全身に青あざを負った4歳のひなが、痩せた妹メイを必死に抱いていた。 「泣いたらまた叩かれるんですか?」――その一言に、蒼太は2人を必ず守ると決意する。民宿へ連れ帰り、常連客の旅行ライター・りんや両親と共に食事と温かな寝床を与え、児童相談所へ連絡。 しかし保護の朝、ひなは「お兄ちゃんと離れたくない」と蒼太の服を握りしめる。初めて見る海の前で、ようやく声を上げて泣いた少女を前に、蒼太とりんは“助ける”だけでは終われない未来を選び始める――。親子関係|修羅場2.8万字5 251 -
完結第25話
底辺受付嬢を見下す役員たちの誤算
父の会社は、最も信頼していた人間の裏切りによって無惨に食い物にされた。巨額の負債を背負い、絶望の中で病に倒れた父。私はその冷酷な真相を暴くため、ハーバード大の博士号を隠し、ただの「受付嬢」として敵の中枢である星空グループに潜入した。 誰からも見下され、理不尽な侮辱に耐え忍ぶこと3年。息を潜めて集めた証拠が示したのは、あまりにも残酷な真実だった。父を破産に追い込み、私から全てを奪った黒幕の正体は、父が家族のように慕っていた古参役員だったのだ。 「黒幕は役員会の中にいる」――私を守るため、父が命懸けで残してくれた最期のメッセージを知った時、胸の奥の悲しみは絶対的な冷酷さを持つ復讐の炎へと変わった。私の素性を知る新社長のハルトや、父の旧友たちと共に、私は決して逃れられない完璧な包囲網を密かに築き上げていく。 そして迎えた運命の役員会。全てを掌握したと信じ、私の前で勝ち誇る黒幕。だが彼はまだ知らない。無力な受付嬢だと思っていた私が、彼を社会的死の淵へと突き落とす致命的な罠を仕掛けていたことを。仮面を脱ぎ捨てた時、強欲な悪魔を地獄の底へと引きずり下ろす、容赦なき反撃が幕を開ける――。因果応報|真相|修羅場3.8万字5 1809