"愛人と帰国した夫、30分の猶予" 第1話
初の乾いたが、リビングのレースのカーテンを静かに揺らしていた。
私はく息を吸い込み、磨きげられたガラステーブルの表面に線を落とした。計の針が刻む規則なチクタクという音だけが、広すぎる内にややかに反響している。
あれから週。
悪のような静寂が支配していたこのに、い音と障りな笑い声がづいてくるのが分かった。ガチャリと玄関の鍵がく乾いた属音に続いて、乱暴にドアが押しけられる。
「あー、疲れた! やっぱりがが番だな!」
「本当ねえ、憲吾。でもの島のリゾートは最だったわね。あんな贅沢、まれて初めてよ」
靴を脱ぎ散らかす音とともにリビングの引き戸がガラリとき、つのが同然の勢いで踏み込んできた。
夫の憲吾と、その母――義母である。
の姿を目見た瞬、私はわず眉をひそめた。とも肌が黒々と焼けしており、国のい陽射しを浴びて浮かれ切っていたことが目で見て取れた。憲吾は麻の襟シャツの胸元をきくはだけさせ、首元にはっぽい貝殻のネックレスを揺らしている。
そして、ソファーに腰掛けて静かにこちらを見据えている私の姿を界に捉えるや否や、憲吾はあからさまにそうに顔を歪めた。
広告
「……なんだよ。お、まだこのにいたのか?」
憲吾はにしていたきな革のボストンバッグをドサリとに投げ捨てると、鏡台のへと股で歩み寄り、焼けした自分の顔を様々な角度から確かめ始めた。髪を指先でえ、い歯を覗かせてニヤリと笑う。
「悪いけど、お産なんてつもないぞ。それよりさ、このすぐに彼女が来るんだから、おはさっさと荷物まとめててけよな。空気を読めよ、空気」
鏡に映る自分の姿に酔いしれながら、憲吾は事も無げにそう言い放った。その声には、連れ添った妻に対するのかけらも、を奪おうとしていることへの罪悪も微もなかった。ただ、しくに入れる自由と若い女への期待で、のが完全に満たされているのだ。
もう正式に婚届を提したなのだから、法にはなどではなく、単なるしい恋とでも呼ぶべきなのだろう。だが、私にとっては唾棄すべき棒猫に過ぎない。
その背から、義母がこれ見よがしにハイヒールを鳴らしてリビングの央へとみてきた。
派なハイビスカス柄のワンピースにを包んだその姿は、お世辞にも似っているとは言えなかったが、何よりも異様なのは、暗い内であるにもかかわらず、顔の半分を覆うような巨なサングラスをかけたままであることだった。
広告
彼女のは、まだあの青いとい砂浜のリゾートに置きりにされたままなのだろう。
義母はサングラスのフレームを差し指でしだけ押しげ、値踏みするように私をからまで見ろした。
「あらあ、商売がりの、ただのの咲子さんじゃないの。まだ図々しく居座っていたのね。引っ越しの準備はまだ終わらないわけ? く目のから消えてちょうだいよ」
刺々しい調は相変わらずだったが、の島での豪遊がよほど楽しかったのか、その声の端々には隠しきれない揚が滲みていた。
私はり狂うことも、取り乱すこともなく、膝のに揃えた両にそっと線を落とした。そして、腕計の文字盤を確認してから、穏やかな声で告げた。
「あと分に消えますので、どうぞごを」
私のあまりにも淡々とした返答に、義母は眉をひそめ、サングラス越しでもはっきりと分かるほど怪訝な表を浮かべた。
「はあ? 分ですって……?」
何を企んでいるのか理解できないといった様子で首をかしげる義母を、私は完全に無した。
憲吾はといえば、私の言葉などに入っていないかのように、洗面所へ向かってを振り撒き、の到着に備えて入りにだしなみをえている。これから自分のに何がりかかるのかもらず、本当に呑気なものだった。
私はので徹に微笑み、もう度元の計に目をやった。
広告
おすすめ作品
-
完結第26話
特上寿司と、消えた妻の半年
3月31日22時、激務を終えて帰宅した私の席にあったのは、冷え切った白米一杯だけだった。目の前で1万8900円の特上寿司を頬張る夫と義母は、「反省したらおかずをあげる」と大笑いする。家計の大半を私が支えているにもかかわらず、9ヶ月間も「罰」として食事を奪われ、夫は横で嘲笑っていた。だが二人は知らない。私が半年かけて集めた出前明細の履歴と、義母が隠し持っていた一枚の申告書の存在を。「じゃあ、外で食べてきます」――二度と振り返らずにドアを閉めた夜、経理の私が仕掛けた冷徹な清算が幕を開ける。嫁姑|夫婦4.0万字5 449 -
完結第34話
妻の葬儀の夜、義母が外した指輪と娘の写真
妻・美保の葬儀が終わった夜、修二の結婚指輪を外したのは、亡き妻の母・麗子だった。「もう美保に隠す必要はないでしょう」と唇を寄せたその瞬間、娘・咲から1枚の写真が届く。そこには半年前の病院で抱き合う修二と麗子、そしてガラス越しに2人を見つめる病衣姿の美保が写っていた。 闘病中の妻を支える献身的な夫を演じながら、修二はいつしか自分の弱さを理解してくれる義母へ逃げ込み、越えてはならない境界を越えていた。しかも麗子は「美保も知っていた」「私がいなくなったら修二さんを1人にしないでと頼まれた」と主張し、その証拠となる録音まであるという。 だが翌朝、咲が告げたのは「お母さんの声を最後まで聞いて」という一言。 亡き妻が本当に残した言葉を前に、2人が都合よく信じてきた“許し”が崩れ始める――。夫婦|修羅場5.1万字5 612 -
完結第15話
二十人分の祝い膳を押しつけられたので、家を出ました
義母から「家族のお祝いだから」と押し付けられたのは、二十人分の料理作りと高額な費用負担。 夫も義妹も、私を一人の家族ではなく、都合よく使える存在として扱っていた。 五年間、我慢し続けた嫁・美咲は、ある決断をする。 それは、義妹の息子の一歳祝いの前日に、すべてを捨てて家を出ることだった。 しかし、静かに準備を進める中で、美咲は夫と義母が隠していた驚くべき事実を知る。 そこには、単なる身勝手な家族関係では終わらない、彼女を縛り続けるための計画が隠されていた。 そして迎えた祝いの日。 親戚二十人が待つ食卓に残されたのは、豪華な料理ではなく、誰も予想しなかった「空っぽの祝い膳」だった。 奪われ続けた人生を取り戻すため、美咲が選んだ静かな反撃とは――。嫁姑|親子関係|修羅場2.2万字5 284 -
完結第15話
全盲の義母が言い当てた味噌汁の色
「お味噌、白味噌に変えたでしょう?」。11年前の事故で全盲になったはずの義母・かず子が、漆塗りの椀を抱えて微笑んだ。亡き実母への後悔から、365日欠かさず介護と手料理を捧げてきた嫁の私。だが翌朝、ゴミ袋の底から現れたのは、手つかずのまま無残に捨てられた私の料理と、1万8千円の銀座高級寿司やフレンチのデリバリーレシート30枚だった。夫は「お前の味付けが悪い」と冷笑し取り合わない。孤立無援の中、弁護士の助言を得た私はある罠を仕掛ける。そして勝手口の前で義母が放った「ある一言」で、11年間の嘘が音を立てて崩れ去る――。嫁姑|真相2.3万字5 3039 -
完結第22話
夜勤の救急外来に運ばれた夫と義姉
深夜2時、救急外来で夜勤中の看護師・佐藤み咲のもとへ、交通事故で重傷を負った男女2人が搬送されてきた。シーツの下にいたのは、夫・拓也と義姉・麗子。しかも2人は、決して「姉弟愛」では説明できない姿で倒れていた。 み咲は5年間、看護師という仕事を見下す夫と、「子供も産めない」と侮辱する麗子、その2人を庇い続ける義母・里子に耐えてきた。 それでも彼女は感情を捨て、看護師として2人の命を救うことを選ぶ。 だが、惨状を目にした義母まで「全部あなたのせい」とみ咲を罵倒した瞬間、最後の迷いは消えた。 何年も残してきた暴言の記録と証拠を武器に、奪われ続けた人生を取り戻す反撃が静かに始まる――。夫婦|修羅場|不倫3.3万字5 2860 -
完結第14話
月二十五万を貪る偽装役員一家の転落
外資系コンサルティングファームで働く小笠原萌子は、お見合いで大手企業勤務のエリート・東野広夢と結婚した。しかし新婚早々、夫の経歴が全て嘘で、定職すら就いていない無職だと発覚する。さらに広夢は「大企業の役員に抜擢された」と両親に大嘘を吹き込み、見栄を張る義父母は都心のタワマン家賃二十五万円や、百万円の旅行代を萌子の給料から平然と搾取し始めた。夫の度重なる深夜帰宅に不審を抱いた萌子が財布を探ると、そこには見知らぬ甘い香りと、黒地に金箔押しされた高級シティホテルの会員カードが。探偵の分厚い報告書によって夫のキャバクラ通いと裏切りが露呈したとき、萌子は離婚を決意する。だが、金の蛇口を止められた元夫と義家族の強欲は暴走し、SNSでの悪質なデマ拡散、そして新居への土足侵入へとエスカレートしていく。すべてを奪おうとする寄生虫たちに、萌子が下す冷徹な鉄槌とは――。嫁姑|夫婦2.4万字5 695 -
完結第15話
元義母の誤爆着信と暴かれた花婿の嘘
モラハラと不倫を重ねた夫・裕二と離婚し、独身としての平穏な生活を取り戻してちょうど一年が経ったある休日の朝。主人公・マナのスマートフォンに、元義母・文から突如「結婚式になぜ来ないの! 早く来ないと離婚させるわよ!」と怒鳴りつける狂気の電話が入る。 「私はもう独身ですが」と告げるも、来なければ自宅や職場に押しかけると脅され、指定された高級シティホテルの式場へ向かうマナ。黒留袖姿で激怒する文は、新郎となった息子の晴れ舞台を元嫁が邪魔しに来たとロビーで激しく罵倒し、白タキシード姿の元夫も腕力で追い出そうと詰め寄る。 だが、文のスマートフォンの発信履歴を確認させた瞬間、事態は暗転。人身事故で遅延していた本当の新婦「まみ」が泥だらけのパンプスで駆けつけた時、元夫が隠し続けていた致命的な大嘘が白日の下に晒される――。嫁姑|修羅場2.5万字5 358 -
完結第11話
「子どもを産めない」と捨てられた妻の逆転
結婚前は優しく誠実だった夫・誠。 しかし結婚後、彼の本性は少しずつ姿を現していった。 子どもを望めない妻を「役立たず」と罵り、家では暴言を浴びせながら、自分は若い女性との時間を楽しむ。 かな子は「自分が悪いのだ」と耐え続け、愛した人との生活を守ろうとしていた。 だが、ある夜、夫の裏切りを示す決定的な証拠を見つける。 そして離婚を決意したかな子のもとに、長年知らされていなかった父からの連絡が届く。 そこで明かされたのは、彼女自身も知らなかった巨大な財産と、人生をやり直すための力だった。 すべてを失ったと思っていた妻が、実は何も持たない弱者ではなかったと知った時――。 誠の傲慢な要求と、隠されていた真実が次々と崩れ始める。 愛だと信じた結婚の終わりから、かな子の本当の人生が始まる。夫婦|第二の人生|不倫1.6万字5 397