"四万円を断った朝" 第1話
万円より欲しかったもの
「これを受け取ってください」
に濡れた万円札が枚、私の目のに差しされた。
その額は、当の私にとって決してさなものではなかった。むしろ半分の費と賃の部をまとめて差しされたようなものだった。それでも私は、と油で黒くなったを背へ回し、首を横に振った。
「いりません。その代わり、つお願いしてもいいですか」
女は傘のから私を見た。のコートにを包み、のでも姿勢を崩さない、妙に隙のない女性だった。分ほどまで、私たちは互いの名すららなかった。
そのの朝、京郊にはたいがっていた。
私は歳。拓という。
半まで堅建設会社で現管理をしていたが、親しい同僚に頼まれて連帯保証になったことからが狂った。事業資だと聞かされ、緒に働いた相だからと印を押した。ところが男はを持って姿を消し、残ったのは千万円い債務と、社内で責任問題を問われた私だけだった。
会社を辞めてからは夜の荷物運び、解体現、倉庫の仕分けまで何でもやった。それでも利息と活費を払えば元はほとんど減らない。
だからその朝の面接は、私に残された数ないまともな再発の会だった。
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原グループ。
建設、産、物流を抱える企業で、募集されていたのは阪の型発現を管理する監督職だった。華やかな仕事ではない。だが正社員として働き、毎決まった料が入れば、なくとも借に追われながら雇い仕事を渡り歩く活から抜けせる。
面接は午。
ところが分、借り物の古い原付が事のでたまりを越えた直、咳き込むような音をてて止まった。
何度キックしてもエンジンはかからない。
「こんなに限って……」
原付を端の古い無休憩所まで押し、私は計を見た。
分。
ここから会社までは、順調にっても分以かかる。
のでタクシーが通るようなでもない。スマートフォンで配を試したが、付に両なしという表示がるだけだった。
そのだった。
メートルほど先に、黒いセダンが止まっているのが見えた。
ハザードランプがの向こうで点滅している。
の横には本の黒い傘。傘のに女性がち、輪をじっと見ていた。
私は度、自分の計を見た。
を助けている余裕などない。
そうった。
それでもが止まった。
には尖った砕が散らばっている。輪はらかに潰れていた。この所ででロードサービスを待つなら、相当ながかかる。
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私は迷った末、女性のところまで歩いた。
「パンクですね。スペアはありますか」
女性は顔をげた。
歳だろうか。った顔ちだったが、化粧はく、笑いもない。困っているというより、何かの判断をす直のような目で私を見た。
「トランクにあります」
「具も?」
「あるといます。でも使ったことはありません」
私は着を脱いでガードレールにかけた。
計は分だった。
にわなくなる。
分かっていた。
それでも私はジャッキを取りし、濡れた面に膝をついた。
締め付けられたナットは異様に固かった。靴をレンチにかけ、体を乗せて本ずつ緩める。がね、いシャツの袖まで黒くなった。
女性はしれたところで傘を差し、黙って見ていた。
礼を言わない。
急かしもしない。
ただ、私が何をするなのかを観察しているようだった。
分ほどでタイヤ交換を終えた。
私は最のナットを締め、ジャッキをろした。
「速に乗るなら、あとでちゃんと見てもらってください。スペアのままばすのは危ないです」
「分かりました」
女性は財布をいた。
最初に万円札を枚し、し考えた、さらに枚ねた。
「万円。受け取ってください」
私は瞬、幣を見た。
万円。
喉からがるほど欲しい。
それでも私は押し返した。
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「結構です」
「りませんか?」
「逆です。すぎます。困っていたから伝っただけです」
私は再び計を見た。
分。
ここまで来れば、もう普通に向かっても遅刻は避けられない。
私は覚悟を決めた。
「ただ、本当にお礼をしてくれるなら……途までに乗せてもらえませんか」
女性が初めてし驚いた顔をした。
「どこへ?」
「丸の内の原グループです。から面接なんです」
女性の目がほんのわずかに細くなった。
「原グループ?」
「はい」
数秒の沈黙の、彼女は万円を財布に戻した。
そして、助席を示した。
「乗って」
私はだらけの自分のを見ろした。
まさかそのに乗るとはっていなかった。
けれどこのの私はまだらなかった。
万円を断った代わりに頼んだ、たった度の「乗せてください」が、そのの私のを根本から変えることになるなど。
ましてその女性が、私の面接先で番偉いだなどとは――考えもしなかった。
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