"剣を捨てない花嫁" 第4話
夜の庭で差しされた刀
庭につ臣の運びは静かだった。
踏み込む瞬も砂利がほとんど鳴らない。肩に力が入っていないのに、刀の軌だけは鋭く、斬りろすたびに夜気が細く裂けるようだった。
私は息を潜めて見ていた。
剣を捨てろと言われてから、ひと以たっていた。
それでも体は覚えている。
いも、も、呼吸の変化も。
臣の剣筋を見るうちに、指先がうずいた。
もう度だけ握りたい。
そんないが胸の奥から込みげた。
だが私は久世の嫁だ。
父からも剣を捨てろと言われた。
今さら刀に触れてどうするのか。
戻ろうとしただった。
「そこにいるのは分かっている」
臣がこちらを向いた。
逃げるようなことでもないのに、私はを止めた。
「申し訳ありません。邪魔をするつもりでは」
「見ていただけか」
「はい」
「退屈だっただろう」
「いいえ」
考えるより先に答えていた。
「段からの切り返しがし遅いです」
言ってから、しまったとった。
夫に何ということを言ったのだろう。
臣はらなかった。
むしろ元をわずかにげた。
「やはり分かるか」
庭の端に置かれていたもう本の刀を拾い、私の方へ放る。
私は反射に受け取った。
のひらにの触が戻った瞬、胸の奥がくなった。
「し打ちってみないか」
広告
「私が、ですか」
「に誰がいる」
「ですが私はもう……」
「剣を握るなと、俺は言っていない」
その言葉に、私は何も返せなくなった。
刀を構える。
体が勝にいた。
が自然にき、呼吸が変わり、界のから余計なものが消える。
臣の姿だけが残った。
彼が踏み込む。
私は受ける。
とがぶつかる乾いた音が庭に響いた。
度、度。
久しぶりのはずなのに、体はまるで昨まで毎稽古していたかのようにいた。
臣はかった。
父の弟たちとは違う。
押せば引き、引けば詰める。
こちらの癖を読むのもい。
私はになった。
自分が誰の嫁なのかも、女らしくないと笑われたことも、全部忘れた。
ただ目のの相に勝ちたかった。
臣の刀が肩を狙った瞬、私は半歩だけ内側へ入った。
。
乾いた音が響く。
私の刀が臣の首を捉えていた。
ともきを止めた。
臣はしばらく私の顔を見た、突然笑った。
「やはり、おだったか」
「何がです」
「」
彼は刀をろした。
「隣町の会。決勝で俺を負かした」
臓が度、きく鳴った。
記憶が戻る。
背のい。
鋭い構え。
試のに「名は?」と聞いてきた。
「まさか……」
「ずっと探していた」
臣はそう言った。
私は言葉を失った。
彼は庭に腰をろした。
「試の、おのを探した。だが名を聞かなかったから分からなかった。
広告
数、森田にものすごくい娘がいると聞いた、もしやとった」
「それで……」
「縁談を申し込んだのは俺だ」
を疑った。
父から聞いた話では、同士の都で決まった婚姻だった。
借の肩代わり。
娘を渡す代わりにを救う。
そういう話だとっていた。
「父同士が決めたのでは」
「最初に話を持ちしたのは俺だ。おを妻にしたいと言った」
「なぜ」
臣は私を見た。
かりの、その目だけは冗談を言っていなかった。
「あの、俺は初めて同代に完敗した。悔しかったが、議と嫌ではなかった。もう度戦いたいとった」
「それだけで結婚を?」
「最初はな」
彼は笑った。
「だが、おが女だと聞いてからは、もっと会いたくなった」
私は混乱した。
父に必なくなったから嫁にされた。
このにものために迎えられた。
そうっていた。
けれどなくとも臣だけは違ったという。
「では、私がこんな女でも……」
そこまで言ったところで、臣の顔から笑みが消えた。
「こんな女とは、どんな女だ」
「剣しかできません。裁縫も料理もですし、歩き方も男のようだと」
「誰が決めた」
「皆が」
「俺は決めていない」
臣はちがった。
「俺が妻に迎えたのは、おだ。誰かが作った『妻らしい女』ではない」
胸が苦しくなった。
優しい言葉だからではなかった。
まれて初めて、自分自を見られた気がしたからだ。
そして臣は、さらにいもよらないことを言った。
「の朝、皆ので話す」
「何をですか」
「おが剣を握ることを、誰にも笑わせない」
私は慌てた。
「やめてください」
「なぜ」
「余計に嫌われます」
「それなら」
臣は刀を肩に担ぎ、静かに笑った。
「嫌われる理由を、俺も緒に作ればいい」
翌朝。
久世の朝餉には、当主夫妻、志乃、使用たちまで集まっていた。
臣は皆ので私の隣に座り、箸を置いた。
そして、部が静かになったところで言った。
「覚えておけ」
私は息を止めた。
「俺の妻は、俺よりい」
部の空気が変わった。
だが、本当の騒ぎはそのに起きた。
久世には、嫁が剣を握ることをどうしても許さないがいたのだ。
広告
おすすめ作品
-
完結第34話
妻の葬儀の夜、義母が外した指輪と娘の写真
妻・美保の葬儀が終わった夜、修二の結婚指輪を外したのは、亡き妻の母・麗子だった。「もう美保に隠す必要はないでしょう」と唇を寄せたその瞬間、娘・咲から1枚の写真が届く。そこには半年前の病院で抱き合う修二と麗子、そしてガラス越しに2人を見つめる病衣姿の美保が写っていた。 闘病中の妻を支える献身的な夫を演じながら、修二はいつしか自分の弱さを理解してくれる義母へ逃げ込み、越えてはならない境界を越えていた。しかも麗子は「美保も知っていた」「私がいなくなったら修二さんを1人にしないでと頼まれた」と主張し、その証拠となる録音まであるという。 だが翌朝、咲が告げたのは「お母さんの声を最後まで聞いて」という一言。 亡き妻が本当に残した言葉を前に、2人が都合よく信じてきた“許し”が崩れ始める――。夫婦|修羅場5.1万字5 608 -
完結第16話
四十九日の追放、母の隠し遺言
「十年世話しただけの妹に、実家の取り分はないわ」 母の四十九日、喪服の兄夫婦は親族の前で澄子を指差し、台所の冷えた板の間へ追いやった。信金を辞め10年間、720万円の私財を投じて母を看取った澄子に、兄は「今週中に出て行け」と冷酷に通告する。 母のキャッシュカードは7年前から兄が独占し、消えた年金は1240万円。 家財すべてが二束三文で業者に売り払われようとする中、母が50年愛用した古い足踏みミシンの奥底から、厳重に隠された「ある物」が滑り落ちた。 「その言葉、そっくりそのままお返しします」 あの日からちょうど49日後、審判の幕が上がる――。兄弟姉妹|修羅場2.3万字5 432 -
完結第27話
妻を追い出した翌朝、7枚のブラックカードが止まった
結婚3年目の夜、美桜が帰宅すると、夫・達也は若い愛人と義両親を囲み、離婚届を突きつけてきた。「無能で地味な女」「1円も稼げない寄生虫」と嘲られ、慰謝料もなく豪邸から追い出される。 だが4人は知らなかった。美桜の正体は、世界経済を動かす巨大グループの総帥。倒産寸前だった達也の会社を救い、資金も仕事も与え、彼を“天才社長”に見せていたのは全て美桜だった。 さらに豪邸も別荘も、7枚のブラックカードも、達也自身の資産ではなく美桜の法人名義。 離婚届が受理された瞬間、美桜は静かに全カードを停止し、豪邸の退去手続きと会社への特別監査を開始する。 勝ち誇っていた一家がまだ知らない、本当の“無一文”への転落が始まろうとしていた――。修羅場|熟年離婚4.0万字5 285 -
完結第16話
血染めの写真と三文字のSOS
夕方のコンビニの床に落ちていた一枚の写真。微笑む少女の横には、まだ乾ききっていない赤黒い生血がべっとりと付着していた。 裏返した瞬間、息が止まる。震える筆跡の住所と、指先の血で擦り付けられた『SOS』の三文字。 妻に捨てられ、八歳の息子と写真館を営む私には分かった。この血は付着して数分も経っていない――今すぐ行かなければ手遅れになる。 警察に通報し駆けつけた古い民家の階段下には、右足を骨折し倒れ伏す母親と、自らの手のひらを切り裂いた六歳の少女がいた。 「……だれ?」 母を庇い、血まみれの手で私を睨み据える少女の瞳が訴えていた、あまりに残酷な真相とは。親子関係|金銭問題2.4万字5 199 -
完結第22話
夜勤の救急外来に運ばれた夫と義姉
深夜2時、救急外来で夜勤中の看護師・佐藤み咲のもとへ、交通事故で重傷を負った男女2人が搬送されてきた。シーツの下にいたのは、夫・拓也と義姉・麗子。しかも2人は、決して「姉弟愛」では説明できない姿で倒れていた。 み咲は5年間、看護師という仕事を見下す夫と、「子供も産めない」と侮辱する麗子、その2人を庇い続ける義母・里子に耐えてきた。 それでも彼女は感情を捨て、看護師として2人の命を救うことを選ぶ。 だが、惨状を目にした義母まで「全部あなたのせい」とみ咲を罵倒した瞬間、最後の迷いは消えた。 何年も残してきた暴言の記録と証拠を武器に、奪われ続けた人生を取り戻す反撃が静かに始まる――。夫婦|修羅場|不倫3.3万字5 2732 -
完結第11話
貧乏老人を嘲笑った行員の末路
「あんな貧乏臭い爺い、適当にあしらっとけばいいのに」ボストンバッグを抱えた老人に、新入行員は嘲笑の声を浴びせ、エリート課長代理は別の窓口へ強制的に追い返した。母親の入院費のため百万を引き出しに来ただけの、よれよれのジャケットを着た年寄り――。だが、彼こそが全日本経済の裏を牛耳るクオンホールディングスの会長・久音次郎その人だった。侮辱に耐えかねた新人の篠崎水希が一人で抗議する中、老人が静かに古びたバッグの金具を閉じた瞬間、端末の画面で一千万円、一億円と出金通知の数字が狂ったように跳ね上がり始めた。絶望の淵に立たされた傲慢な行員たちの運命を決定づける、驚愕の審判の行方は――。職場逆転|修羅場1.6万字5 1861 -
完結第19話
深夜2時、隣家の物置で赤ん坊を抱く4歳児
心臓の不整脈で消防士を辞め、故郷の民宿「緑海荘」へ戻った27歳の相馬蒼太。 ある深夜2時、隣家から突然途切れた赤ん坊の泣き声に異変を感じて駆けつけると、物置のような暗い部屋で、全身に青あざを負った4歳のひなが、痩せた妹メイを必死に抱いていた。 「泣いたらまた叩かれるんですか?」――その一言に、蒼太は2人を必ず守ると決意する。民宿へ連れ帰り、常連客の旅行ライター・りんや両親と共に食事と温かな寝床を与え、児童相談所へ連絡。 しかし保護の朝、ひなは「お兄ちゃんと離れたくない」と蒼太の服を握りしめる。初めて見る海の前で、ようやく声を上げて泣いた少女を前に、蒼太とりんは“助ける”だけでは終われない未来を選び始める――。親子関係|修羅場2.8万字5 251 -
完結第10話
洋食屋の絆と、高級寿司屋の逆転
岡田悠斗は、高校生の時に両親を交通事故で亡くし、高卒の自動車整備士として働きながら、三歳下の妹・真央をたった一人で大学の法学部まで育て上げた。真央は猛勉強の末に難関の司法試験を突破し、弁護士として初任給をもらう。悠斗への感謝を込めて予約した高級寿司屋の席で、悠斗の職場の傲慢な上司・西村が偶然居合わせ、「工場で油まみれになって働く底辺の作業員」と悠斗と真央を激しく侮辱する。絶望と怒りが交錯する中、隣の席に座っていた一人の客が立ち上がり、西村を冷徹に一喝する。その男の正体は、かつて両親の営む洋食屋「ひまわり」で無銭の少年時代に助けられた大手IT企業の社長・藤井宗介だった。過去の恩返しと、血を分けた兄妹の絆が奇跡を引き起こす感動のヒューマンドラマ。兄弟姉妹|修羅場1.5万字5 641 -
完結第25話
底辺受付嬢を見下す役員たちの誤算
父の会社は、最も信頼していた人間の裏切りによって無惨に食い物にされた。巨額の負債を背負い、絶望の中で病に倒れた父。私はその冷酷な真相を暴くため、ハーバード大の博士号を隠し、ただの「受付嬢」として敵の中枢である星空グループに潜入した。 誰からも見下され、理不尽な侮辱に耐え忍ぶこと3年。息を潜めて集めた証拠が示したのは、あまりにも残酷な真実だった。父を破産に追い込み、私から全てを奪った黒幕の正体は、父が家族のように慕っていた古参役員だったのだ。 「黒幕は役員会の中にいる」――私を守るため、父が命懸けで残してくれた最期のメッセージを知った時、胸の奥の悲しみは絶対的な冷酷さを持つ復讐の炎へと変わった。私の素性を知る新社長のハルトや、父の旧友たちと共に、私は決して逃れられない完璧な包囲網を密かに築き上げていく。 そして迎えた運命の役員会。全てを掌握したと信じ、私の前で勝ち誇る黒幕。だが彼はまだ知らない。無力な受付嬢だと思っていた私が、彼を社会的死の淵へと突き落とす致命的な罠を仕掛けていたことを。仮面を脱ぎ捨てた時、強欲な悪魔を地獄の底へと引きずり下ろす、容赦なき反撃が幕を開ける――。因果応報|真相|修羅場3.8万字5 1809