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"孫に「ここに居たければ黙れ」と言われた私が、翌朝家を出た理由" 第20話

弘の封筒

を見にったの夜、私は弘の封筒を机に置いた。夫がくなるにいたものだと分かってから、何度もこうとしてはを止めていた。病気が分かったころの弘は、自分のことより私の老を気にかけていた。私が「あなたがいなくなったら、が広すぎるわね」と冗談めかして言うと、「広いなら、広く使えばいい」と笑っていたのを覚えている。

封筒の表には「幸子へ」とだけかれていた。私は机の引きしからさなはさみをし、文字を傷つけないよう端を切った。には便箋が枚入っていて、最初のには「急にこんなものをいて驚かせるかもしれないが」とあった。いつもの器用な字だった。私はそのを読んだだけで、の病の匂いまでいした。

「俺が先にいなくなったら、おはきっと、のことも孝太たちのこともで背負おうとするだろう。昔からそうだった。誰かが困っていると、頼まれるにいてしまう。俺は何度も助けられたが、おが疲れていることに気づかないふりをしたこともあった。今になって、それをし悔している」

私は便箋を膝に置いた。弘は、私が何でも引き受けることを褒めるだけのではなかった。仕事から帰って夕の支度を始める私に、「今は買ってきたものでいい」

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と言い、洗濯物を畳むときには自分の靴をいつも裏返しにして叱られていた。夫婦で暮らす以のあいだ、私が支えたこともあれば、夫に支えられたこともあった。あのを建てられたのも、どちらかのおかげではなかった。

枚目には、蓮斗のことがかれていた。「あの子はまださいが、負けず嫌いで、転ぶと悔しがる。俺が起こそうとしても、自分でつと言ってを払うことがある。だから、何かあっても全部先回りして助けなくていい。困ったときに話を聞いてやるのと、困らないように何でもしてやるのは、違うことだとう」。私はそこでを止め、幼い蓮斗が庭で転んだのことをいした。

最にはこうあった。「はで建てたが、のためにおが苦しむなら、み続けなくてもいい。おが朝起きて、今は何をしようかと楽しみにえる所が、おのだ。俺の写真はさくても構わない。おが元気で暮らしてくれるなら、それが番いい」。私は便箋を握りしめ、声をさずに泣いた。夫は未来をっていたわけではない。ただ、私が自分を回しにする癖を、誰よりもよくっていたのだ。

涙が落ち着いてから、私はしい部を見渡した。さな卓と窓辺の写真、の朝にべるために残した煮物。広いではなくても、ここには私が決めた暮らしがあった。

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弘の言う「朝起きて楽しみにえる所」が、ようやくし分かってきた気がした。私は便箋を折り直し、夫の写真のに置いた。

私は夫のを読み返すに、の予定をいたさな帳をいた。健康相談会の準備と、千鶴との昼、それから図館で借りた本を返すこと。どれもきな用事ではないが、以のように誰かの都だけで埋まったではなかった。弘が望んだのは、私が特別なことを成し遂げるより、こんな朝を持つことだったのかもしれない。

便箋には、ところどころ圧のい文字があった。病気の兆しをじながらいたのだろうかと考えると、胸が痛んだ。私は夫の文字を読みやすいように机の灯りをづけた。急がず、文字ずつ確かめることが、今の私にできる夫との対話のようにえた。

翌朝、桐野から蓮斗のが届いた。封筒の宛名は、何度もき直したようにし汚れていた。私はすぐにき、最初のを読んだ。「ばあちゃん、あの夜、俺は自分がしたことを全部覚えています」。そのきしを見て、私はを最まで読むことにした。

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