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"九時三十四分の地下鉄、消えた暴行犯" 第8話

その直、事務の奥のドアが勢いよくき、黄い腕章を巻いた配の助役の男性と、警備を着た柄な警備員が、びすようにしてホームへ通じる階段へと駆け抜けていくのが見えた。彼らのには救急箱と無線が握られていた。

窓の若い駅員が、受話器をに当てたまま、俺に向かって々とをげた。

「おらせいただき、ありがとうございます! あとはこちらで対応いたしますので!」

その言葉を受け止めた瞬、俺の全を支えていた見えない突っ張り棒のような緊張が、ぷつりと音をてて折れた。

膝の裏から急激に力が抜け、改札窓のカウンターにすがりつくようにして息を吐きした。肩で息をしながら、俺は駅員のテキパキとしたきをただ見つめていた。通報は完した。駅員も警備員も現へ向かった。被害者は当てを受け、あの暴力男は柄を確保されるはずだ。自分が乗客として、民として為すべきことは、違いなくすべてやり遂げたはずだった。

だが、そのに留まり、事の顛末を最まで見届けたいという衝が、胸の奥底でく渦巻いていた。

あの若い男はどうなるのか。駆けつけた警備員や警察官に対してもなお、あの獣のような狂気を剥きしにして暴れ狂うのだろうか。

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柱にをついたままのように青ざめていたあの司は、駅員たちに囲まれたとき、体どんな顔をして、どんな言い訳をにするのだろうか。「うちの部が……」と絞りすのか、それとも責任のさに耐えかねてそのに泣き崩れるのか。そして何より、顔を血に染めて倒れ込んだあの被害者の男性は、無事なのだろうか。蓋骨骨折や脳震盪を起こしてはいないだろうか。

見届けたかった。あの理尽極まりない悪が、社会の法と正義の網によってどのように裁かれ、どのように回収されていくのかを、この目で見届ける義務が、あの修羅に居わせた自分にはあるのではないかというが胸を衝いた。

だが――。

ふと顔をげた先、自改札のに設置された型のデジタル計が、徹な数字を刻んでいた。

『09:34』

その数字を見た瞬、臓がやのに突き落とされたように縮みがった。

午分。 俺の勤務先であるオフィスの最寄り駅までは、ここからさらに乗り換えて駅。改札をてを歩けば、信号待ちを含めて最でも分はかかる。会社の始業は午分だった。

あと分。

れば、汗だくになりながら駆け込めば、タイムカードの打刻が非な「遅刻」の赤文字を印字する寸に、滑り込みでセーフになるかもしれない。

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だが、もしここで警察の事聴取に付きい、目撃者として連絡先を控えられ、被害者の容態を案じて現に留まれば、やの遅刻では到底済まない。午の業務は完全に消しぶ。

そして、今の俺が置かれている職の状況が、残酷な現実として脳裏をよぎった。

俺が勤めているのは、都内の堅商社だった。業績の悪化に伴い、昨度から社内では厳しいコスト削減と員理の空気が漂っていた。俺が所属する営業課でも、先からしい課が着任していた。その男は徹底した成果主義と規律主義を掲げ、部の些細なミスや勤怠の乱れを決して見逃さないタイプの、絵に描いたような酷な管理職だった。

「通勤途のトラブル? の遅延証もないのに、目撃者として残っていたから遅れた? 君ねえ、民徳を優先するのは結構だが、社会としての契約はどうなっているんだね。君の代わりは誰がやるの? 今の午からの会議資料、君がプロジェクターに投する段取りだったよね」

課の、あのの籠もらないややかな声が、ありありと脳内に再された。

「正義」や「善」という美しい言葉は、オフィスビルの自ドアを潜った瞬、ただの「自己管理の言い訳」へと成りがる。それが、俺たちがきているこの京というの、絶対な現実の掟だった。

俺にできたのは、そこまでだったのだ。

駅員に通報し、事態を伝えた。

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