"剣を捨てない花嫁" 第3話
妻らしくできない嫁
臣との婚礼は滞りなく終わった。
なくとも、から見ればそうだった。
祝言の席では久世の親族が並び、私は教えられた通りにをげ、杯を持ち、必なだけ微笑んだ。何度か腕が疲れて姿勢が崩れそうになったが、誰にも気づかれないように耐えた。
問題は翌朝から始まった。
久世の奥向きを取り仕切っていた伯母の志乃は、朝餉のすぐに私を呼んだ。
「昨は祝言でしたから目に見ましたが、今からは久世の嫁として覚えていただきます」
その声には初めから温度がなかった。
私は裁縫、茶、料理の盛り付け、季節のの名、来客への挨拶まで、次々に試された。剣を握れば相の肩を見るだけで次のきが分かったのに、茶碗をどの角度で置けばいいのかは何度やっても覚えられなかった。
針を持てば指に刺さった。
茶を点てれば泡が粗いと言われた。
着物でく座っているとがしびれ、ちがるによろめいた。
「本当に、今まで何をして育ったのかしら」
志乃がため息をつく。
私は答えなかった。
剣を振っていました、と言ったところで何のもない。
昼過ぎ、例の若い女・佳代が破れた拭いを持ってきた。
「奥様、これを繕ってください」
奥様。
その呼び方に、私は今でも自分のことだとすぐにはえなかった。
広告
針に糸を通すだけでがかかり、ようやく縫い終わった頃には形が歪んでいた。
佳代はそれを見て吹きした。
「これなら私がやった方がいですね」
くにいた女たちも笑った。
私は俯いた。
では、誰に負けても悔しいとった。
けれどここでは、何をされても悔しいとじる資格さえない気がした。
私は自分で選んでこのに来たわけではない。
それでも嫁になった以、できない自分が悪いのだとっていた。
夜、臣ときりになっても、私はほとんど話せなかった。
彼は机に向かって物を読んでいた。
私は布団の端に座り、のひらを見つめていた。
刀の胼胝がまだ残っている。
女のではない、と何度言われたか分からないだった。
「今はずいぶん静かだったな」
臣が物から目をげた。
「いつも静かです」
「そうか?」
「はい」
「昼に度もため息をついていた」
わず顔をげた。
見られていたとはわなかった。
「申し訳ありません」
私がをげると、臣は眉を寄せた。
「なぜ謝る」
「久世の嫁なのに、何もできません」
「誰に言われた」
「皆さんが」
「皆とは誰だ」
私は答えなかった。
言いつけるようで嫌だった。
臣はしばらく黙っていたが、それ以追及しなかった。
「俺は、裁縫ができる女を妻にしたかったわけではない」
その言葉のを、私は考えた。
広告
ではなぜ私なのか。
借のための縁談なら、臣が私を選ぶ必はなかったはずだ。
翌、庭を歩いていると、納戸ので佳代たちの話し声が聞こえた。
「若旦も気の毒よね」
「本当。あんな嫁」
「実がに困ってるから押しつけられたんでしょう?」
私はを止めた。
押しつけられた。
その通りだった。
「若旦には昔から縁談がいくつもあったらしいわよ。もっと美しいお嬢様だっていたのに」
「じゃあどうしてあのを?」
「さあ。旦様同士で何か決めたんじゃない?」
胸がくなった。
やはりそうなのだ。
臣が私を選んだわけではない。
私は父に売られ、このにも都よく受け入れられただけなのだ。
その夜、眠れなかった。
隣では臣が静かに眠っている。
私は布団を抜けし、音をてないよう廊へた。
がるかった。
何となく庭へ向かう。
そこで私は、予もしないものを見た。
いかりの。
臣が、で刀を振っていた。
さっきまで隣で眠っていたはずなのに。
私は物から、そのきを見つめた。
振り見ただけで分かった。
このは、い。
そして何より。
その構えを、私はどこかで見たことがあった。
広告
おすすめ作品
-
完結第34話
妻の葬儀の夜、義母が外した指輪と娘の写真
妻・美保の葬儀が終わった夜、修二の結婚指輪を外したのは、亡き妻の母・麗子だった。「もう美保に隠す必要はないでしょう」と唇を寄せたその瞬間、娘・咲から1枚の写真が届く。そこには半年前の病院で抱き合う修二と麗子、そしてガラス越しに2人を見つめる病衣姿の美保が写っていた。 闘病中の妻を支える献身的な夫を演じながら、修二はいつしか自分の弱さを理解してくれる義母へ逃げ込み、越えてはならない境界を越えていた。しかも麗子は「美保も知っていた」「私がいなくなったら修二さんを1人にしないでと頼まれた」と主張し、その証拠となる録音まであるという。 だが翌朝、咲が告げたのは「お母さんの声を最後まで聞いて」という一言。 亡き妻が本当に残した言葉を前に、2人が都合よく信じてきた“許し”が崩れ始める――。夫婦|修羅場5.1万字5 609 -
完結第16話
四十九日の追放、母の隠し遺言
「十年世話しただけの妹に、実家の取り分はないわ」 母の四十九日、喪服の兄夫婦は親族の前で澄子を指差し、台所の冷えた板の間へ追いやった。信金を辞め10年間、720万円の私財を投じて母を看取った澄子に、兄は「今週中に出て行け」と冷酷に通告する。 母のキャッシュカードは7年前から兄が独占し、消えた年金は1240万円。 家財すべてが二束三文で業者に売り払われようとする中、母が50年愛用した古い足踏みミシンの奥底から、厳重に隠された「ある物」が滑り落ちた。 「その言葉、そっくりそのままお返しします」 あの日からちょうど49日後、審判の幕が上がる――。兄弟姉妹|修羅場2.3万字5 432 -
完結第27話
妻を追い出した翌朝、7枚のブラックカードが止まった
結婚3年目の夜、美桜が帰宅すると、夫・達也は若い愛人と義両親を囲み、離婚届を突きつけてきた。「無能で地味な女」「1円も稼げない寄生虫」と嘲られ、慰謝料もなく豪邸から追い出される。 だが4人は知らなかった。美桜の正体は、世界経済を動かす巨大グループの総帥。倒産寸前だった達也の会社を救い、資金も仕事も与え、彼を“天才社長”に見せていたのは全て美桜だった。 さらに豪邸も別荘も、7枚のブラックカードも、達也自身の資産ではなく美桜の法人名義。 離婚届が受理された瞬間、美桜は静かに全カードを停止し、豪邸の退去手続きと会社への特別監査を開始する。 勝ち誇っていた一家がまだ知らない、本当の“無一文”への転落が始まろうとしていた――。修羅場|熟年離婚4.0万字5 285 -
完結第16話
血染めの写真と三文字のSOS
夕方のコンビニの床に落ちていた一枚の写真。微笑む少女の横には、まだ乾ききっていない赤黒い生血がべっとりと付着していた。 裏返した瞬間、息が止まる。震える筆跡の住所と、指先の血で擦り付けられた『SOS』の三文字。 妻に捨てられ、八歳の息子と写真館を営む私には分かった。この血は付着して数分も経っていない――今すぐ行かなければ手遅れになる。 警察に通報し駆けつけた古い民家の階段下には、右足を骨折し倒れ伏す母親と、自らの手のひらを切り裂いた六歳の少女がいた。 「……だれ?」 母を庇い、血まみれの手で私を睨み据える少女の瞳が訴えていた、あまりに残酷な真相とは。親子関係|金銭問題2.4万字5 199 -
完結第22話
夜勤の救急外来に運ばれた夫と義姉
深夜2時、救急外来で夜勤中の看護師・佐藤み咲のもとへ、交通事故で重傷を負った男女2人が搬送されてきた。シーツの下にいたのは、夫・拓也と義姉・麗子。しかも2人は、決して「姉弟愛」では説明できない姿で倒れていた。 み咲は5年間、看護師という仕事を見下す夫と、「子供も産めない」と侮辱する麗子、その2人を庇い続ける義母・里子に耐えてきた。 それでも彼女は感情を捨て、看護師として2人の命を救うことを選ぶ。 だが、惨状を目にした義母まで「全部あなたのせい」とみ咲を罵倒した瞬間、最後の迷いは消えた。 何年も残してきた暴言の記録と証拠を武器に、奪われ続けた人生を取り戻す反撃が静かに始まる――。夫婦|修羅場|不倫3.3万字5 2748 -
完結第11話
貧乏老人を嘲笑った行員の末路
「あんな貧乏臭い爺い、適当にあしらっとけばいいのに」ボストンバッグを抱えた老人に、新入行員は嘲笑の声を浴びせ、エリート課長代理は別の窓口へ強制的に追い返した。母親の入院費のため百万を引き出しに来ただけの、よれよれのジャケットを着た年寄り――。だが、彼こそが全日本経済の裏を牛耳るクオンホールディングスの会長・久音次郎その人だった。侮辱に耐えかねた新人の篠崎水希が一人で抗議する中、老人が静かに古びたバッグの金具を閉じた瞬間、端末の画面で一千万円、一億円と出金通知の数字が狂ったように跳ね上がり始めた。絶望の淵に立たされた傲慢な行員たちの運命を決定づける、驚愕の審判の行方は――。職場逆転|修羅場1.6万字5 1861 -
完結第19話
深夜2時、隣家の物置で赤ん坊を抱く4歳児
心臓の不整脈で消防士を辞め、故郷の民宿「緑海荘」へ戻った27歳の相馬蒼太。 ある深夜2時、隣家から突然途切れた赤ん坊の泣き声に異変を感じて駆けつけると、物置のような暗い部屋で、全身に青あざを負った4歳のひなが、痩せた妹メイを必死に抱いていた。 「泣いたらまた叩かれるんですか?」――その一言に、蒼太は2人を必ず守ると決意する。民宿へ連れ帰り、常連客の旅行ライター・りんや両親と共に食事と温かな寝床を与え、児童相談所へ連絡。 しかし保護の朝、ひなは「お兄ちゃんと離れたくない」と蒼太の服を握りしめる。初めて見る海の前で、ようやく声を上げて泣いた少女を前に、蒼太とりんは“助ける”だけでは終われない未来を選び始める――。親子関係|修羅場2.8万字5 251 -
完結第10話
洋食屋の絆と、高級寿司屋の逆転
岡田悠斗は、高校生の時に両親を交通事故で亡くし、高卒の自動車整備士として働きながら、三歳下の妹・真央をたった一人で大学の法学部まで育て上げた。真央は猛勉強の末に難関の司法試験を突破し、弁護士として初任給をもらう。悠斗への感謝を込めて予約した高級寿司屋の席で、悠斗の職場の傲慢な上司・西村が偶然居合わせ、「工場で油まみれになって働く底辺の作業員」と悠斗と真央を激しく侮辱する。絶望と怒りが交錯する中、隣の席に座っていた一人の客が立ち上がり、西村を冷徹に一喝する。その男の正体は、かつて両親の営む洋食屋「ひまわり」で無銭の少年時代に助けられた大手IT企業の社長・藤井宗介だった。過去の恩返しと、血を分けた兄妹の絆が奇跡を引き起こす感動のヒューマンドラマ。兄弟姉妹|修羅場1.5万字5 641 -
完結第25話
底辺受付嬢を見下す役員たちの誤算
父の会社は、最も信頼していた人間の裏切りによって無惨に食い物にされた。巨額の負債を背負い、絶望の中で病に倒れた父。私はその冷酷な真相を暴くため、ハーバード大の博士号を隠し、ただの「受付嬢」として敵の中枢である星空グループに潜入した。 誰からも見下され、理不尽な侮辱に耐え忍ぶこと3年。息を潜めて集めた証拠が示したのは、あまりにも残酷な真実だった。父を破産に追い込み、私から全てを奪った黒幕の正体は、父が家族のように慕っていた古参役員だったのだ。 「黒幕は役員会の中にいる」――私を守るため、父が命懸けで残してくれた最期のメッセージを知った時、胸の奥の悲しみは絶対的な冷酷さを持つ復讐の炎へと変わった。私の素性を知る新社長のハルトや、父の旧友たちと共に、私は決して逃れられない完璧な包囲網を密かに築き上げていく。 そして迎えた運命の役員会。全てを掌握したと信じ、私の前で勝ち誇る黒幕。だが彼はまだ知らない。無力な受付嬢だと思っていた私が、彼を社会的死の淵へと突き落とす致命的な罠を仕掛けていたことを。仮面を脱ぎ捨てた時、強欲な悪魔を地獄の底へと引きずり下ろす、容赦なき反撃が幕を開ける――。因果応報|真相|修羅場3.8万字5 1809