"大正11年、幕開けの土下座から始まった女優の再起" 第22話
朝の拍子
になる頃、朝座はふたたび旅にた。で来た港町をれるには、数はになっていた。きぬは故郷で仕物を始め、伊之助は別の座で芝居を続けている。族の都で役者をやめた者もいた。数が減ったぶん、宗は演目を絞り、移する荷物を軽くした。儲けがきく増えたわけではないが、旅費とをに記してから先を決めるようになった。
志乃は沢の劇でしい役に挑んでいた。初めて稽古に入った、の役者から声がさいと叱られた。役の気持ちを考えすぎてきが遅れ、台の央につのが怖くなることもあった。けれど今度は、分からないことを分からないと言えた。演のために予定の稽古が増えれば、担当者へ相談した。支払いのがづけば契約を確かめた。そうしたことをする自分を、もう恥ずかしいとはわなかった。
の初め、慎吾からが届いた。福栄座では根の修理が始まり、黒川が返すことになったもしずつ客へ渡されているという。相良と宗が親友になったわけではないし、黒川の借もすべて消えたわけではない。慎吾は簡潔にいていた。『まだ揉め事はある。しかし帳面にいてある分は、以より話がめやすくなりました』。志乃はそのを何度も読んだ。
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さらにには、初の福栄座の客席にいた老婆がくなったことも記されていた。最に「あんたらの芝居をもう度見たい」と話していたそうだ。志乃はしばらく便箋を見つめた。には、次を待てる者と、待てない者がいる。あの度でも芝居を見せられていたら、老婆は違うを過ごせたかもしれない。そう考えても、もう取り戻せない。だから、今つ台で約束を軽く扱うことはできなかった。
沢の公演が段落した、志乃は久しぶりに港町を訪ねた。菊の女将お鶴は相変わらず忙しそうに働いており、志乃を見ると「今度はちゃんと宿代を持ってきたかい」と笑った。志乃も笑って財布をした。お鶴は受け取ったを帳面にき、志乃へ見せた。あのには互いに目をそらすしかなかった帳で、は落ち着いて話ができた。
夕方、志乃は福栄座のにった。入の灯りは消えていたが、奥からの槌の音がした。台の幕はまだ吊られていないという。志乃はへ入ろうとせず、しばらく戸ので音を聞いていた。すると相良がてきた。以のような計の鎖は見えず、袖をまくっていた。「また芝居をするのか」と彼が聞く。志乃は答えた。「するつもりです。ただ、どこでやるかはまだ決めていません」。相良はそれ以何も言わず、軽くをげてへ戻った。
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翌朝、志乃は宗から届いたを旅館でいた。次の巡業はさな町で、役者がりないという。志乃が来られるなら、稽古はから始めたいとあった。最には座らしくない字で『のことは皆で決めた。おの返事を待つ』とかれていた。志乃は返事をき始めた。急いで判を押す必はない。程と条件を確かめてから、自分で決めることができる。
港の方から拍子の音が聞こえた。芝居ではなく、荷を積むをらせる音だった。志乃はを止め、しばらくを澄ました。役者の拍子と同じ音でも、誰かにとっては働き始める図になる。彼女はしい便箋を取り、座への返事をき直した。『次の台でお目にかかります。今度は、幕ががるにすべての約束を確かめましょう』。き終えて窓をけると、町にはもう朝のが満ちていた。
※正期の方芝居、旅回り座、興契約などを背景にした創作です。登物・団体・来事はすべて架空のものです。