みかん小説
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"残高ゼロの通帳" 第4話

通帳の引き渡しと真夜の操作

りは湧かなかった。しみすら、急速にざかっていった。

胸の奥にあった最のがふっと消え、代わりに、経理の帳簿を完璧に締め切ったときのような、澄み切った静寂がゆきの全を満たしていった。

——ああ、やっぱりこうなったか。

ヶ、実の姉に相談したとき、役所で働く姉は言っていた。『限界のは突然来る。そのに慌てても遅いから、今から静かに準備をしておきなさい』と。

ゆきは膝のに置いていたスマートフォンのメモアプリをそっとき、元で正確に入力した。

『 午分。義母「通帳は私が預かる。文句があるならていけ」。夫、反論せず黙認』

客観事実の記録。を排した、法な証拠としてのタイムスタンプ。

ゆきは顔をげ、穏やかな笑みすら浮かべてみせた。

「わかりました。じゃあ、お願いします」

「え……?」

構えていた節子が、拍子抜けしたように目を丸くした。信吾も驚いたように顔をげる。もっと泣き喚くか、激しく抵抗すると踏んでいたのだろう。

ゆきは通勤鞄から、冊の通帳を取りした。

表の角が擦り切れ、使い込まれた方の普通預通帳。表には『笠原ゆき』の名義が印字されている。入社以来、与の振込先として使い続けてきた座だった。

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ゆきはその通帳を、滑らせるようにテーブルの向こうの節子のへ差しした。

「お義母さんがそこまで仰るなら、お任せします。どうぞ」

節子は瞬躊躇したものの、すぐに貪るようなつきで通帳を両で掴み取ると、自らの胸元へとく抱え込んだ。

「そうよ! 最初から素直にそうすればいいのよ! 嫁の分際でを張るから話がややこしくなるの。ねえ信吾、これでねえ!」

「ああ……ゆきも分かってくれてよかったよ。母さんに任せとけば違いないからさ」

信吾は肩の荷がりたように破顔し、テレビのリモコンを操作して音量をげた。

「印鑑とカードはどこにあるの?」節子が通帳のページをめくりながら尋ねてきた。

「印鑑は実の母に預けてあります。事なものですから。カードは会社のロッカーに置いてありますので、週けに持って帰りますね」

「まったく、だらしないわねえ。まあいいわ、曜にの窓へって、定期預にいくら回せるか相談してくるわ。毎万も入るなら、あっというに百万円くらい貯まるわね!」

節子は通帳をき、最終の数字を確認しようとした。しかし、ゆきが最に記帳したのはの初旬だった。今の与が振り込まれたの残は、まだ通帳の磁気テープには刻まれていない。

「あら、今のお料の分が記帳されてないじゃないの」

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「ええ、平は忙しくて記帳するがありませんでしたから」

「本当に気が利かないんだから。曜の朝番に私が械に入れて確かめてあげるわ」

節子は通帳を切そうにエプロンのポケットにねじ込むと、交じりで受話器を取った。営宅代の友であるさちへ、さっそく自の話をかけ始めたのだ。

『もしもし、さちさん? 私よ。あのね、来の温泉旅、私がしてあげるわよ! 分全額! いいのいいの、うちの嫁のおなんだから! の朝、駅の旅会社で予約してきちゃうからね!』

声で笑いばす節子の背を、ゆきはたい目で見つめながら、静かに台所の片付けをこなした。

夜。節子の部のかりが消え、隣のベッドで信吾が規則正しい寝息をて始めたのを確認すると、ゆきは静かに布団のでスマートフォンを取りした。

刻は午零分。

の公式バンキングアプリを起する。

通帳の実物が元になくとも、スマートフォンの体認証つで座の全権を掌握できる代だ。画面に表示された普通預の残は、今の与が入った直の『万千円』。

ゆきは迷うことなく、資移の続きをめた。

振込先として指定したのは、独代から個に利用している別のネットの座。

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名義は同の『笠原ゆき』。宛ての振込数料は百円。

ゆきは振込額の欄に、正確に数字を打ち込んだ。

『万千百円』

円の端数すら残さない。数料を引いた残が、完璧に『〇円』になるよう、経理の正確さで指先をかす。数に事設定しておいた「あたりの振込限度額引きげ」が、完璧に能していた。

振込実のボタンをタップする。

画面がローディングを挟み、緑のチェックマークとともに『振込完』の文字が表示された。普通預の現残は、美しくえられた『〇円』へと切り替わった。

続けて、会社のイントラネットの労務管理ポータルへアクセスする。

与振込座の変更申請画面をき、振込先としてネットの座報を登録、確定ボタンを押した。翌の支分から、与は節子の持っている通帳には円たりとも振り込まれない。

枕元のメモ帳を枚破り、ゆきは淡々とした致でき残した。

『気、ガス、、ネット回線の引き落とし座は私の名義でした。残がありませんので、至急信吾さんの座へ切り替え続きをってください。費用の財布に、今の残万千円を残しておきます』

メモを台所の引きし、費用財布のすぐに滑り込ませる。

最に、実の姉のLINEをいた。

『準備ができた。の朝、来られる?』

送信してわずか秒、い返信が届いた。

『半に軽トラでく。荷物は最限にしておきなさい』

ゆきはスマートフォンを伏せ、く、く息を吐きした。ぶりに、肺の底まで澄んだ空気が吸い込めたような気がした。

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